第14話 外交執務室では     スノウside

宰相閣下との話しを終え、執務室に戻った。


最後に突然現れた妻に対して嫌味を言われ、手綱をちゃんと握っておくようにとお叱りを受けた。


執務室に帰るとキャサリンが茶を入れてくれた。


「迷惑をかけたな」


「いえ……」


彼女は部下として十分に自分に仕えてくれている。仕事もでき人一倍努力している。

伯爵家は負債があり、あまり裕福な生活ができないからと自ら王宮に出仕し、女性にもかかわらず仕事を一生懸命頑張っている。彼女にまで気を遣わせてしまうとは。


「宮殿の出口までアイリスを送ってくれたようだな。忙しいのにすまなかった」


スノウは王宮の自分の執務室の前にいる妻にかなり驚いた。

急な王妃の外遊計画があがり、その仕事で数日屋敷には帰っていなかった。


だからといってアイリスが急に王宮に来るなんておかしな事だ。


彼女は王太子殿下と何やら話をしていて、ちょっとした騒ぎになっていたようだった。


公爵家の屋敷で見るより光輝で美しく、誰よりも洗礼されている彼女の姿は、空気さえ浄化してしまうほど崇高だった。


取り囲んでいる側近、殿下の護衛たちですら優婉な彼女の姿に釘付けになっているようだった。






「スノウ様は昨夜も遅くまで働いてらっしゃったのに、宰相閣下のお相手までしなくてはならず大変でしたね」


労ってくれる女性特有の優しさは場の雰囲気を和らげる。


「いや、これも仕事だから仕方がない」


外交に関しては自分ができる事を全力でやっているつもりだったが、宰相閣下の仕事まで振られるとは。全く迷惑な話しだ。


そのせいで外交執務室は書類仕事が山積みになっていた。

国外からの貴賓たちとの対談は表の職務だが事務仕事も避けては通れない。

それをキャサリンが一人でこなしてくれていた。


下の者に振り分ければいい話だったが、彼女は女性であることから、なかなか男性の職員に仕事を頼むことができなかったようだ。

彼女が過重労働だった事に気が付かず、そこを気遣ってやれなかったのは上司としての自分のミスだ。


事務方の怠慢を叱責し体に鞭打って自ら溜まった書類を数日かけて整理した。


やっと普段の業務に戻ろうとしたその矢先に妻の登場だ。

騒々しいと宰相閣下がドアを開けるとそこには妻がいた。

しかも仰々しい雰囲気で何が起こっているのか即座に理解できなかった。




「奥様は……その、言いづらいのですが、やはり王太子殿下と密会するために来られたようでした」


「ああ。そうだと思った」


こんな目立つ場所で殿下と話をするなんて彼女は軽率だった。


「スノウ様に用事があるように装って、殿下とお約束をされてらっしゃったのかと思います」


「……ああ」


やはりそうだったか。

突然私に会いに来たなんて言い訳でしかなかったのだろう。

長い間婚約者として過ごしてきた二人だ。急に新しい相手を夫として充てがわれた彼女も辛い立場なのは分かるが軽々しいふるまいは慎んでほしい。


「けれど、王宮にわざわざ来られてまで逢瀬を……スノウ様がお気の毒です。王命だから仕方なく結婚されたのは分かりますけど、もう少しお気遣いがあってもいいかと思います。私はずっとスノウ様を見てきました。奥様を大事にしようと忙しくても屋敷にお帰りになり、贅沢な暮らしを約束され何不自由なく暮らせるように気遣ってらっしゃるのに」


キャサリンの目頭に涙の粒が光る。


大人げない態度は見せたくはないし、妻に翻弄されていると思われたくはない。今は仕事に集中したい。

国賓を招いての結婚式はもうすぐだ。王太子殿下の事はもうあきらめてもらうしかない。



「君がそこまで心配してくれなくてもいい。公爵家の問題は自身で解決する。王太子殿下との事も騒ぎにならないよう私がなんとかする」


結婚をしたんだ。だからどうか落ち着いてもらいたい。

時間をかければお互い分かりあえるだろうと思っていたし、少なくとも彼女に対して嫌悪感はなかった。

最近では少しだけ彼女とやっていけるかもしれないと思い始めていたのに。


「淑女として皆様に敬われ、王太子の婚約者として注目を浴びてこられた方です。いくらスノウ様でも一筋縄ではいかないのではないでしょうか。やはりずっと王宮にいらっしゃった方ですので外の世界を知らないでしょうし、自分勝手で我儘な性格は直しようがないのでは」


彼女を我儘だとは思ったことはないが、今日の行動を見ると確かに自分勝手ではある。



「彼女には気軽に仕事場へは来ないように注意しておく」


「スノウ様のお気を煩わせる方ですし……いえ、奥様は悪気があるわけではないと思います。けど少し甘い考えをお持ちなのかもしれません。ですからスノウ様は頻繁に公爵家へ帰られる必要はないかと思います。少し時間をおいて、落ち着くまでは宮殿の方でお泊りになられたらいかがですか?」


「……そうだな」


今。屋敷に帰っても彼女にきつく当たってしまうかもしれない。しばらくは王宮に泊まる方がいいかもしれない。夫婦で話し合う時間がないと彼女は言っていたが今帰ったところで時間はとれないだろう。




「これは……言うべきではないのかもしれませんが。奥様は公爵家の者に内緒で外出されてらっしゃるようです。従者もつけずに隠れてこそこそと。そして公爵家のお金を好き勝手に使われているとか。じっとしていられない性分なのかもしれませんが、淑女として有名な方なのにどうなのかと思います。それに王都の町でいろんな男性と会ってらっしゃるとか」


驚いて飲んでいた紅茶を吹き出してしまいそうになった。


そんな話は執事からも聞いていない。いったい彼女は何を考えているんだ。


困った話だ、じっとしていられない性分とは、確かにそうなのかもしれない。

先ほど彼女は、静かに何もせず屋敷の中で待っているのが嫌だと言っていた。


だがその責任の一端は自分にもあるような気がした。


私はそっとこめかみを押さえた。



いよいよ考えるのが大義になってきて目を閉じた。

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