第34話 他者貢献

「ムンババ大使、この状況で何を言ってるんですか!」


王太子殿下が、他国の要人だというにも関わらず大使を諌める。


「アイリス嬢が既婚者でなくなるのならプロポーズしても良いでしょう。私は母国では王に次ぐ身分を与えられています。立場的にも問題はないかと」


何故か自信満々に、正論だと眉を上げる大使。


「勝手に話を進めないでもらいたい。アイリスは私の娘だ。決定権は私にある」


お父様は、自分が話しに加わってないことに憤りを感じて権利を主張した。

今まで娘扱いをされた記憶があまりないのにそれを言われてもと思った。


「今、そのような話は必要ではない。早急に話し合わなければならない事は、公爵家の今後とアイリスの身の置き場を決めなければならないという事だ」


王太子殿下が事態を落ち着かせようと威厳のある声をだし、右手をあげた。

そうだったなと皆が我に返った。

しばらく沈黙した後。



「では、アイリス嬢は大使館で預かろう」


ムンババ大使が一番に口を開いた。


「いや!何を言っているんだ。アイリスは実家に帰るに決まっているだろう。部屋だってまだちゃんと残してあるんだから」


続いてお父様。


「王宮で預かり、今後の事をゆっくりアイリス本人が考えるべきだ。それに私にはちゃんと良い考えがある」



殿下の言葉に、余計場が混乱した。





私は深く深呼吸すると、とんでもない方向へ話を進めようとする殿下とムンババ様、そしてお父様に、言葉を選びながら自分の意見を伝えた。


「私は私の意思を尊重していただきたく思います」


皆がアイリスを見る。


何もかもが面倒になった。私を救うためにみんなが協力してくれたし、迷惑をかけたし、とても有り難いと思っている。


でもね……誰が蒔いた種なの……


疲れもあってか他人の事なんてどうでもよくなってしまった。自分の為に時間を使いたいと思った。



一気に吹っ切れた。





誰かの妻であり、娘であり、元婚約者であり、自国の言語で話ができる友人である。

私という存在。


自分ではない誰かに尽くすことは素晴らしい行いだと思う。もちろん他者に貢献する訳だから、サポートを受けた相手には利のある存在だろう。


でも他者貢献って誰を幸せにするの。


『情けは人の為ならず』って『人に情けをかけると巡り巡って自分に良いことが返ってくる』という意味だけど、正直に言うわ……そんな時間まで待てない。巡り巡ってる時間がもったいないわ。




ムンババ様は結婚という斬新なカードを切ってきた。

あまりの驚きで突然すぎて混乱してしまう。彼の人となりは少し話をしただけでも十分伝わったけど、もっと深く彼を知りたいと思うし、それには時間が必要だ。



そして王太子殿下は私の事を考えてくれているそうだが何故か悪い予感しかしない。


お父様に限っては言うまでもない。



「いい加減にして下さい!お嬢様はとてもお疲れです。今日この時まで、まさに捕虜のような扱いを受けていらっしゃったんです!私が、私がアイリス様を連れて帰ります!」



誰が大声で叫んだかというと……


マリーだった。



私ももう疲れが限界に来ていた。

マリーと一緒にアパルトマンに帰りたかった。


「私は……マリーと一緒に私のアパルトマンに帰ります」



「……アパルトマン?」



皆があっけにとられた。



「アイリス様は王都の安全な地区にある高級なアパルトマンを一棟買い上げました」



えっ?アパルトマン……買ったの?一棟?


マリーの言葉に皆が驚いたようだ。


そして私も驚いた。





ジョンは賃貸していたアパルトマンの部屋を借りるより買った方が将来的に有益だと思ったらしい。

アパルトマンのオーナーと交渉したそうだ。

その時、オーナーが駅前の土地を欲しがっていることを聞いて、交換するという選択をした。

駅前に有している土地半分とアパルトマン一棟の交換だ。


仲介業者を入れずの取引で中抜き費用を抑えたらしい。

そのおかげで借地権という利益が半分になったが、同じ額が家賃収入へと移行する事になった。

そして同時に自分たちの住まいを確保したのだ。


マリーによると、その取引の報告をする前に私が監禁されたという事らしい。



そんな大きな買い物を私の了解なしに行ったジョンは罰金物だけど、もし私が承知しなければ自分が借金してでも手に入れるつもりだったというので、あのアパルトマンは優良物件だったんだろう。


彼に経営のほとんどを任せていたから文句は言わないけど、かなり驚いた。



「お嬢様。最上階のペントハウスフロアーがこれから新しい住まいになります。大急ぎで準備しましたのでもういつでも住むことができます」



そんな事は許さないというお父様に「私はもう成人しています。貴族籍を抜き、ハミルトン家から離籍しても構わないんですよ」というと、それだけは駄目だやめてくれと懇願された。


ならば今後自分の事は自分で考えたいので時間を下さいとお願いした。




私の婚姻無効の件は王命での結婚という事で王室側が責任をもって処理すると言われた。


公爵家の今後は政略結婚だったことから、ハミルトン家が尽力してくれることとなり、スノウの外交職についてはムンババ大使が一役買おうという話になった。



屋敷を出る頃にはもう夜中になっていた。


私は話をしていて一つ大切な事を見逃しているのに気が付いた。一人だけ責任もなく、利もないのに私を救いに来てくれた人がいる。


けれど声には出さなかった。



ムンババ様……唯一あなただけは、この件に関して何の責任もありません。

大使は善意で私の為にここへ助けに来て下さいました。



ですから、改めて先程のお話、時間はかかるかもしれませんが、前向きに考えさせていただきたいと思います。



心の中にそっとその言葉をしまい込んだ。

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