第13話

 がやがやと人入りの激しい様子の城門の砦に後ろ手に拘束されながら連れられて、カルトを押し付けた詰め所とは逆方向の階段を登る。

 アンドロマリーが見張りに何か言うと駆けていき、替わりに中から飛ぶように走り抜けてきた男性が怒声をあげる。

「この忙しい中でなにしてるんですか!? こっちは学生まで駆り出して巡回業務回してる状況なんですよ!」

 アンドロマリーは困った様子で目をそらして、平謝りする。

「すまないとは思ってるけど、さらにすまないことに君に仕事を押しつけても許される立場でもあるということだ」

「……」嘆息をついて不満を表す。「なんスか?」

 この人なんか、王族に対してずいぶん……フランクだな。

「彼、娘の方の預言者の思想。彼女、エイリアン」

 男性と私を交互に紹介して、なにか説明した気になる。

「は……! え」

「君の奥さんへの取り次ぎ、必要だろう? ギュヌマリウスにいたっては迷わず二人とも殺そうとした」

「まぁ、グニシア嬢関係ない人はだいたいそうですよね」

 男性は頭を抱えて「セシリアはアンタがギュヌマリウス連れてどっか行ったせいで迎撃隊に編成されてマシン討伐に向かったよ」と言うだけ言って悪態をつく。

「セシリア女史が? 私の代わりにならないのでしょうけど」

「そうだろうな」

 嘆息を吐いて男は不服そうに少女を睨む。

「だからこそだ。結果的にクラーラだけでなくカルラにジェネジオと預言者の持ってる最高戦力はここに残らないことになった。少ない取りこぼしでデカい被害でたら王国の責任になるな、これ、その時は責任は閣下がとってくれるんですか?」

「そうか、まぁ、その時はそうするが結果的に良かったんじゃないか? こちらとあちらで気の知れた相手と組めるのだから連帯感もある。戦闘するには無難な編成になった」

 やりとりして、ギュヌマリウスは先程使用すらしなかった背中に提げた剣を後ろ手に撫でる。

「あんたには飛び回ってもらうかもな。迎撃隊が取りこぼししないことを願おう」

「じゃあ、気乗りしないけど君ら二人は俺の方で預かるか、え? 無理じゃね」

 何を無理と思ったのかは分からないが、「いいや、こっちきて」と普通の応接間に誘導される。

「え、牢屋とかなんじゃ?」

 ユーリの疑問に彼は苦笑する。「俺の嫁はそういう対応が嫌いだから」とだけ返して、ユーリの後ろ手にされた拘束を解く、僕にこれは無意味だというアピールのため、全く魔力の生成を封じられていない手枷を指でちぎるアピールをさせてもらった。

 渋い顔をされてちぎれた金属を回収された。

「後で色々面倒な奴らがくるけど、……異世界人は殺すのが禁じられてないだけで、積極的に殺せとは誰も命じてないってことを覚えておいて欲しい」

「なんですか、それ……」

 僕が納得しかねない理屈にユーリは問う。

「じゃあ私がトリタちゃんや騎士が私にした振る舞いって」

「そうだ……。死んでもいいとみんな思ってしまっている。中には、死ぬべきだと思うものが多い。あぁ、それだけの後悔や憎しみが異世界人に向けられている。その点、そこの彼は……変わってるんだな」

「えぇ、僕は、異世界人じゃなくて愚鈍なる先帝を恨んでた一団の出身で、……一応、匿ってることは不味いことなのでバレる前に逃げ出したんです」

「へぇ、そういう感じなのか? その言い方だと帝国崩れの出身って意味だよな? となると、色々苦労してきたんだろうな」

「『僕は』なんの苦労もしていません」

「そうかな。あとは……ここに、お茶と簡単な菓子があるから勝手に食べていいから」と言って茶タンスを小突く。

「俺ら今忙しいから、また、後で!」

 部屋を出る前になにやら結界のような術を張って部屋に閉じ込める仕掛けを作る「出るなよ!」と声を上げて扉を閉める前に僕は声を上げる。

「ジークフリート・ラコライトリーゼです。彼女はユーリ・サトー、貴方は?」

「ん? あ、そうか! 名前すらまだだな。俺は、クラウス・ラーランドって名乗ってる。自己紹介はすぐに」

 そうして、扉が閉まり何かバチバチと扉周りの壁から魔力の光が弾けたようだ。

「ふぅ」

 張り詰めた緊張が解けてソファにもたれると、ユーリが真っ青な顔で駆け寄ってくる。

「まだ傷が残って……?」

「いや、見事なことに残ってない。違和感すら感じないほどキレイに治されてるよ。これはただのリラックスさ」

「リラックスって……でも、本当に大丈夫なの?」

「あぁ、見事、というか神業の域だ。これほどの手前は単独でやるような技術じゃないし、何より血液が失われたはずなのに体温の低下がない」

「そう、大丈夫なのね……」

 ユーリは僕の隣に座り、密着して肩を撫でる。

「なんだい?」

「……ごめんなさい。私のせいで」

「? どれが」

「全部、私のために刺されたり、斬られたり、この旅だって」

「全部、違うな」

 どうにか彼女を安心させたかった。だけど、僕は納得させる言葉を持っている気がしなくて、頭をなでてみた。無抵抗で無反応だから、言えることだけは言う。

「そのどれにも、君の責任はない。全部、僕がやるべきだと思ってやって、返り討ちに在っただけで、ユーリがなにかミスをしたわけなじゃい。だって、君は帰るべき家があるんだろ?」

「うん……弟と、妹が」

「帰りたいんだろ?」

「えぇ、だけど」

「なら、僕は帰す。それは僕の意志であり、……僕の誇りを懸けている」

「……私はお礼できないわ。その、何ひとつに」

 その顔を見て、やっとユーリの胸につかえているものがわかってきた。だけど、僕は

「自分の意志で助けた相手を僕は、途中で投げ捨てたくない」

 彼女の肩に手を回した、少しの戸惑いはあったが拒否されない。

「僕が助けたいだけなんだ。君を」

 何も言わない。

 うつむいた顔を上げ、息がかかる距離で悲しそうな目で僕の目を見て、彼女は質問をぶつける。

「フリッツはどうして、……私を助けようとするの? なにか私は返せるものはないの」

 唇が触れそうになる。彼女の唇に指を当て口づけをさない。

「言い訳に流されるのは、良くないよ。僕が君を助けるのは……異世界人への憎悪を納得できないからだから、ただそれだけの、自己満足なんだ」

「それだけ?」

 悲哀に満ちた目に疑問の目が浮かぶ。

「本当にそれだけ?」

「その…………、いや、それだけじゃない。そういう時に助けてくれた幼馴染や先生を知っているから、僕もそうなりたいって憧れだったり、そういうものもあるし、関係のない微妙な感情の複合的な……まとまりのないまとまった感情の結果が……」

 自己満足、その言葉を打ち消すだけの理由を僕は持っていない。だけど、

「幼なじみか、ユニーカさんやゼフテロのこと?」

 黙って僕を見つめてくれる。ユーリのその瞳から逃げ出したくなりそうな感情を抑える。

「いや、違う。コルネリアって名前で、コニアって呼んでた。彼女は僕を救い出してくれた。僕を、弟だと言ってくれた。同じようにされるから、同じなんだって言ってくれた。感謝してた。慕ってた。姉だと思っていた」

 溢れ出る涙に、僕は理由を見いだせなかった。ユーリが戸惑ってくれた。その戸惑いは今の僕へ与える慰めとしては十分過ぎる。

「でも……彼女は……僕を、家族の代替としか思ってなかったみたいで、本当に家族にはなれなかった。彼女にとって僕と過ごした十年より、血縁の方が大切で、投げ捨てられたんだ。救ってくれた相手から」

 涙をこすり、肩から手を離し、天井の気取ったように豪奢な模様を見て立ち上がる。

「だから、誓ったんだ。だれも助けないことを、途中で投げ捨てられるあの苦しみを与えてしまうなら、誰一人救おうなんて思っちゃダメだって、英雄になろうなんてしてはいけないって……思ったんだ。だけど、それから三年、初めて直面した誰かを救うような場面で、僕は、君を必死で助けようとしちゃった」

「ごめんなさい」

「いや、いいんだ。謝る必要なんて、僕の意志で助けたんだ。やっぱり僕は、誰かのために生きていたいんだ。だから、途中で投げ出すことがなければ、僕は僕とコニアをやっと許せると思うんだ」

「…………許したいの? その、コルネリアって人」

「あぁ、また『姉』と認められるようになりたい……それに、もっと俗っぽい理由もあったんだ。村を出て、世界を見る言い訳に、ユニーカと自分を説得したくてさ」

「自分を?」

 笑ってしまう。言い訳がましい言葉に、

「おかしな話でもないだろ。行動の理由に自分が納得できる言い訳が欲しかったんだ」

 ユーリは少し考えて、なにかにうなずく。

「おかしくないわ。貴方は自分のために全力なんだって、理由がなんであったとしても、私は貴方に感謝する。でも、自分でなんとかできるようになりたい。そして、フリッツの力になりたい。だからこそ、助けが欲しいなら、言ってほしい。魔術だって自分のものにして、力になりたい! それに私には……」

 立ち上がった彼女は、僕の手を取って引き寄せた。

「自分の意志で助けてくれるからこそ、貴方に傷ついてほしいとは思えない」

 そう言って引き寄せた僕を抱きしめている。

「……そっか、わかった」

 その瞬間は、それしか言えなかった。


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