第31話 父との対話
夜になるまで話は続いた。
もうスノウは魂が抜けたただの屍のようになっている。
お父様が私のそばにやって来た。
これからまだ長い時間がかかるだろう。
父はもう私をこの場から退出させるだろうと思った。
「アイリス。お前をこのまま公爵家に置いておくことはできない。実家に帰る支度をしなさい。公爵家の有責で直ちに離縁できるように準備しよう」
お父様はこのまま私を連れて帰るつもりのようだ。
確かにこの屋敷には良い思い出なんて一つもない。一刻も早く立ち去りたい。
子供のころから妃教育を受けていた私は、自分の家族と一緒に過ごす時間をあまり持てなかった。勿論お父様も忙しい人だったので、他の家族のような温かい団欒の時間など持ったことがなかった。
それが今こんなに近くに父がいて私を案じてくれている。
私自身も自ら両親に甘えることをしてこなかった。とても勿体ないことだったのかもしれない。
今回の件はそれが悪い方に作用した。
「お父様にはご心配をおかけしました。私の為にお手を煩わせてしまって申し訳ありませんでした」
お父様は苦い顔をして首を振る。
「アイリスは常に災難に見舞われる。常に運が味方しない。折悪しく結婚相手がこんなポンコツだったとは思いもしなかった。お前は妃教育を長い間必死に頑張った。わしはその努力を無視した王家に腹が立った。人の娘をなんだと思っているんだと。側室に迎えたいなどと、ふざけたことまで言ってきた時には謀反まで考えたくらいだ」
……お父様は王太子妃の話が無くなり、私を見限ったのかと思っていた。
「私のために怒ってくださったのですね」
初めて聞かされる話に心が熱くなった。
お父様は頷いて続けた。
「しかし代わりに紹介してきた男は、なかなか評判が良かった。長い間国外で学んで、いろんな国の事情に明るい。外交大臣という職に就き公爵家の当主にもなるという。実際会って話してみたが、穏やかな性格で真面目だと感じた。王命での結婚にしたのは、それに従う事により、王家への忠義に厚い人間で、同時に彼の後ろには王家がついている事を重臣たちに知らしめるためでもあった」
「その話は聞いていませんでした」
ああ。とお父様は頭を掻いた。
「それが最大の間違いであったのだ。今となっては、我が事ながら先見の明が無かったと悔やまれる」
意思疎通が図れていないのはスノウだけではなかった。
自分もまた両親や王太子殿下とちゃんと話をしてこなかった。自らの進退を他人に任せた責任はある。
「今回の件も王家は関わりたくなさそうだった。王太子殿下が陰ながら動いてくれたから情報が錯そうせず、わしも素早くこの件に立ち入る事ができたが」
「殿下は自由に動ける立場ではありません。けれど今回は尽力していただいたようですね」
お父様は頷いた。
今回の件は王家は関係なく、一公爵家のお家騒動だという事で片が付くと思われる。
できるだけ被害を最小限に抑えるために殿下も自ら舵を切ったに違いない。
「王命だが、この婚姻は無いものとされるだろう。とにかく、アイリスはもうここには戻らない。後は私に任せなさい」
お父様はそう言うとマリーを呼んだ。
「お父様……」
ん?と父は私の方に顔を向ける。
父親らしい事をいままで一度もしてこなかった彼が急に私の味方になった。
気持ちが追いつかなかった。
「スノウは、旦那様はとんでもなく間抜けです。なんなら阿呆過ぎて単純で驚くほどです」
「ああ……」
父は私の淑女らしからぬ言葉に眉を寄せる。
「ですが、私は今はまだ公爵夫人です」
「……何が言いたい」
「私は、今度は自分で考え自分で行動したいです」
「どういう意味だ」
一気に空気が変わった。
今までは慎み控える事を強要される立場だったけど、そもそも私の性格は違う。
言わなければならないと判断すれば口に出す。そうしなかった事がこの状況を招いてしまったんだ。
「身の振り方は自分で決めたいと思います。今、公爵家は取り仕切る者が誰もおりません。私が仕切らなければならないでしょう。フヌケな旦那様は役に立ちませんので」
この責任感と気性は血筋なのかもしれない。お父様の子供なんだなと自分でも感じてしまう。
「ほう……」
目を見開いたかと思うと、お父様は考える様子で。何を思ったかこう言った。
「アイリス、お前は公爵家を乗っ取るつもりなのだな?」
突拍子もない言葉に「まさか!」と私は否定する。
政略結婚を当たり前とし、貴族社会の下剋上を知った父だ。そう考えても不思議はない。
けど、そんな面倒で辛気臭い世界にはうんざり。もう懲り懲りだ。
「私は旦那様とこれ以上夫婦でいることはできないでしょう。離婚はします。そして私は貴族籍を抜けたいと思っています」
「なっ……」
それには父も驚いたようだ。
けれど、貴族牢に入れられ一人になり十分考えた。そして結論をだした。
私は平民に下る。
「どうか私の幸せを一番に考えていただけるのなら自由にさせて下さい」
私はお父様に深々と頭を下げた。
その時。
「それは時期尚早だろう」
聞き覚えのある馴染の声が聞こえた。
部屋の扉を開けてゆっくりと従者を従えて一人の男性が入ってきた。
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