第38話 国王陛下

国王陛下は立ち上がり広間を見渡す。晩餐会の会場にいる者全員に聞こえるよう、やや声を張り話し始めた。



「我が国は他国に比べ強大な力を持っている。国土も広く人口も多い。強い国であるからこそ、責任と使命がある。この国の王である私には国民国家の衝突を和らげ、国際平和に繋がる関係を他国と築いていく重要な役割がある。世界の中でも先進している我が国だからこそ他国の見本になるような振る舞いができなければならぬ」


広間内は水を打ったように静まりかえった。



「先ほど、カーレン国の大使に対して、我々の外交を担う臣下の者たちが大変な無礼を働いた。皆も知っているように我が国はカーレン国と友好関係を築きたいと願っている。にもかかわらず、相手の国を尊重せず、自国の自慢ばかり、大使の食の好みも聞かず、アレルギーがあるという乳製品を食事に出し、金銭を土産にと渡すような下卑た真似までしたという。外交執務室はどうなっている!何のための外交官だ!客人を招き、その国の言葉、挨拶という簡単な言語ですら覚えられなかったのか、ふとどき者が」



一瞬で場が凍り付く。

国王が声を荒げる等めったにない事だ。


外交官たちは真っ青になり、キャサリンはあからさまに肩をふるわせた。

皆一様に怯えの色が浮かんでいる。

高位貴族たちが並ぶ中、大使の冷たい視線が彼らを射抜いた。


「ムンババ大使、大変失礼な事をした。我が国の王として詫びなければなるまい」


国王陛下はムンババ大使に向かって頭を下げようとした。


大使はそれを少し身をかがめ止めた。

首を左右に振ると、広間に集まるものに向きなおった。



「私は、カーレン国から二年前に大使としてこの国へやって来た。発展した王都の町並みや建築、加工された食品、人々の服装や音楽まで、極めて高度な文明。素晴らしいと感じた。この国は我が国など、足下に及ばない強大な力を持つ発達した国だ。もし、戦争が始まったとすればきっとカーレンなどひとたまりもないだろう。けれど、国王はその内容には触れず、我が国が小国にもかかわらず非礼を詫び頭を下げようとして下さった」


会場内にいる貴族たちが皆、ハッとした。


国王陛下が頭を下げるなど普通はありえない。陛下は自らが頭を下げることで、大使を敬い、彼の位置づけをみなのまえで明確にしようとしたのだ。


ムンババ様は続ける。


「先程、この会場の絵画を鑑賞して気が付いた。外国の要人や、高位貴族たちを迎えるこの広間に、畑を耕している姿の農民をモデルにしたビスチェーリの作品が堂々と飾ってある」


ビスチェーリは有名な画家だ。モデルに違和感はあれど高価な絵だから飾ったのではなかったのか……皆がそう思った。


「それをそこに飾るという事は、陛下が国民の幸せを分け隔てなく願っている事の証だ。この国の慈悲深さ、国王の平和への祈りと感謝の心を感じた。あなた達はこの国の、この王のもとに生まれ幸せだ」


この一番豪華な、国としては自慢するべき場所に、庶民がモデルになった絵を飾る。その事の意味を考える。



あまりの衝撃に、皆が固まる。


惹きつけられる話の持って行き方を熟知している。

彼は凄い。


王様から敏腕だと褒められる意味がわかった。


ムンババ大使の話を聞いていた貴族たちから一斉に拍手が巻き起こった。


大使は一瞬で、この緊迫した場の雰囲気を真逆に転換させた。



今回の断罪劇は私たちが仕組んだものだ。

先日茶会に呼ばれ、王宮へ来た時に今日の計画が立てられた。


スノウは、外交官たちは虚栄心の塊だ、慢心して尊大な態度をとるだろうと言った。

そこを上手くついて、ムンババ様に激高してもらう。

初めから彼らが大使に失礼な晩餐会を開くだろう予測はついていた。


それを修正せず、そのまま決行した。


古参の外交官たちを一掃するために、必要なイベントだった。


これはムンババ大使の協力なくしては成立しない事だった。


この協力と引き換えに、我が国はこの先、カーレン国に軍事攻撃行わないという条約を結んだ。

それがムンババ大使からの条件だった。


カーレン国は有資源国家だ。他国から侵略される危険性と常に隣り合わせだった。


紛争は平和的手段により解決することを規定した『不戦条約』にサインした。もちろん国王陛下がそれを許諾された。


陛下は血を流さず国際的に平和維持を望む方だ。


王太子殿下の隣国王女との婚姻もそういう意味合いがある。

陛下は、王室の身内の自由をすべて国民とこの国に捧げられている。




この茶番の終結は王太子殿下へと引き継がれる。


国王陛下は、不祥事の後始末を王太子殿下へゆだね、ムンババ大使を連れ会場を後にした。




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