第8話

 生臭い。そう思った次には甘く辛い香の匂いが鼻につく。

(違法な薬か?)と、未知に対する不快な気分を想像してしまう。ただのニオイ消しであってくれと思ったが

「違法な薬を隠す場合もニオイ消しための強い匂いの香は焚くのだから危険性は変わらないな」などと独り言で毒吐いてしまう。そうなるほどにゴミと転がったおっさんで汚い道だ。

 死んでいるように見える。彼も薬物中毒症状を見せるということは、違法薬物による不特定多数に対する加害者であると同時に、特定の悪党から漬け込まれた被害者というわけだ。

 ゼフテロや兵士の目があったから入れなかった目的の店のエキゾチックな暖簾がジャラジャラと音を立てて僕の侵入を歓迎する。

「おや? 新顔かい」

「確かに自分でこの場所に足を運ぶのは初めてだな」

 広いわけではない店の中に所狭しと並べられた周囲の古本と、そのヘリに差し込まれた値札を見てこの店の相場をなんとなく感じる。店主を勤める壮年の男性は訝しくもニヤけた視線を僕に向ける。向けられるからには目を向けるが、なにか言うわけじゃない。

 視線を戻しいくつかの本のタイトルを見て、パラパラとめくって本の趣旨を流し見る。いくつかの本を手に取り、一旦平積みの上に置いて財布の余裕があることを確認すると、店主は口を開く。

「へぇ、ここがどういう場所かわかってるのかい? 坊っちゃん」

「『どういう』って言われてもね、どう言えばいいんだい? 古本屋、魔導書専門の質屋、魔導書なら中身を確認せずに売るような闇市みたいな店……言い方はこれくらいかな。これ以外になにかあるのかな。なんて言ったら良いんだ?」

「ふーん、いや、なに、言い方なんてどうだっていいや。わかってるなら別にいいんだ。俺にとって本の中身に興味はない。実際騎士に目はつけられるような商売だが、それでも理解してない善良な市民に売るなんて判断はしない程度には良心はあるわけでね。あんたそのナリで魔導師ってわけか、いや、だからこその幼いほどに青く若々しいのかね? いったいなんの研究を専攻してるやら」

「なんのって、なんていったらいいかな……いまは空間移動とその再置換の研究、還送とかの言い方が近いかもしれないけど」

 店主はなにやた深読みしたのか仰々しい魔法で年齢を若返らせた魔道士だと思っているらしい、実年齢で舐められるのもかんばしくないだろうが、実際は60歳超えとか思われるのもなんか嫌だな。

「……へぇ、あんた見た目の割に古めかしいことを研究するもんだね。やっぱ若作りしてその容姿だったりするのかい?」

「さぁな、見た目通りさ」

「『見た目通り』ねぇ。いや、悪い、勝手に想像させてもらうよ」

 説明するメリットもない。別にいいか、それより気なる本を見つけた。その本を片手で持ち上げタイトル表紙を苦笑して見せる。

「これって、禁書ではないのか?」

 店主は意地悪そうに唇の端を歪める。

「さぁな。何がおいてあるか俺は買い取っているだけだから中身なんて知らないね。そもそも中身を理解できる頭があったらこんな店で売り買いなんてしてないさ。俺はそれっぽい本を受け取って装丁と状態によって値をつけてそのまま売るだけ。値段は銅貨で……何枚って書いてる? カバーに値札を差し込んでるはずだが、ほら10枚か」

 値段枚数の銀貨を店主に握らせ本を買う。

「そうか、確かに……禁書かどうかは内容を確認しないことにはわかりそうにないな。はい、銅貨10枚。ちょっと汚れて銀色になっているけどね」

「へへ、どんな崇高な学術書も俺には落書きと同じ値打ちでしか取り扱えない。学がないってのはそういもので、わかる方にわたってその本の知識も喜ぶでしょう」

「どうかね。結局は使えるかどうかだ……本当にこれに危険な情報が書いてあったらどうするつもりなんだよ。僕が悪用したら色々危険じゃないか?」

「確かに、度々しょっぴかれてこそいるこの仕事ではあるが、上手く立ち回れているのでね。本気で危険な奴の情報は騎士に渡すし、賞金首とは取引もせんさ、そうやって従順な面もあると知れば騎士は多めに見てくれるし俺も命は惜しいんで、客は選ぶってもんさ」

「やっぱ騎士からしてみれば情報はそれだけの価値があるってことだな」

 話しながらめぼしい本を一通り吟味して、比較的状態の良い魔導書を選ぶ。

「ふーん、怪しい本の中身はさておき、こっちのは……銀貨で、結構するな。これも、あと、……音、匂い、へぇ……ここらへんの風に関わる術の魔導書も、あと、そうだ初心者向けのも一つあれば、買わせてもらうよ……あと、この金貨はおじさんにあげるチップとしてね」

 壮年の男性は恭しくかしこまる態度をとり、金貨を懐に納める。

「へへぇ、毎度ありぃ。ずいぶん、羽振りがいいですな。またきてくださるかい?」

 どう答えるのが正解か?

「……自分で足を運ぶことはないよ。これまで通りだ」

「へぇ、じゃあこれまでは他人をここに送ってたのですかい?」

「どうなんだろうな、この店があることは知ってたが」

 魔導書を買ってくれる行商の魔術師がこの店をおすすめしてくれていたから、……下手に情報を言い過ぎるのもよくないか。

「別にいいか、帰ったらまた来ることがあるかもしれないな。仲間これからもくるかもしれない。そういうことで済ませてくれ」

「へぇ、またの来店を」

 たぶん、僕は二度とこないけど。


 ◆


 ◆


 下調べのついでに夜道を歩いて商業街から住宅街へ映る区画の門扉を通り、なにもなく宿に戻る過程で門に併設された兵士宿舎近くから誰かが走り出したのを見る。

「そこの貴方! 待って! 待ちなさい」

 女性の声だった。たぶん、僕のことだが下手に反応して荷物を調べられたい状態じゃないので、驚いた演技で一瞬だけ振り向いて歩みを止めずに進む。

「貴方よ、貴方。ごめんさい、ちょっとまって」

「僕ですか、えっと……なんですかね?」

 進む前に立ちはだかれて自分に声を掛けられたので、止まらざるを得ない。

「あっと、私は騎士を、王国の、その、騎士よ!」

 金のかかってそうな格好を見ればわかる。

「なんの……用ですか?」

「えっとどうしても確認したいことがあって」

「えーっと、なんか違反したとか、なんかありましたかい? 気づかなかったなぁ」

 とりあえず、自覚してないことはアピール。従順なふりをしてカバンの中身も判ってないふりをしよう。

「その前に、可能性を排除しないとね。ごめんなさい。貴方、天の勇者因子を使ったりは……した?」

 何の話だろう? 勇者因子ってのは昔からある高貴な者が使用できる儀式に使う贄や儀式そのものの名前だったが、

「えーっと、いえ、そんな大層な身分ではないです……ごめんなさい」

「じゃあ、そうね。預言者シグフレドの部下だったりする?」

 預言者シグフレドか、確か死んだ父さんがその人にちなんで僕の名前をジークフリートにしたって聞いたような。

「よくわかりませんが」

「いや、聞き方が良くなかったえーっと……なんていったらいいかしら?」

「……父親が信奉者だったっぽいですが、そういうことじゃないですよね。誰かと人違いしてませんか?」

「人違いとかとういうのじゃなくて、あぁ、うん、ごめんなさい」

 なんだろうか? なにか高貴な誰かと間違っているのかな。よく見ると女騎士自身の服飾には刺繍が入った外套と襟章もあるので、高貴な身分であることを伺わせる。

「貴方はいままでどこにいたの?」

「古書店で、古本の魔導書を漁ってました。これです」

 カバンの中身を開いて見られてまずいものが無いアピールをする。実際はタイトルを見られるだけでやばいものを、タイトルが見えないことを祈りながら開いて見せてるんだが。

「ごめんなさい。聞き方が悪かったわ。それにごめんなさい、『はじめまして』で話しかけるべきだったわ興奮してしまったわ。同類を見るのは三回目だったから」

「?」

 怪しんでのことじゃない? 初対面であることも理解している?

「……呼び止めることではなかったわ。ごめんなさい、変な騎士に詰問されただけと思って。お詫びにコレをあげる」

 そう言って騎士は胸元からブローチを外して手渡そうとする。いや、これは

「要らないです」

「要らないなら質流ししてくれても構わないわ。だけど、そうね。これを王都の宮殿に届けたらそれなりの報酬を約束してあげる」

「いよいよ怪しい話じゃないですか! 嫌ですよ。出所不明のやばいいわくつきの品の運搬なんて」

「そう……私はアンドロマリー。明日第一騎士庁舎にきて!」

「……いやですよ。怪しいことこの上ない話じゃないですか」

 なんか、この女性、いや若いな。少女と言って良いような年齢なのに、身なりがきれいな……なんか、いや、堂々した感じ、騎士特有の下手に出たとしても発せられる威圧感がまるで感じられない。

「だいたい、あんた、本当に騎士なんですか?」

「えっ!? あ、いや、どうだろ」

「違うの? っ!」

 危険を感じた。それ以上なんの理由もなく全力で逃げた。

「あ、待って! 逃げないで、やっと見つけ……―ー」

 水系統の魔術で霧を発せさせる。一瞬で広がり十歩離れると上手く見えなくなる程度の煙幕として宿まで走った。


 ◆


 ショーテルをその数秒前まで生きていた売人の体から抜き出して、血を振り払って体に返り血の汚れが残っていないことを確認する。

 なぜか、兵士たちが治安の良いエリアに駆り出されたおかげで、事は容易くに運んだ。

 ここに母体となる組織の構成員のような上等な悪党は一人だっていない。せいぜい、本当にどうしようもない巨悪から麻薬を購入して売りさばく個人売人。

 これも、本当にどうしようもない小悪党ではあるが、死んでもらった。こういう奴らは一人残らず。生きているのを見ると殺したくなってしまって仕方がない。

「無様だな。昔の僕なら今この魔術で見える範囲のあと20人は売人を殺せた」

 時間をかけすぎたか、薬物中毒でラリった被害者以外からは顔は見られていないとは言え、末端の警邏の兵士の数名が動きが裏路地の死体を見つけた。

 見つけると同時に死体につけた魔術を解除して、死体の周囲を遠視する魔術を解く。

 これで、まだ、2、3名の薬物の売人同士の殺し合いとしか思われていないだろうが、これ以上は僕がみつかる。

 こんな奴らのために捕まってなんかやらない。僕はその気で、殺した30……もうちょっと、あるかな? 数名の死に犯行声明を意味する売人たちのたむろしていた、死体の山の集う壁に血文字でかっこよさそうな書体を意識して劇場型犯罪のように書き記す。

 これをすることで、警備が強化されるし犯罪者は命が惜しくて犯罪を控えるようになって、騎士が忙しくなることいがい良いことづくめだ!

「兵士には最近、迷惑かけられたし忙しくしたのはその仕返しなんてね」

 こんなものどもの殺戮は善行だから仕返しになっているか微妙な気もするが、

【 死 因 : 麻 薬 を 販 売 し た 】

 なにか、気の迷いか、鬱憤がたまっていたせいか必要のない文字を書き足してしまう。

【 賊 と し て 命 を 頂 い た 】

 よくないな。と想いながら、真っ暗闇の中でもよく見える目で住宅に分類される宿の方向へ進む。


 ◆ ◆ ◆


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