第25話 アイリスとスノウ

ーーアイリスーー



公爵家は広い。


初めてここへ来て、メイド長に屋敷の中を案内してもらった時、地下室と屋根裏は省かれた。


「こんな部屋があるなんて知らなかったわ」


小さな窓から美しく刈られた公爵家の庭園を見下ろし、一人アイリスは呟いた。

窓には鉄格子がはめられていた。


部屋は三階より上の屋根裏に当たる場所にあった。

粗末なベッドとチェスト、食事をするための小さな机が一つあるだけで、狭く薄暗い。


壁の厚さや扉の頑丈さを考えると、ここは貴族牢のような気がした。


あれから何度かマルスタンがこの部屋へやって来た。


『どれだけ厳重に監視をつけても勝手に部屋から出てしまわれますので、外に出ないように鍵がかかる部屋に入って頂きます』


夜中に部屋から抜け出したことが致命傷になった。


『屋敷の中を歩くのすら許されないとは知らなかったわ。外出はしません。心配なら見張りをずっとつけていたらいいじゃない。これは監禁だし、虐待よ』


『食事は運んでます。水もちゃんと取り換えているでしょう。必要な物は用意しますよ』


マルスタンは嫌見たらしく鼻で笑う。

与えられた着替えは貴族が着るようなものではない、粗末なワンピースだった。


『ドレスを着る必要はないし、湯浴みもしなくていいって事ね。フォスター公爵家は夫人にこういう対応をするのね。外に漏れたら噂になるわね』


『ああ言えばこう言う、本当に口の減らない方だ。湯浴みはできないけれど体を清潔に保つことはできます。ご自分の世話はご自分でどうぞ』


事実上幽閉されたんだわ。

私は乱れた髪を手ぐしで整えた。



執務室でジョンに会った事は知られていない。けれど部屋からいなくなった私を屋敷の者たちが必死に捜していたようだった。どうやって抜け出したか何度も問い詰められたけどドアから出たと言い張った。


有耶無耶になった脱出方法に皆が苛立ち、嫌悪と怒りで私に厳しく当たる。そして罰としてこの部屋に入れられた。



部屋に閉じ込められ一人になった。もう監視役の侍女もいない。



「……何度考えてもおかしいのよね」


誰に話しかけるわけでもなく声に出した。



おかしい。


そもそも私をどうしたいのかが不明だった。離婚するなら応じるし、慰謝料もいらない。


公爵家の面々はそれが望みじゃないの?

なら、私をどうしたいのか。

王命だから離婚できない。白い結婚を成立させるまで三年間監禁する?


考えたけど辿り着く答えは一つ。


キャサリンはスノウに結婚相手として認識されていないのではないかという事。


彼女はスノウの恋人ではない。

スノウは、あからさまなキャサリンのアプローチにも気が付かないほど鈍感な人なのかしら。


それかキャサリンが単純に女性として魅力がないのか。


「だとすればモテない我が娘を恨みなさいよ」


馬鹿馬鹿しい。



そうなると、私が虐待まがいの監禁をされているのをスノウは知らないという事よね。


マルスタンたちは、彼が帰る時だけ私を夫人の部屋に戻すつもりなのかもしれない。私がなにか言っても虚言だといえば彼はそれを信じるだろう。


いっそ体に傷がついたり、痩せ細ったり病気になったりすれば証拠が残るんだけど。


そもそも酷い扱いだとは思うけど、食事を与えなかったり暴力を振るわれたりするわけではない。

屋敷の使用人達に、罵詈雑言を浴びせかけられている。けれど、それって証拠に残らないのよね。


このまま薬を盛られて病気か何かだと理由付けして、私の身体を弱らせるのかしら?まさか命を奪うつもりはないわよね。


どんどんマイナス方向に考えが及んでしまう。



「とにかくスノウと話がしたい」


そう思いはするけど、良案は考えつかなかった。

そして彼はいつまで経っても王宮から帰ってこない。


「完全に行き止まり状態だわ」


硬いベッドに腰を下ろし深い溜め息をついた。






ーースノウーー




「ムンババ大使からスノウ様にです」


朝の会議の最中に部下がムンババ大使からの手紙を持ってやって来た。


内容は『午後、公爵邸に挨拶に伺う』というものだった。

それは決定事項で、了承を得るような文面ではなかった。


以前馬車の車輪の故障でアイリスに助けられたという。

そのお礼を兼ねてアイリスに会いに来るというのだ。


そんな話は初耳だ。


一体何の話をしているのか全く解らなかった。


『故障?助けた?』


いつの話だ。


ムンババ大使とアイリスに接点はなかったはず。偶然馬車が故障した場面に遭遇したとすれば、アイリスが宮殿へ来た時。


王宮からの帰り道の可能性がある。


それもこれも、あの日、彼女と話をせずに屋敷に帰らせてしまったのが原因か。

私はその後王宮に泊まり込んで家には帰宅しなかった。

今更だが、数日前の事が悔やまれる。


どうしてこうもタイミングが悪いのか。



とにかく、急ぎ屋敷へ帰らなければならない。


午後にはムンババ大使がやってくる。

屋敷に知らせの使いをやる時間はない。直接自分が帰って準備しなければならない。


私は王宮から屋敷へ急いで馬車を走らせた。


なぜ彼女は大使と会ったことを私に言わなかった。

一体どういうことなんだ。

手紙であれ何であれ、報告出来ただろう。



考えてもわからない。直接話を聞かなければならない。


次から次へと問題ばかりだ。


くそっ!


何一つ思い通りにならない状況にイライラし足を踏み鳴らした。









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