第62話
ずいぶんとつらつらと説明が並べられた書状を読み、軽く身支度を整える。ウーナレクディアの屋敷の執事長……なのかな? それっぽい服装をしていた管理をしている責任者の方に書面を見せ、頼む。
「アンドロマリーから登城を命じられた。すこししたら迎えが来るから、ユーリとシャノンの保護、……お願いします」
「えぇ、大丈夫ですよ。安心してアンドロマリー様との逢瀬を……」
この認識はどうするべきか、考えれば下手に訂正してあの女の機嫌を損ねても危険が増えるだけだ。今日会って真意を聞いて判断するのもいいだろう。
「あぁ、それはそうと、エイリアンでなくても、コンクエスターに恨みを持っているような者は……ふとしたことで何があるか分からないから、注意してほしい」
「肝に命じます。これはアンドロマリー様の命でもありますから、安心してください。一門の武芸は国のため、忠誠は主君たちへの命を守るため鍛えられるものです。我々にとって命令に背くなどということは恥知らずの行為と定義され……が、えぇ、注意して気を配りましょう」
「ずいぶん恭しい態度を取りますね。立場も思想もはっきりしない僕に」
彼の礼にそんな感想を抱くと笑顔で首を横にゆっくり往復して彼の意思を告げられる。
「我々としては、アンドロマリー閣下と深い関係であり、コルネイユ子爵殿と幼少から親しいその御方を無碍に扱うような恩知らずな真似はしないように心がけているのです。かのお二方にとって大切な友人ならこの国の武芸に嗜むものとっては天上人と並び立っているような存在でありますゆえ、過剰な態度をお許しください」
コルネイユ子爵ってのはコルネリアのことだったな、たしか、コルネイユ男爵家ってのがコルネリアとこの家の主人であるウーナレクディアの実家のことだよな。
「がっかりしないでね?」
「恐れ多い」
苦笑してしまう。なんだそのリアクションは、
「じゃあ、出かける前に最低限二人に声をかけてくるよ」
「ご案内します」
◆
「これは、ナメクジとモグラ……だよね」
「ナメクジとモグラの痕跡、バッタの死骸とシラミの存在も確認」
「ということは、私たちの世界と人間の文化を除いた生態系に大きな違いがないっていうことなの? だとしたらこの世界は……せめて、正確な地形図が手に入ればいいけど」
「この時代にそれほどの物というものは、軍事機密です」
「そうだよねぇ……この世界がよく似た世界なのかパラレルワールドなのか、判別ができないわね」
庭先の地面でなにか観察して話してる二人を見つけ、
「出かけないとならなくなった」と状況を述べ、理由も付ける。
「アンドロマリーと話してくるんだ」
「……やっぱあるよね。刑罰」
「あぁ、あるんだろうな。勝手に
「刑罰?」
「あぁ、シャノンは知らないか、僕は勝手に脱走して……あぁ、国境も違法に超えちゃったね。保護するのと治療が話が主な内容みたいな呼び出し状だったけど、……いや、あれって脱走した形になるんだろうか? いや、ならんな。逃げたのは治療からだけだ! よし、法的には……どうなんだろう? 越境しているし」
「そうだったわね。……受けてた方がいいのかもね
ユーリに出発を告げて苦い顔で生返事を済ませると後ろの執事に礼を欠如しているとは思いつつ注意は促す。
「一応、言っておくがこの屋敷にいるうちはアンドロマリーの命令で保護することになっているらしいけど、異世界人であるユーリとシャノンはそれだけでも命を狙われる可能性が、いや、狙ってなかったとしてもふとしたことで、ね」
「……それ、本当なの?」
「それって?」
「異世界人の命を狙っているっていうやつ。憎んでる人も含めて利用価値がない時は、なんというか、反応が結構薄いっていうか、殺しに来る人ですら受動的なんだけども」
「そりゃ、空想上の生物が実在するってわかって感情を高ぶらせるようなら病人だよ。この屋敷の使用人の総意として仕事では守ってくれるみたいだから、……ですよね」
背後の執事のうなずきを確認し、じっと見て口をひらかないシャノンにも向き直り彼女にも確認しておく。
「えーっと、わかる?」
『わかる』とはずいぶん曖昧な表現だ。ある程度喋れるようになったばかりの相手にそれは自分でもどうかと思う。
「大丈夫、私は強い」
そう切り返すか、
「あー、そういえば魔法で……接触したものが消滅するなんかすごいことしてたけど、あれの分析もそのうちしたいなぁ。魔術開発の参考になるかもしれないし。どういう理屈なのか興味がある」
「プレッシャー。私はプレッシャー、そのものだ」
うーん、意味が成立しているのだろうか? 応急処置で歩いていどの意思疎通はなんとかなるけど……。
そう、苦い顔をしているとシャノンは先程までユーリとともに生物観察をしていた土面から親指ほどの大きさの石を指先でつまみ、ベンチの上に置く。
「えっと?」
「潰れる」
「え?」
小石が何もない場所に包まれて消えた。なにが
「うまった」
そうしてシャノンが指をトントンと叩く先を観察すると針を通すように小さな穴ができていた。その場所はさっきまで小石があった場所で、あぁ、埋まったってことはこの穴の中に?
「石に圧力を加えて性質を変えられる能力ってこと?」
「エレファント!」
……これ、絶対意味が通じてないだろ。『エレファント』だけはこちらの世界の文法じゃないってこれは、
「まぁ、石だけで色々できるなら魔法の分類としては攻撃的だし強いか」
「最悪当たらなかったとしても、前にゼフテロさんと共闘したときみたいに攻撃の位置を変えて触ったら消滅する格子状の檻に閉じ込めるとかも」
「あん? あれ、ユーリがやってたの」
「え、えぇ、何をするかだけ知っていれば私の異能力は万能に近いから」
ゼフテロがなんか変なことしたのかと思ってたが、『万能』ねぇ。慢心なのか事実なのか、万能もどの程度なのか、一応の分析はしたほうが良いかも?
「魔法……そっちでは異能力っていうのか、その分類の説明とかは禁止だから、技術に関することは特に話したらダメだよ」
「注意するわ」
◆ ◆
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