第37話 断罪が始まる
「ドレスとても似合っているよ」
ムンババ大使はカーレン国の生地のドレスをまとった私を見て嬉しそうに眼を細めた。
彼も体にぴったりと合ったカーレンの正装と思われる立派な装いで、格の高い勲章の大綬を肩から襷のようにかけている。腰の帯あたりに正章がつき、こちらでは見る事ができない異国の刺繍が施してあった。
「ありがとうございます。カーレン国の布は肌触りもよく丈夫で伸縮性がありますね。とても着心地がいいです」
「そうだな。有難い事に自然から得る資源に恵まれている。土地、水、埋蔵鉱物、森林。天然資源の宝庫だ。美しい国だよ」
きらめく水と暖かい光。澄んだ空気。温暖な気候に穏やかな国民性。想像しただけでも、まるで天国のような場所だなと羨ましく思った。
国王に挨拶を済ませた。
「王太子からも聞いているが、なかなか敏腕な大使らしいな。これからも我が国と未来永劫平和的な関係を築ければと願っている」
国王は頷くと、ちらりと私の方に視線をよこし目配せした。
これはよろしく頼むという意味合いだ。
「身に余るお褒めの言葉をいただきまして、身の引き締まる思いです。互いの国の発展の為にこれからも尽くしていく所存です」
その後、次々と多くの貴族たちが挨拶にやって来た。彼らは、カーレンの国の有する資源や、ムンババ様の人徳、功績などを褒めたたえた。
今回の晩餐会はいかにムンババ様をもてなす事ができるかにかかっている。
そう考えると歯の浮くようなセリフや、大袈裟過ぎる美辞麗句も彼らの表面だけの姿だろうと感じた。
それらも全てわかっていて、笑顔でありがとうと言える彼は流石だなと思った。
しばらくするとこの晩餐会の準備を担当した外交官たちがやって来た。
ムンババ大使がカーレン語で挨拶をしたが外交官たちからは自国の挨拶しか返ってこなかった。
明らかにこちらを小馬鹿にするような態度だ。
「ははは、カーレン語は世界で通じる人がいないので不便でしょう」
自分の勉強不足を棚に上げて、そんな事を言うのは大変失礼だ。
「そうですね。残念なことに我が国の言葉は特殊で、あまり使える方がいらっしゃらない。こちらの国では特に苦労しています」
大使も少し嫌味を交えた。多分外交官は気づいてないけど。
「教育機関で外国語も学べるようにすれば、世界で話が通じるので便利ですよ。その点、我が国の言葉はどこの国に行っても通用しますから世界共通語と言ってもいいでしょう」
この人は馬鹿なのかと思った。さすがに注意しようと口を開きかけたその時、キャサリンがムンババ様の元にやって来た。
「ムンババ様ようこそお越しくださいました。何度か茶会や、食事会などを担当させていただいた外交秘書官のキャサリンです」
なんとも華やかなドレス姿だ。
秘書官とは思えない宝石も身につけている。
「ああ。覚えているよ」
「本日は大使の為に、高級な料理もデザートも十分用意いたしました。珍しい肉料理もありますので楽しんで頂けたたら光栄です」
「まぁ、そうだな」
そこかしこに仰々しく飾られた黄金の像や世界に類を見ないと言われる珍しい陶器、ガラス細工や銀食器などの説明が始まった。
「世界で一番価値があるといわれる絵画ビスチェーリの名画ですわ」
最近手に入れたという名画が飾られた壁まで大使を連れていきキャサリンが説明した。
「現実を美化せずに客観的に描くという写実主義の作品ですね」
ビスチェーリは革新的な画家だ。今までの宗教画の概念を取り除き、主に平民の生活、煌びやかではない現実を描くとされる画家だった。
「大使は美術品に対する造詣も深くてらっしゃるんですね。私はあまり芸術には詳しいわけではないのですが、わざわざ庶民の日常なんて誰が見たいと思うんでしょうね。必要ない情景だと思います」
その言葉にムンババ様の表情が険しくなった。
「誰のおかげで君たちの生活が成り立っているのか分かっているか」
諫めるという口調ではなく、あくまで教示しようとするような声だった。
「いえ、その……庶民の税を有効に活用して。国王が政治を行い豊かで平和な暮らしができているのですから」
「君は、何故この広間にこの絵が飾られているのかちゃんと理解しているか?王がなぜこの場所に庶民の絵を飾られたのか考えたことはあるのか」
「それは、これが有名な画家の作品で、新進気鋭の画家の物だと言われているからです」
ムンババ大使は嫌気がさした様子でその場から離れようとした。
その後の食事は散々だった。
まさかそこまで調べていなかったのかと不思議に思うほど彼には口にできない食材が並んでいた。
それは飲み物にまで及んだ。
最期に少しでも機嫌が良くなるようにと、外交大臣代理が渡した手土産にムンババ大使の堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にしてくれ!」
テーブルを叩いて立ち上がると、その足で国王陛下に向かって歩き出した。
私はその後ろをついてゆく。
その様子を見た王太子殿下も急ぎ私たちの行く先に同行する。
何もしなくても彼らは墓穴を掘った。
通訳の役割をしていた私はメモを取っていた。
名前を書いた紙を王太子殿下へ手渡した。
殿下はそれを一見し、自分の護衛に指示を出した。
護衛は警備兵たちに何かを継げると動き出した。
何が起こったのか会場の中がざわめきだした。
いつの間にかスノウが広間の隅に控え立っているのが見える。
正装をしていた。目の下にクマができ、かなり疲れた様子だった。
それでも貴族として最後の体裁を整え、背筋を伸ばしまっすぐ玉座を見ていた。
一言一句、大使にかけられた言葉を覚えている。私は一度聞いた事は忘れない。
国王は……知っていた。
断罪が始まる。
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