第35話 外交執務
あれから一週間が経った。
スノウとの婚姻無効は素早く認められた。
公爵家の有責で多額の賠償金が支払われた。
公爵家は代々、執事ら使用人の横領により資産を搾取されていることに気付かず、放置していた。
監督責任はもちろん、領民たち王家にとっての税収にも頓着していない事が大きく問題視され降爵されることとなった。
逆にハミルトン家はスノウの公爵家の家令達を一掃する仕事に手を貸し、前公爵やスノウたちと共に使用人たちの罪を詳らかにし侯爵から公爵へと陞爵された。
再建に向けて動き出しているようだったが、責任を取りスノウは弟に爵位を譲る事となる。
彼は王宮で開かれるムンババ大使の歓迎晩餐会を最後の仕事とし、外交大臣を辞任する。
王宮へ出仕はしていないようだ。今、外交大臣は古参の外交官たちが代理で行っていると聞いた。
そんなある日。
王宮から茶会の誘いがあった。相手は王妃さまだった。個人的なお誘いだという。
妃教育中は何度も顔を合わし、厳しく指導してもらっていたが、あまり個人的な付き合いがある方ではなかった。
王妃様は政治にあまり興味がなく、高い教養を重要視する方ではなかった。どちらかというと、宮殿で開かれる舞踏会や夜会パーティーなどの華やかな場を取り仕切ることが好きな方だった。
どうもこれは何かあるなと胡散臭く感じたけれど断るわけにはいかない。
仕方なく出向いて行くとやはりそこには王太子殿下がいた。
ムンババ様とお父様もいた。
ムンババ様が私をエスコートする。
「やはり王妃様のご招待ではなかったようですね」
「私もここへ呼ばれたが、ただの茶会ではないな」
ムンババ様が苦笑いした。
高級な王室御用達のお茶が入れられた。
茶菓子はなかった。
これは……会議だ。
「アイリス。私は君に頼みたいことがある」
挨拶もそこそこに、王太子殿下が口火を切った。
王太子殿下は私に王宮へ出仕しないかと打診してきた。
外交大臣の後釜に私を据えようと考えているようだった。
王太子であられる彼の発言力は強大だ。
王太子殿下の口から一度出た言葉には責任と重みが生じるし絶対的な威力を発揮する。
独断でそのオファーをされる事は絶対王政の国の王子としては軽率ですと申し上げた。
「だからこそ慎重に、思いつきやその場の感情で何も考えずに発言をしている訳ではない。外交大臣という職は重要な官職だ。他の派閥が名乗りを挙げる前に先手を打つ必要がある」
殿下の目は仕事をするときの物だった。
「確かに早急に先の見通しを立てる必要があるでしょう」
ムンババ様は、外交に関しては意見をする。外交執務室はこの国と自分の国の重要な繋がりを持つ大事な部署なので殿下に同意する。
殿下は続けた。
「今の状態のスノウが、このまま外交職を続ける事はない。決定事項だ」
「アイリスに白羽の矢が立ったのか……まぁ、アイリスなら外国の歴史にも地理にも言語にも詳しいし、コミュニュケーション能力にも長けている。なにせ王妃教育を受けているし優秀だったしな」
なぜか父がまるで我が事のように自慢げだ。
「勿論、このことは重臣たちを集めた会議で決定される事だ。けど、もしアイリスが外交大臣になったとしたら、この国始まって以来初の女性大臣の誕生だ」
殿下の真剣な眼差しが私を射抜く。女性初と言われてもさほど心は動かない。
私は野心家ではない。
「先進的であることは間違いないだろう。けどそれはいばらの道でしょうね」
ムンババ様が私に味方し、それとなく苦言を呈した。
「急にそのような大役を仰せつかっても、私ではお役に立てるとは思えません」
そんな大役は女性である私が入ったところで古参にやられるに決まっている。
「スノウが外交で苦労していたのは知っている。大方、古くからいる外交室の執務官が思うように仕事をしてくれなかったからだろう」
殿下は外交官たちが協力的でない事を知っていたのか。
古株たちが自分より上の役職を与えられたスノウに対し『若造のいう事など聞けない』という、ある意味クーデターのようなボイコットが外交執務内で起こっていたのではないかと私は思っていた。
あの仕事量は今考えると異常だった。
「私は宮殿に長い間通っていたから、外務省との接点はありますし、彼らの事も見知っています。外務官は言語能力と外国留学経験などで選ばれて職に就いた人たちです。外国語という専門分野であるが故に移動がなく、長年同じ部署に居座っています。新しい人事がなされない。けれど国際情勢は日々変化します。必要なのは……」
「そう。必要なのは適応能力だ」
ああ……そうだ。私も分かっていた。
「アイリス。外交執務室を刷新する。そのタイミングが今なんだ」
殿下はそう言うと、ドア付近に立たせていた側近の者に部屋の扉を開けさせた。
そして、中へ入ってきたのは。
スノウだった。
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