第7話

 「ショーテルってやっぱり武器として珍しいの?」

「まぁ、一般的ではないね。使っても壁登りとか、山登りか我流剣士くらいじゃないかな」

 話してユーリは、人混みになにか見ているようだが、

「なにか?」

「いや」

 見慣れぬなにかでもあっただろうか?

「晩ごはんどこで食べる?」

「街を見ている途中、結構食べたから軽めでおねがい。場合によっては食べなくていいかもね」

「そうか、帝国に向かう前だし一度王国風の手の込んだ料理でも見てみるか?」

「そんなにお金かからないなら良いけど」

「あぁ、手の込んだって言っても帝国料理と比べるとって意味だな。別に高級料理って意味じゃない。気にしなくてもいいよ」

 話してなにかをみつけたのか急になにか目を凝らすように見つめて、視線を戻しても。また先程の方向を見て目を凝らす。さっきから

「あれは……?」

「なにを見てい」

「きたっ、避けろ!」

 彼女を見ている方向を向くと走ってくる鎧を着込んだ男が見えた。


 手に緊急で攻撃のための魔力を込め、腰のショーテルを抜き鎧の男が振り下ろした長剣を交差した婉曲刀で受け止める。

「があッ」

 激しい金属音で手が砕けたと錯覚してしまうほどの痛みで内側に湾曲した二刀で受けた痛みに手が痺れる。

 なんとか両手の刀は取りこぼしてない、受ける時にギリギリ魔術の構築も間に合った!

 が、受けるだけではだめ。

 僕の手の感覚を消失させている剣が弾かれた流れを殺さずに、握る腕をたたみ肘で僕の顎を殴る。その流れで横薙ぎに打つ剣を片腕の刀を受けながら、痛みながらも前に進んで受け流そうとするが、受け流せない。

 右腕だけでうけた刀ごと僕の体は持ち上げられて弾かれ商店の壁に背中を打ち付けられる。空いた左腕で斬りつけるが、カス当たり、魔術つかって切ったはずなんだが本当に胸当てのプレートの隙間の衣服を裂いて擦り傷を与えた程度だ。

 集団の悲鳴。多くがその場から離れようと人通りの多い通りが一瞬でパニックになる。鎧を着込んだ男の顔を見えなくしているフルフェイスの兜はユーリを向く、

「っ逃げろ!」

 背中から肺に伝わる痛みでそれしか言えない。ユーリに鎧の男は長剣を構えて斬りかかる。

 ユーリもダメだ。なんとかしようと逃げせずに拳を振るう。なんだあれは、

 目を瞑っているじゃないか! 当たるわけがない。フックのつもりか!?

 ――――――!? 鎧の長剣が弾かれ地面に流れる。……あたった!? そんなバカな、

 狂乱の悲鳴の中、鎧は取りこぼした剣に走り、僕はユーリのもとへ。

「逃げろって!」

「さっきはこの人だけじゃなかった」

「は!?」

 伏兵もいるっていのかよ!? 人混みの方向へも警戒を向ける。が、今は鎧の男だ!

 鎧が剣を拾おうとするが、取りこぼす、右腕に力が入らないのか、持ち手を換えようと左腕が掴むと、左肩から下がだらりとぶら下がるだけで動かなくなり剣がガランと転がって、さきほど切りつけた腕は白く、暗い白紫色に染まった黒色の液体を胸と腹の間の脇腹から流している。

「あぁ、さっき僕が切ったとこだ」

 左持ちのショーテルの血を払いを納刀する。

「大丈夫ですか!」

 結構早いな。かけつけた衛兵が市民に誘導されながら3人集まって、鎧と僕らを囲う。

「ユーリ、君も手を上げて」

 両手を上げて兵士に害意が無いことを表し、鎧がうめき出し右膝から崩れてのたうち回る。

「え、どういう状況?」

「水属性の毒の魔術で返り討ちに」

「……事情は詰め所で」

 そうして一人の兵士が僕ら二人へ、二人の兵士が鎧の男に迫ると男は左腕を自分の兜正面へ当て、魔術を発動した。

「なっ!」

 発火した男の腕を見て、自爆かと僕ら含めて全員が一息距離を置くと男はただ、自分の顔面だけを正確に焼き入れる。

「証拠隠滅……えぇ」

 若い兵士が引いている男の自決に、後から数人の兵士が合流して事情聴取を受ける。

 詰め所に拘留されるかと思ったが、買い物のために持っていた手形などで現在の王国民としての僕の身分が結構簡単に確認され、直接の死因は自殺と判断され目撃者も多かったことから起きたことをそのまま話すと、深刻そうに兵士が話し合ってこそいたものの、僕が痺れ毒以上の何かしたとは考えずにそのまま宿に戻ることを許された。

 問題の男の顔だけ丁寧に焼いたように見えた男の死体が全身火傷を負って身元を証明するような物を一切もっていないながらも、鎧のマークを見てなにか話し合っていたら、僕らを追い払うように

「気にしないで」といって拘束もせずに本当に軽い聴取だけで開放してくれた。

 (迂闊だな)とも(運が良かったな)とも思いつつ、その頃でもまだ夕闇は遠く、夕飯までそれなりの余暇を宿屋のロビーで談笑した。


 ◆ ◆


 「あぁ、それでも、ちょっと、肉は避けたいわ。あぁ、もちろん晩御飯のことね」

「え、なんで」

「生きた人肉が焼ける臭い、なんていうか……美味しそうな臭いだったから、それが受け入れられなくって思い出したくないの」

「そう、か、魚は食べていい?」

「私は食べないけど、貴方は別にどうだっていいことよ。ただ、私が食べなきゃいいだけで連想を避けたいってだけ」

「おい、あのすぐあと騒ぎにまきこまれたって!」

 宿のロビーで晩御飯の懸念を話していると、ゼフテロが駆けつける落ちつきを心がけて説明する。

「静かに」

「すまん、だが、えっと」

「あぁ、変な鎧に斬りかかられた。通り魔だよ。僕が切りかかったりはしてないからそのまま開放してもらった」

「死人が出たって」

「見ての通り僕らは無事だ。僕らはふたりとも無事。被害も出てないよ。いや……背中が痛いだけだが僕は打ち身をしたかもしれないけど、この程度なら魔術で体力を消費するより自然回復に任せた方がいいと思う」

「打ち身、逃げる時に転んだのか!?」

「え、いや」

「さっき買った刀で戦ってたわ」

 血の気の引いたユーリは微妙な笑顔でゼフテロに端的な説明をする。

「……戦った。そうか、まぁ、お前なら自分の身くらいは守れるよな。鎧を着て斬りかかったって暴漢は?」

「死んだよ」

「は……? 被害なしって」

「加害者だけ死んだ」

「そうか、…………何故か聞いていいのか?」

「ん、僕が斬って魔術で血液を濾過した」

「あ……そうか、やっぱり、お前が殺したのか? すまない状況があんまりこっちに伝わってなくて、詳しく説明いや、もう終わっているか」

「あぁ、もともと水から不純物を取り除く魔術を用いた、蛇とか獣の毒から血清を作るための魔術を使って男の血を塊と血清に分けて殺した。術の発動のための式は基本的に水の魔力だけで」

「いや、魔術の詳細な説明はいらない。というか昔はもっと派手な攻撃方だったよな?」

「そうか、いや、……僕は殺してないぞ?」

 残念に思っているとトリタが僕を怪訝そうに見る。

「え、でも、そんなことしたら死にますよね?」

「ん? そうだけど。いや、死因は鎧の奴が自分の頭を焼いて自決したことだ。僕がやったのは死を確定させただけで、死因は作っていない。だから今警邏兵に勾留されずに宿屋に戻ってこれたんだ。別に重要なことじゃないさ……いや、本当に」

「重要じゃない? 人が死んだのに?」

「……? なんで、相手は通り魔だぞ」

 トリタの心底深いそうな目に、父親の影を思い出して嫌になる。この感情はなんだろう? 気分が悪い。気分が悪くなるこの感情をもったのは父さんに殴られた時以来だよ。

「死を確定させたのは、殺したようなものでしょう? なんともないの?」

「だが、相手は通り魔だぞ? 殺しに来た暴漢を返り討ちにしたのは、これで救われた未来の被害者がいたと思うと、気分がよくなる」

「……貴方、変よ」

「え、なにが」

 父と同じようなことを言うな。この女、ゼフテロはこんな女がいいのか? そうだったな。ゼフテロは僕の父さんを慕っていたもんな。だから、趣味も僕とは絶対に合わない。

「熱量がなさすぎるわ」

「熱量?」

「人を殺したのに、どうでも良さそう。いや、殺意とかそういうの全部含めた意思から熱を感じない。なんで?」

「そう言われても、殺したやつの自業自得だし、生きててもしょうがないでしょ?」

「……貴方、普通の環境で普通に育ってそれはありえないわ」

 ゼフテロと顔を見わせて苦々しい思いを感じる。普通の環境じゃないなら仕方がないね。

「あー、ゼフテロ、君から見てもどうだったかな? 僕の育ち方は」

「やっぱ、なんというか、痛々しかった。俺が村を出る時に怒鳴られたのが、気分が良さそうに見えるくらいには」

「……いまではあの待遇に誇りをもっているよ」

「は? やっぱりおかしいよお前、こんどは何を言い出してんだ?」

「父に憎悪は私の母への愛の証明だ」

「お…………お前、……ヴァンさんにはどう言って村を出た?」

「なにも」

「お前、まさか、あれからもあんな!?」

「静かに、ここ、一応、宿だし」

「……っ!! …………はい。すまん」

「言いたいことはわかるけど、父さんはそれだけ母さんを愛していた証拠だから、それだけは否定するつもりはないんだ。だから、愛のための犠牲と誇りに思っている」

「なんだそれ、いや……。まぁ、なんだ、トリタ。話しづらいけど、かなり歪んだ環境だった。そういう説明で勘弁してくれ」

「えぇ」

 彼女はゼフテロを見つめ、頭を振ってから僕に向いて頭を下げる。

「すみません、そうとは知らずに不躾な」

「別にいいよ。どうも僕、結構、変みたいだし」

「だから、そうだな。……そう、ユーリさん、フリッツのことお願いします」

 そう言ってゼフテロは頭を下げる。

「え、えっと、はい? 頑張ります」

「5日後、出発になる予定だ。出たら同行するが、それまでとその後の、いや、わかんなくてもいいや」

 周囲に視線を気にしてゼフテロは周囲に会釈して、恥ずかしげに「すみません」といい、「またあした」と、手首だけで軽く手を振って宿を後にする。


 ◆

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