第6話 反撃
翌日私は執事のマルスタンと話をしに執務室に向かった。
スノウが屋敷に戻ってこないのなら、自ら王宮へ彼を訪ねればいいと考えたからだ。
マルスタンに「彼が帰宅したら私に知らせてほしい」と頼んだが、その知らせはなかった。
旦那様は一度も帰宅していない。長いときには数ヶ月も屋敷には戻らないと言われた。
ならば私が話があるからと伝えてほしいと言ったが、重要な話でなければ職務の邪魔になるのでと断られた。
手紙も書いてみたけど、スノウからの返事はなかった。
日に何度か王宮の彼の職場へ屋敷から使いが出ている。
公爵家の執務関係や、領地のことを報告しているらしい。
彼は王宮の中に泊まるための私室があり、そこでも生活ができる。
宮中に暮らす者も沢山いるので不思議ではないけど、彼の屋敷は王宮から馬車で三十分ほどの距離しかない。
問題なく通える距離だ。
帰ってこない理由は新妻のせいだとメイドたちが陰で話していた。
わざと私に聞こえるように言ったのだろう。
悪意のある噂話は、今まで王宮で散々聞かされてきた。
もっと身になる話をすればいいのにと思うくらいには耐性が付いている。
「街へ買い物に行きたいので、馬車の手配をお願いするわ」
私は外出したい旨をマルスタンに伝えた。
「馬車の御者の手配もありますし、急に用意しろと言われても困ります。せめて三日前までに予定を入れて下さい」
マルスタンは顔色を変えず、当たり前でしょうと言わんばかりに断ってきた。
「何台も公爵家の馬車はありますよね。私は使用できないと?」
「奥様が外出されるのであれば護衛の手配も必要ですので、急には無理です。王都とはいえ街は危険ですしね」
王宮へ旦那様に会いに行くといえば仕事の邪魔をするなと言われるのは分かっていた。
だから買い物に行きたいと言ったのだけど面倒くさそうに拒否された。
「ならば護衛は必要ありません」
「何かあれば私どもの責任ですのでそれは駄目です。買い物がしたければ業者を屋敷に呼べば済むでしょう。奥様が勝手に散財したいのでしたら、婦人の予算内で買い物をして下さいね」
婦人の予算?そんな話は聞いたことがない。
この屋敷に来てから買い物はしたことがないし、私は公爵家のお金を使ったことはなかった。
「婦人の予算ですか……王都でも屈指の高位貴族ですものね。古い歴史を誇り、王家の信頼も厚い。公爵婦人の予算があるのは当然でしょう」
「ええ。勿論、公爵家は名だたる貴族たちの中でも……」
「私の予算の金額と出納帳を持ってきて下さい。お金の入出金を記録した帳簿を確認します」
マルスタンは焦ったようだった。
私を悔しそうに睨んでくる。
「それは予算を管理している経理の仕事で、執務の一環ですから、奥様が確認する必要はありません」
「あら、私の予算ですのに?」
「奥様には必要な分を申しつけてくだされば、その金額をお持ちしますので、何の問題もないでしょう」
おかしなことを言う。先ほど夫人の予算内で散財しろと言っていたのに、予算がどれくらいあるのか知らせたくないように思える。
金額が分からなければ買い物もできないでしょうに。
「私の予算は私以外の誰かが使うものなのでしょうか。それなら旦那様に聞いてみますね。まさか……着服……なんて、まさかね。それこそ公爵家ですもの、使途不明金なんてあったら、とんでもないことになりますよね」
「失礼です。きちんとした身分の者たちが屋敷の蔵を預かっています。経理担当者は教育も受けた専門の者たちです。そもそも、金銭の出入帳を見たところで、奥様に理解できますか?数字や計算が沢山書いてあって、算術が得意でないと意味が分かりませんよ。何が必要経費なのかなんてご存じないでしょう。奥様のお世話するために使用しなければならないお金もたくさんありますからね」
「食事や消耗品にかかる費用も私の予算から算出されているのですか。それはまたケチ臭い」
「はぁ?は、そんな訳ないでしょう。あくまで夫人のお小遣いに使えるお金のことです。ドレスや化粧品、宝石など。個人的に好まれる外国製のお菓子やお茶などの高級な物、後は交流のあるご婦人へのプレゼントやお土産など。とにかく、女性は何かとお金がかかりますので、そういった物に使う費用です」
「それで安心いたしましたわ。私、こちらの使用人に何か特別な物をいただいたことも、用意してもらったこともありませんので、今月使える予算は、まるまる残っているということですね」
有難うございますとニコッと笑ってマルスタンに伝えた。
「では、三日後午前十時に馬車を一台用意してくださいね。それと一時間後に帳簿を私の部屋へ持って来て下さい。改ざんなんてしなくて済むはずですからすぐに用意できるでしょうし。ふふふ」
言い切ってやったわ。
はぁー、スッキリした。
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