第2話

 鬱蒼と茂った草木と獣道となんら変わらない人の道を順路に山菜を順番に取って回るが、どうも、この周辺は育ちすぎたものと未成熟な山菜が多い。全然進まない採集に続ける意味が感じられなくなる。

「だれかが一通り取り尽くした後なんだな」

 来る価値もなかったか? 帰ろうかと思ったがもう少しだけ粘ることにして、山道の順路を頭の中に浮かべる。

 切り換えて別の地点で山菜を探すべく薄っすらとした獣ではない人の作った獣道から整えられた街道へ引き返そうとしたとき、気配を感じた。

「人か?」

「……」

「獣か?」

 その気配の対象は驚いたのか動きを音を立てて止めるが、返事はない。だが、これは人だろう。少なくとも四足歩行と人では気配が違いすぎる。

「人じゃないか」

 人だろうと思いながら独り言を言うと、威嚇のために気配の少し手前に魔術を放つ。雷とかそういった系統の魔術だ。ちょっとした火花とびっくりするような破裂音を起こして相手をひるませるだけの技術だが、獣相手なら十二分の威嚇になる便利な技術だ。

 バキバキと竹が爆ぜたような破裂音と飛び散った閃光の威嚇、それに慌てた妙な服を着た女の子が両手を上げて現れる。

「うわっ! ごめんなさいごめんなさい! 撃たないで、でるから! 撃たないで!」

 竹が爆ぜ散ったような音に気配は驚き、姿を現す。表した姿に僕は呆れるばかりだった。

「おいおい、茂みで声をかけられたら返事してくれ、獣か分かんなくなるから危ないだろ!」

「ひぃ、ごめんなさい、ごめんなさい……もう、なにがなんだか……」

「まぁ、本当に当てなくて良かったよ。怪我とかはないよね?」

 ここで、茂みから現れた人間の様子がおかしい。珍妙な服装をしているだけでなく、怯えるように身を下げて、酷い顔色で分からせる疲弊しきった顔の色合いに、

「君、裸足? みると足も手もボロボロじゃないか、女の子がこんな山奥で、なにがあった? ただ事じゃないよね?」

「わ、私はもう……」

 顔を見て怯えるその人が同年代の少女であることを確認し、青ざめたを通り越して土色にも見える彼女の顔は少し、考えるようではないが躊躇うように一拍おいて口を開く。

「誘拐……、されて、ここがどこか、わからなくて」

「誘拐、ね。そうか」

「知らないはずなのに、言葉がわかるし、電波も繋がんないし、帰り方もわからなくて」

「? よく意味は分からないけど、ただ事じゃないのは分かった。逃げてきたんだね。こちらにきなさい。モウマドまで、モウマドって名前の僕が住んでる帝国崩れの集落まで案内するよ」

 反応として「ありがとうございます」とだけ告げ、なにかをしようと彼女は衣服のどこからか板を取り出す。その板を触ると黒一色だった板に色が付き、何らかの文字媒体の情報と絵が記載され始める。

「まって! それは……」

「え」

「いたぞ! 御使い様だっ!」

 彼女に確認を取る前に、ローブをかぶったゴロツキ風の男が山道から僕らの居る茂みに向けて声を上げながら現れ、剣を腰の高さに構えて対峙する。その相貌が僕を向いているのを理解して敵意を感じた。

「でかした!」

「……目撃されちゃったかぁ」

 ゴロツキ風の男の声に統一のローブをかぶった男と女が一人ずつ駆けつけて、背の高い女が僕を確認するやいなや斬りつけてくる。

「目撃者は殺さないとまずいんだ。ごめんね」

 切りつけてきた女の剣をなんとか鎌の刀身で防ぐが、持ち手から折れて手元から弾かれる。

「ひ、ひっ、何? なんなの!? なんなのよ!」

 御使いと呼ばれた少女とともに茂みの坂を転げて追撃を回避する。僕も彼女も全身草木で擦り切れるが、どうでもいい。女は僕らが転げて倒れた茂みの薄い部分を跳ねて正面に構えた剣と一緒に落ちてくる。

「キエエェェェェ!」

「爆ぜろ!」

 威力の無い目眩ましを女に向けてその手前で弾けさせると防御行動を取ったのでそこへ、錬気による身体強化と刃の抜けた鎌の取手を保護して、怯んだ剣を直角に叩き手から溢れた所、坂道ではまだ無理な体制からの全力の飛び蹴りで自分が放った目眩ましに衝突しながら女に突撃する。

「爆ぜるような威力じゃなんでした!」

 蹴りに至る大勢が無理だったために禄に受け身も取れずに転がりながり、女の後頭部を確認して木の棒で潰しにかかる。

 彼女にトドメを指す前にに、ローブをかぶったゴロツキ風の男が声を上げな魔術が発射され、剣を腰の高さに構えて僕に対峙する。

 魔術で燃やされる肩を魔術で消火と、非効率的な消火で煤を起こして煙幕にしながら立つ。

 背の高い女の意識を、ついでに命を奪うつもりで乗り上げた女の顔面を足で踏みつけるスタンプを決めようとするが、横っ腹のあたりで爆発が起きて擦り傷が熱で抉られるように染みる感覚に苛まれながら吹き飛ばされる。

「大丈夫かっ!」

「あぁ、問題ない」

 転がる僕をよそにゴロツキ風の男は、茂みで倒れる背の高い女に駆け寄り、身を起こす彼女に冷たい対応をとられる。

 もう一人の男が坂の下の少女に向かったのが見えた。

 「まずい」と思ったので、口から言葉が溢れた。

 地面の土に手を触れる。一度に生成できる精一杯の土の魔力を使用し、目を閉じて息を止める。

「煙幕っ!?」

 僕を中心に発動した舞い上がったその土を煙幕と認識したことを確認する。それ以上は何も確認せずに、工学的な視覚を一切使用せず、水分を探知する魔術で草木の倒れ方と土にむせて苦しむ影らを認識して、目を塞いだまま怯える少女のもとまで走る。たどり着いたら何も考えずに肩に担ぐように女の子を抱えると死にものぐるいの全速力で山を降りる。


 ◆ ◆


「ゲホ、ゲホ、ガ、ハァァ、ハァァ、ウェ、ゲホ、ゲホッ」

「ガホッ、ハッホッ、あれくらいしないと逃げられなさそうだったからさ、フッフ、ハァー、一旦休ませて、ゲホッ、ハッ」

「あ、はい。その、なにがなんだか」

 急に走ったせいで胸が痛い、頭から血の気が引くような痛みもある。山道の少し開けた位置で立ち止まって、確認しなければならないことを聞く。彼女には地べたに座ってもらう。

「もしかして、いや、もしかしなくても、君、異世界から誘拐された感じだよね?」

「?」

「いや、あの男が言っていた『御使い』っていうのは異世界から、降ろし……誘拐した相手に使う呼称だから、そうなのかと」

「すまない。何を言っているんです? 御使い、いや、異世界? 本当になんの話をして」

「わからないか、あーいや、そうだな。そっちの世界には機械があって、魔法とか、そういうのを再現する技術が無いんだよね?」

「魔法、いよいよ何の話だか」

「『魔法』、わからない?」

 本当にわかってないって反応だな。追っ手を気にしながらも、人里に付く前に説明をしなくてはならない。指先に、適当な術を頭でイメージして再現する。

「こういうやつ、まぁ、これは魔法じゃなくて、魔法を研究する過程で産まれた、魔法って現象を再現する魔術って技術なんだけどね」

 指先に集めた魔力を水に変換して水を宙に浮かせたまま鳥や蝶々の形に変形させ、羽ばたきを再現して手の周りをぐるりと少の距離を飛ばせる。少し動かしたら水を魔力に再変換することで羽休めしてから卵を模した変形をさせながら水の集まりを消散させる。

「なにそれ、え、なにを起こして……?」

「すこし、歩きながら説明しようか」

「靴が……いえ、ごめん」

「なら、仕方がないな。ここらへん、砂利も見えるからね」

 周囲を警戒しそれを怠らない注意を頭の中で再三確認した僕は、背中を向けしゃがんで後ろ手に構える。

「……! ありがとう」

 擦り傷と汚れだらけの足を、観察してみると思ったより多い砂利の道からいたわるために彼女を背負って、必要ないくつかの説明を始め歩く。

「この世界は、君のいた世界とは別の世界で、別の世界だから。物理法則もだいぶ違う……らしい」

「…………ん? えぇ、うーんっと……異世界?」

「違うのか? えっと、なんて言い換えたらいいのかな?」

「あぁ、そういうことか!」

 背中からいまいちピンとこないのか、反応が一瞬なかったが感嘆の声が上がると、彼女なりに言葉を噛み砕いた認識を確認する。

「そうか! だから貴方も普通に魔法が使えるのね? そうよね」

「魔法は使えないかな、流石に、ね? 使うのは魔術だね」

「まほ、え、なにか違うの?」

「それは……後で話すけど、先にさ、重要な話があるんだ。ここが異世界であることを理解したなら続けるけど、大丈夫かな?」

「え、えぇ、状況が異常なのだから……異世界でなかったとしても……信じるしか無いわ」

「いいよ。懸命な妥協だ」

 山道を下りながら見てみると、普段意識しないその路面には普段意識している以上に砂利が多く尖っていたと背負って正解だったことを再認する。

「了解、じゃあ続けるさっき持ってた板みたいななにか、あれ、絵とか、文字とかが浮かび上がったやつ」

「ん? あぁ、スマホのことね。……あれっ! しまった、落としちゃったみたい、どうしよう」

「そう、それ、あれって機械マシンなんだよね?」

「……? そりゃ、そうでしょう。機械以外のなんだっていうの」

「こっちの世界だとさ、機械マシンと呼ばれるそれらとかそういうのに関する情報、仕組み、構造、使い方、なんなら現物を持つことも含めて、その情報に関わる話をしたら……、わりと普通に極刑なんだ」

「きょっ……!? 極刑!? 死刑よね?」

「うん、ほぼ確実に死刑。扱いとしては大量破壊兵器製造関連の各国の法律になるから、君が異世界人であることも隠さなくてはならない。バレたら、……どうなるんだろう? 機械のことを話さなくて……うーん」

「異世界人は機械マシンより扱いは軽いの?」

「どう、なんだろう? 運が良ければ極刑は回避できる場合もある。だけど、極刑でなくても自由に死ぬことも生きることはできなくなるね。そう考えたら、落としてしまったのはごまかす上で幸運とさえ言えるかもしれないね」

「なんで、そんな重罪に……え、機械の話よね?」

「あぁ、機械マシンのこと。昔、バカが異世界人から聞き出した技術を持ち出して大きな戦争を何回か起こしたからだよ。とても大きな戦争を、たしか、20年くらい前に大きなのが起こるまでは散発的な小規模な戦争を繰り返していたらしいし、年齢が高い人ほど異世界そのものを憎んでる。これから向かう村は老人多いから注意してね」

「そ、……そうだとしたならなんで貴方は? 助けても大丈夫なの」

 背中の重さが増えると錯覚するほど徐々に体がしんどくなるのを感じるが、もう少し坂を下ったら集落の端の数件の家が塀越しに頭をのぞかせて見えて来ることなので、だめとわかっても油断して笑みがこぼれてしまう。

「全然! 大丈夫とは、到底言える状況ではないね。ハハハッ! 異世界人を匿うとか、いきなり後ろから刺されて殺されても文句が言える行動じゃないね」

 気を引き締めないとならないっていうのに、もはや襲ってくるような場所じゃない位置まで着いているのだから、落ち着いてしまう。落ち着いてしまうからこそ饒舌になり、急いで説明を終わらせようとする。

「あぁ、だから、隠してよ。君が『人さらいから逃げてきた』って言ったことにして、その言葉を鵜呑みにした僕が、事実を隠されているという体面できるだけ匿ってあげるから」

 彼女の訝しむ声は半ば呆れるような色になり、ため息をつく。背中でため息を吐かれると自分のため息よりも近くに感じるものだな。

「そんな嘘で、大丈夫なの?」

「大丈夫ではないね。これでも不十分だ。だけど、事実しか言ってないだろ? 人さらいから逃げてきたところを保護した。嘘なんてつく必要もない」

「そう」

 集落の門番を務める老人が見えた。僕らの世代から愛称で呼ばれてばかりだから、そういえばおじいさんの本名知らないな。などど、気づいたが、別にどうでもいいので愛称を叫ぶ。

「ヘリのおじいさーん! すみませーん、おはようございまーす!」

 縁のおじいさんの彼に僕らのボロボロに土まみれの姿を見られてギョッとされるが、逃げ切れた安堵からおじいさんに笑顔で手を振って声を出してしまう。

「ちょっと、大変なことになりましてねー!」

 遠くのおじいさんに呼びかけているとおじいさんが驚いた表情で駆け寄ってくる。そんなに焦る必要はもうないのだが、

 横腹が熱い、捻れて焼かれたのかと思った。

 ――――――? あ、刺された。

 短剣が突き立てられて抜かれた一瞬で赤色が吹き出した。

 横腹に現れたフードの男に、僕が気づくのにずいぶんと遅れてしまった。おじいさんに挨拶する場合じゃなかった。気を張っておくべきだった。

 転がる僕と一緒に落ちる少女をつかもうと男は腕を伸ばそうとするが、駆けつけたおじいさんが魔術で何もない場所から空間を無視して呼びよせた剣を取って男へ斬りかかり、男に避けられる。

「フリッツ坊! くそ、貴様!」

 距離をとった男の横に先程の背の高い女が現れ、向き合った後ろ寄りの側面からゴロツキ風の男も現れるが、不意打ちにおじいさんは振り下ろしに反応して背面越しに虚空からいきなり現れた剣で受け、振り返りざまに片手で持っている剣で腕を切り落とす。

 もう一方に握ったばかりの剣を魔術を練って正面の二人に投げ飛ばし、腕ごとこぼしたゴロツキの剣を奪って、取り返したかのように自然な様で腕ごと掴んで喉に突き立て引き裂く。

「ジジィ! じゃましないでよ!」

 背の高い女が近寄るが、両手で剣を構えたおじいさんの構えを見て距離を保って構え直す。が、近寄った時点で手遅れ。間合いから抜け出せていない。

「は!」「――――ッ!」

 女が言語化不可能な絶叫をあげた。

 ヘリのおじいさんが踏ん張る掛け声を上げると同時に絶叫したので一瞬意味がわからなかったが、視界の外れから短剣を蹴り上げて女の足に刺したのだ。

「ぐう、戻るも下がるも地獄なら!」

 残った男が腕をふると、粒のような火の粉を撒き散る。

「御使い信仰の者か」

 おじいさんが三人共通のローブを見てか、それを言うと女に刺さった剣が魔力を帯びながら高速で回転し、当たった女の体の部位をブロック状にぶつ切りにする。

「ィャアアア、死にたく――」

 女の体は回転する剣にまず脚を分解され逃げることもできず、断末魔も一瞬にしてブロック肉になる。

 男の視界が一瞬女に向いた隙きを見て前にデタラメに投げ飛ばした剣がローブを貫通して胸から生えるように突き出して高速回転を始める。

 火の粉がブロック肉を避ける順路でこちに向かう途中、まだ半分の距離も届くまえに剣の回転に引き寄せられ男のもとで爆裂した。接触を条件に爆発を始める火の粉。爆熱と回転する剣により、一瞬で業火の竜巻につつまれ空間にあった男のミンチは焦げ肉になる。

「ぐぇ」

 ハンバーグになった死体を一瞥すると、おじいさんは僕を前にする彼女に手を伸ばし、立ち上がらせると僕を見て険しい顔付きになる。

「こいつらの実力は訓練を受けた兵士ではない。だが、伏兵がいるかもしれん! 嬢ちゃん、ついてきなさい」

 作業着を脱いで僕の傷口に押し当てて、僕を抱え込んだおじいさんが少女に声をかける。

 おじいさんに触られて一瞬熱いと感じた。僕の体はずいぶん体温が下がっているみたいだ。

「くそ、止まらん、深く斬り込んでっ、くそ。金属に血液毒も塗ってやがる!」

 監視小屋に駆け込んで中にいた誰かにおじいさんが叫んだところで僕の意識は暗転する。


 ◆ ◆ ◆

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