第2話 初夜
ペールトーンのブルーを基調とした立派な家具に大きな天蓋付きのベッド。
夫婦の寝室は三階の南側に用意されていた。
式と披露宴を終えて体は疲れ切っている。急いで湯あみを済ませ、公爵家の侍女たちに初夜の準備を整えられた。
この日の為にしつらえられた女性らしい夜着に着替え、私は旦那様を待っていた。
(物語の中に出てくるような流行りの『君のことは愛せない』とか『これは白い結婚だ』なんて言われることはないわよね……)
時間が経つほど不安がよぎる。
いまだ開かない夫婦の寝室の扉を見つめて私は表情を曇らせた。
夫婦となったからには最低限の関わりは持たなければならない。愛情がなくても、他人に見られる場所では仲睦まじく振舞ってくれるなら有難いんだけど……
式の状態からして最悪の可能性を無視できないと思った。
スノウが割り切ってくれればいいけど。
「結婚式での様子を見るからに、不安でしかないわ……」
ベッドに腰掛けながら窓の外を眺めた。
しばらくしてやっとスノウが寝室に入って来た。
今日一日で三年は年を取ったのではないかと思わせるほど、彼の表情は疲れきっていた。
「……今日は疲れただろう」
労わるような言葉をかけてくれるが、まだ面倒なことが残っていることに辟易しているようにも見える。
「いえ。旦那様こそお疲れではないですか?」
夫を気遣う妻だということを忘れないよう返事をする。
深夜に差し掛かった部屋の中は薄暗い。互いの呼吸音が聞こえそうなくらい静まりかえっていた。
「僕たちは夫婦になった。けれど君も分かっているだろうけど、これは王命による政略結婚だ」
「ええ……」
王命による政略結婚とはっきり言われたことに気が滅入ってしまう。
事実であるけど、もう少し花嫁の気持ちに配慮してくれてもいいのにと思った。
感情が表に出ないように私は話の先を促す。
「結婚が決まってから、君と会って話したのは三回だけだ。互いの両親や従者、執事などと共に結婚式の打ち合わせをしただけの内容だったと思う」
「……そうですね」
婚約から結婚まで三カ月しかなかった。準備に忙しく個人的な会話は皆無だ。
彼は私に『自分のことはスノウと呼んでくれ、君のことはアイリスと呼ぶよ』と言った。
それ以外当事者同士の会話はなかったと思う。
「そのような状態で結婚してしまって『さぁ初夜だ』といわれても心の準備ができていないだろう。もう少し互いのことを知って、納得した上で夫婦として閨を共にできればいいと考えている。二人で話をする時間も取らなければならないし急ぐことはないと思っている」
話をする時間とはどういうことなのだろう。スノウは何が言いたいの。
初夜を行うつもりはないと知らせに来たのだろうか。
自分はこの結婚に納得していないと言いたいのか。
私を思いやっての言葉なのだろうが、ひどく傷つけていることに気が付いているのだろうか。
「私は、どうすればよいのでしょう……」
淑女としてとり乱さないよう、声が震えないようゆっくりとスノウに問いかけた。
「これは政略結婚だし、王命が出て三月しか経っていない。本来なら何年も前から婚約期間を設けてお互いを知ったのちに結ぶべき婚姻なのに、あっという間に君は婚家に送り込まれた状態だろう。どうすればいいのかと問われれば、今は何もしなくていいとしか言えない」
「恐れながら申し上げます。旦那様は白い結婚をお望みなのでしょうか?」
先ほどまで考えていた言葉が、つい口から出てしまった。
それを聞いてスノウは驚いたようだった。
白い結婚を望むのなら、そうはっきり言われたほうが覚悟できる。
愛することはできないと言われてもそれを受け入れ、今後の身の置き方を考えなければならない。
「とりあえず、今日はゆっくり休んでくれ。ここで寝てもいいし自分の部屋で眠ってくれてもいい。私はもう自室に戻り休む。明日の午後、今後の屋敷での過ごし方について君に説明する。もちろん君の希望に添えるよう配慮するつもりだ」
そう告げると彼は立ち上がり、静かに部屋を出て行った。
結局聞きたいことの答えは彼から得られなかった。
私は一人きりで夫婦の寝室に取り残された。
「……なんだかとても疲れたわ」
結婚式までの怒涛の日々を思い起こした。
今日はさすがに私も緊張していた。
勢いのまま初夜を済ませてしまいたかった。
こういうことは時間が経つほど、成し遂げづらくなると思う。
出端をくじかれて先行き不安でしかない。
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