第15話 公爵邸への帰り

宮殿の中央門左隣に公爵家の馬車が私の帰りを待ち待機していた。

私の姿が見えると中からマリーが出てきた。


「マリーどうしてここにいるの?」


マリーはそわそわとした様子で私の側によると。


「心配で、気になり私もここで待っていました」


ありがとうと礼を言い、一緒に馬車に乗り込んだ。


マリーには休暇を与えたつもりだったけど、ジョンの所へは行かなかったのね。

私に誠実に仕えてくれる彼女の為にもこの状況を変えなくてはいけない。



御者台に護衛も乗り込み王宮を後にする。



「旦那様とは会えましたか?キャサリン様はいらっしゃったのですか?」


「ええ。キャサリン様の事を聞くまでもなく追い返されてしまったわ。彼女と私が鉢合わせしたけどスノウが焦った様子はなかった。けれど私が急に仕事場へやって来たことにかなり怒ってらっしゃったわね」


「……キャサリン様はどのような方でしたか?嫌がらせされなかったですか」


「いいえ大丈夫よ。秘書官として私を出口までちゃんと案内してくれたわ。お綺麗な方だった」


確かに彼女は秘書としての節度を守っているように見えた。

けれど彼のことは『スノウ様』と名前で呼んでいたわね。


「さすがに職場でいちゃついたりはできませんもの。しかも奥様を前にしてですから」


「スノウには話をする時間が欲しいと言ってきたから、次、彼が屋敷に帰ってきたらキャサリン様との関係をちゃんと話し合うつもり」


「メイド長とキャサリン様は通じていますから、アイリス様の情報はきっとキャサリン様に筒抜けです。旦那様と閨を共にしてらっしゃらない事もご存じかもしれません」


「そうね。夫婦の事だけど多分彼女は知っているでしょうね。メイド長から聞かなくてもスノウが話しているでしょう。きっと彼らにとって私はただ邪魔な存在の妻だから」



屋敷の内情を外へ漏らすなんて使用人としては最低の行いだ。

首になってもおかしくない。


だけどメイド長はキャサリンの遠戚、ただの世間話程度に考えているのか。それとも公爵夫人の後釜に収まる策を練る為の情報漏洩なのか。

彼女たちは直接話をしなくても手紙か何かで公爵家の内情を伝えることは可能だろう。



「キャサリン様は幼少期から公爵家に出入りしていたみたいです」


「そうなるとスノウとの関係もかなり前からという事になるわよね」


昔からキャサリンがメイド長を訪ねて何度も公爵家に遊びに来ていたという事は聞いている。マリーがメイド達から仕入れた情報だ。

使用人達も、彼女と会った時の事を自慢げに話していたみたいだった。





私はこのまま何年もあの居心地の悪い公爵家でひっそり暮らしていくつもりはない。


王命に背く行為であるけど、離婚をしなくちゃいけないわね。

私の実家は娘の幸せよりも侯爵家の栄華を選ぶ。

私のせいで地位や名誉を傷つけられることを嫌うだろう。財産もしかりだ。


となると、できるだけ彼にも実家の侯爵家にも迷惑をかけないで離婚する方法を取らなくてはならない。



黙っている私を気にかけてマリーが大丈夫ですかと声をかけた。


「マリー、私。爵位を捨て、貴族籍から抜けようと思うの」


「平民になるという事ですね……」


「そうね。資産はそれなりにあるから、贅沢な生活をしなければ一生暮らせると思う」


「私はアイリス様が貴族である必要はないと思います。貴族社会の面倒で煩わしい生活なんか捨てちゃっていいと思います。自由で気ままに、誰かの為にじゃなく自分の為に生きて行く事は間違いじゃない」




貴族間での白い結婚が認められるまでの期間は3年。けれどそれまでは待てない。その間、私が自由に過ごさせてもらえる保証はないし、公爵夫人として扱ってももらえないだろう。キャサリン様の事もある。


かといってスノウの不貞行為を理由にとなれば、それくらい我慢しろという話になる可能性がある。

なにせ男社会だ。

愛人や第二夫人が当たり前の貴族社会。



「できるだけ穏便に離婚しようと思うの。だから……お金で何でもしてくれるお医者様を用意して欲しい。診断書偽造をしてくれる医者」


「……それは」


「私は妊娠できない体だという診断書を手に入れる」


公爵家の跡継ぎを産めない妻。

そうすれば直ちに王命の結婚は取り消しになるだろう。


「そんなことをしては、お嬢様だけが割を食う、不名誉な離婚になります!」


「だから平民になるのよ。今更どこかの貴族に嫁ぐつもりなんてないし、この先一生結婚しなくても私は問題ないわ」





その時。


ガタン!と大きな音がして急に馬車が停車した。


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