第71話 back Trunk
やったやった……。やっちまった! いや、今さらなにをだ!
なにが後悔なんてするものか、俺には養わないといけない妻と娘がいるんだ。食ってくためならなんだってやるって決めただろ? いまさら、
「初仕事ご苦労さん! いやー、どうだった? ここまで落ちた気持ちは」
柄の悪い大剣を担いだ男が気さくに声をかけてくる。……あまりに、顔に出てしまっていたのか。こいつなりに気を掛けてくれているんだろうな。こいつもこいつで、昔は騎士をしていたというのに、ここまでよく、俺たちは堕ちたものだ。
「あぁ、思ったより、何ともない」
「だろうね。生きてくのに必死なんだ。これくらい」
ゴロツキが何人もたむろす酒場。と言っているだけの体裁で整えたマフィアの事務所で酒を一息に煽り喉を紛らわす。
「ははは、言い飲みっぷり!」
こいつは、既に回っているのか上機嫌にも見える。なんだ、気を掛けることなどなんてことはない。ただ機嫌がいいだけか。
深夜も回って、今頃、俺が攫った子供も
…………ガラリ。
合い言葉も無しに、必要な手順を無遠慮にすっ飛して開かれた扉を見ると子供がいた。おいおい、死にたいのかよ?
「やべっ! 鍵を」
「なーにやってんだい」
入り口の男が鍵を確認して、締め直しているとせせら笑いがそこらから漂い、隣の元騎士が馬鹿にするような笑顔で子供に近寄る。
「ぼうや? こんなところに夜遅く、子供が一人でいたら、攫われちゃうよ? 悪いおじさんに……さぁぇ」
声が不格好な笛のような音を変え、笛を吹いた音と一緒に首がダラダラと液を垂らして落ちる。
「なっー!」
その瞬間、周囲にいた元騎士のゴロツキが刀を取り、少年に吸い寄せられるように飛びかかると、5人ほど……ヌルリとただ避けたかと思うと、一瞬にしてその全員の胴体かた伸びた部位が『5本』切り取られる。『5本だ』首も四肢も区別せず、胴体から外れたのだ。
「ああああああああ!? ああああああ!」
声にならない絶叫が鳴り響くが、一瞬で息絶える。現実感が薄い風景が目の前に写る。
いや、斬られたんだよな? 血が全く飛び散っていない。いや、それに、ガキが手にした獲物は……万年筆? 万年筆でなぎ払ったというのか!?
「あぁ!」
窓際を見ると窓から逃げようとしたのか、窓に乗り出したマフィアの構成員が、泥のように暗い肌色になって死んでいる。
「なにが! どうあっ」
半狂乱で何人か斬り込むと、ガキに届く前に剣は止まり、身動き一つとれず。万年筆で首筋を一突き、ただ、それだけで顔面が紫色に変わり白目を剥き泡を吹いて、子供が通り抜けると膝から崩れる。
「何なんだよ! なんなんだよ! お前!」
言った男に向き直り、ガキは笑って述べる。
「貴方は、昼、女性と男性を二人ずつ殺しました」
「え?」
「知ってますよ」と、転がった死体に忌々しげに唾を吐く。
デタラメを言って口に人さし指を添えて、秘密を話すような楽しそうな笑顔はまるでかみ殺せていない。いや、笑顔? その声は、怒りに満ちているのに、
「貴方は、ついさっき、人の眠っている家に放火しました」
「貴方は、子供を今日だけで5人ほど殺しました」
ガキは俺を一瞥、
「貴方は今日だけで3人幼児を誘拐しました」
なぜ、知っている……? 俺は初めて人さらいをしたのに、まだ報酬だってもらったことは
ここの元締めを少年は見つめる。
「お、俺ぁ生まれてこの方人殺しなんて一度も、してないんだ。はは、部下が勝手にやってるんでさぁ。俺は見逃して」
「その毒液から手を離してから言って貰いたいモノだけどね。お前は麻薬を流通させているだろう。苦しんで死んでもらうよ」
元締めが香水を拭きかけるような瓶で、魔導師の顔にめがけて瓶を噴射させるが、その液体は何も無い空中を漂っていた。漂う毒液は一粒の宝珠や、ブドウの一粒のように纏まり魔導師の伸ばされた舌先で止まり、一口で飲み込まれる。
「毒とか、そういうの、効かないんだ。優秀な魔導師には特にね。知ってる毒に影響を受けるなんてことはありえないんじゃなくて、ありえられないんだ」
「ぇ、ぇへあ、あんた、高名な魔導師かなんかで? 金ならある。俺はこのシマをから手を引く、だからみのがしてくれやしませんか? 若作りの魔術には入用もあるだろう? なぁ」
「なぜだい?」
「何でもします。ですから、どうか命だけはっ!!」
「なぜゴミ掃除の伺い立てを、ホコリカスにしないとならないのだ?」
僅かな抵抗のあと、万年筆をかすめてほとんど欠損のない擦り傷のような傷を手の甲につけられた元締めは悶え苦しみ始める。
「あぎゃあ!? うあぶぉえああおおぎゃあああ!?」
肥えた大人の醜悪ながら赤子と変わらない意味を失ったようなうめき声。それは耳を煩わせて魔導師の賛美歌かのように魔導師は上機嫌に、そこらへのゴロツキに斬りつけ始める。
縦横無尽に壁を張って斬り掛かる。まるで煙を掴むことは出来ないように子供のような魔導師には届かない。剣、槌、毒液、爆弾、雷の魔術、冷気の魔術、それらは何一つガキに届かず。次々と斬られていく。
一瞬、なにか光沢を持ったなにかが見えて万年筆で切っているように見えたいたが、万年筆でなにか糸のようなものを引っ張っているのがわかった。一振りで同時に数人が3回切り裂かれてやっと理解した。だが、理解してどうにかなるものか!
そこら中で、死んでいく。逃げだそうにも扉の外は異形の黒い壁に飲まれて死ぬ。どうすることもない虫籠のなかで、俺達は鳥に啄まれるウジ虫のように駆除されていく。
5分くらいも経っていないだろう。元締めの絶叫も枯れ、静寂だけが五月蝿く鳴り響く。
全滅だ。俺は死んだ振りをした床で目を伏せている。どうか、どうか気づかないで。どうか、神よ。
「しまった。みんな血を固めちゃった。汚れなくていいとはいえ、流れてる血が残ってる死体がないかな」
ザクザクと土を掘るような音が聞こえる。薄めを開けると万年筆を死体に順番に刺していく幼い子供の姿が見えた。
ザクリザクリ、「うーん、無いかな?」
ブスブスジャキジャキ、「べつに無くてもいいかな?」
ザクザクと突き刺す死体はぐるりと部屋を回って音は俺に近づく、
「お、これは良さそうだ」
身をよじり、翻した体を魔導師に向ける。
今! 俺を刺そうとしていた! 抵抗しよともおもったが、無理だ! 勝てるわけが無い! こんな化け物!! なら、
「ひぁ、その。初犯なんだ」
「え……と?」
「子供を誘拐したのは今日が初めてなんだ!」
「それで?」
「だから、ほら、金だって受け取ってない……そうだ、妻と娘を養うために仕方が無くっ!」
「え、お前、え?」
魔道師は困惑して、自分の口元に手を置いて少し考え、離し、言葉をまとめる。
「お前、それ、お前が攫った子供の親に言えるのか?」
魔導師が恐ろしい目をしている。ここまで、ゴミクズを見て遊んでいた子供が、本気で不快な虫を見て踏み潰そうとするような怒り。
子供らしからぬ感情が一色に染ったような表情が、魔道師が子どもの姿をしているだけの老人であるかもしてれない魔道師の中でも特に上位の年齢の無い存在であることを悟る。
「生きるために! 仕方が無かったんだよぉ! 帝国が崩壊して騎士しかやってなかった俺は稼ぐ手段なんて限られてて、妻と娘の食い扶持を詰めながら何とかこうにかやってこうとしていたところだったんだよ! 魔が差したっていうか、本当はこんなことしたくないんだよ。ほら、事情があったんだよ! 分かるよな、な!」
――――…………「はぁぁ……?」
ため息がうるさいほどの静寂を切り裂き、静かな怒気が場でけたたましく耳鳴りになって、警鐘をかき鳴らす。
「……今日は、もうね。ずいぶんと、さぁ……走って殺して回ったが、そんな卑怯な事を言ったのは君が初めてだ。安心しろ。……君が誘拐した子供は助かってる。……火種。借りるよ」
カウンターの灰皿から一本吸いかけのタバコを拾ったその魔道士の手元から燻った篝火のように黒い煙が舞う。
「そ、そうか、なら、未遂って事で! なんと……か」
魔導師から色が消えた。いや、姿が見えない。形も消えて輪郭も分からない水に垂らした絵の具が虚像になったようにぼやける。
熱い、目が熱い! そうか、俺の目はもう二度と、何も見れないのだ。
「例えば、そうだね。君が犯人でありそのせいでアンタの妻子がいま隣人に棒で殴られてるのが今、僕の目には見えている。見えるんですよ。僕はそういうことができる失せ人を探すこと専門の魔道師だと嘘をついたら、信じますか?」
「え……?」
「真偽を貴様は知り得ない。当然だろう? あり得ないなんて事はあり得ない。被害者が救われたら、加害者は判明する。それがこんな……情状酌量の余地も無い卑怯者なら、人々は石を投げる。あわよくば死んでくれないかな? と石を投げる。それが人間に残された野性的な部分、集団を害する外敵を排除するための人間の中でも獣らしい群れの本当からくる行いだ。分かるな? お前のせいでアンタの奥さんと娘は死ぬかもしれない」
「ぁっちっ……や、そんなつもりじゃ」
「つもりがあったら他人の人生はどうでもいいと? ……ふふふははは? そんなわけないよ。理由はどうあれ人を殺したらそれは人殺しだ。人さらいが人殺しになるってわからないほど、帝国崩れは世間知らずでもないでしょう? 俺だってわかる。子供じゃないんだから」
「そんないったらぁ! お前だって! 俺達の人生……人殺しじゃないか!」
「人殺し? それは人間を殺した人へ宛てる罵倒だ。僕が殺した中に人と言えるようなまともな人間がいたら良いけどね……でも、良いことだろう? 君達の人生が今終わることで多くの人々は幸せになる。不幸が消えるということだ。君達を生んだ母親達の地獄で償う罪も軽くなることだろう。君達は死ぬだけで世界に貢献できる。なんて最低な人生だったんでしょう? 生まれてきてこんな死に様って恥ずかしくないの? ……つまりね。俺は人を一人も殺していないから、胸を貼って君たち人でなしを殺せる」
「ぁ……え」
生まれてから、人生から今まで生きていた全てを否定されているのにガキの姿をした魔道師になにか冷たいものを首すじに刺されて俺に感じられるのただ一つの、感覚で、股から恐怖とその感覚てびちゃびちゃに漏らしても、もう何も感じない。
「感じてるのかい? これを」
「なにを……?」
「今、お前に入れた薬」
「入れた……?」
「そこまでわからないほど、麻痺してたのか? まぁいい。ここで売ってた麻薬を適当にオマエの血液に刺したから、もうすぐに、一切の痛みを感じなくなるだろう」
「…………ぁえ」
多幸感。それしか感じない。恐怖も苦しみも無い。ただ、なにも、
「せめて貴方が確実に地獄に落ちるよう。苦しまずに死んでください」
魔導師は俺から抜いた万年筆の血文字で俺に見えるようにカウンターの下板に書き記す。
見えているのに何も感じない。インクの代わりにザクザクと突き刺されているのに、それもなんとも思えない。俺は
俺の全ては快楽に染って魔道師が記したその血文字を読めても何の感慨もいだけない。
【死因:人さらい。まやく売り買い。人身ばいばい。放火。人斬り。どくさつ……
子供のような丸くて筆圧の強い字が犯行声明を書き切るよりズッと先に、たぶん。俺は地獄に落ちた。
◆
「人殺しは楽しいな」
何も考えずに呟いた自分の声に驚いて周囲を見渡す。……辺り一帯、血の海だ。生存者は地下から既に脱出しているはずだから誰にも聞かれていないはず。だけど、
「嘘だ。そんなわけないだろ」
誰も居ないことを願う。
「生きているんだろう? 笑っちゃうよな。人でなしのゴミを掃除することを人殺しなんて」
生き残ったやつは居ない。居るはずがない。いたとしても誘導のための発言って思ってもらえるように独り言を言わないと!
「ふはは、死因をここに書いておくよ。君たちが僕に目をつけられた理由一覧だ」
死体を魔術でよく確認する。血液が流れている死体は残っておらず、皆死後硬直の開始を確認した。
「……なんだ、死んだフリしてたんじゃないのか? みんな死んでいてくれてよかったよ」
良かったと思って言い訳をする。誰にも、聞かれてなかった。僕の本心。
狂っている。狂っていく。自分より弱い悪党を殺すことを、敵を殺すことを、害獣を駆除することを、楽しいと……楽しいとだけ、嫌だ。楽しいなんて思いたくない。なのになんで、人を殺すことがこんなに楽しいんだ。
◆
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