第29話 お父様の襲来

「フォスター公爵久しぶりだな」


お父様は客室の扉をガタンと音を立てて開くと遠慮もなくズカズカと部屋の中に入ってきた。


まさか、何故?疑問が頭の中に溢れてくる。


家族とは全く音信不通だった。

父とも結婚式以来顔を合わせていない。何故今になって公爵家へやって来たのか。



「……急に、先触れもなく訪ねられるとはどういう事でしょうか!」


スノウも驚いている。そして加速的にイライラが増したようだ。


「何を言っているのだ。我が娘の嫁いだ先に顔を出すのにいちいち先触れなど出さずともよい」


お父様は自己中心的なマイルールを悪びれる様子もなく言い放った。


お父様は泳げない子を海に放り込むような情け容赦ない直情型。

だが礼節は重んじる。

迷惑を顧みず相手の家に押しかけるなどする父ではない。


その時、父の後ろから姿を表した侍女を見て私は一驚した。


「マリー!」


二度とこの屋敷には近づくなと言われ、公爵家を追い出されたマリーがお父様の後ろに控えている。


なぜ父親が現れたのか、私はやっと納得がいった。マリーが実家を巻き込み助けを求めた。


そもそも彼女は平民でただのメイドだ。彼女が高位貴族たちに話を聞いてもらう事は難しかっただろう。

公爵家を追い出され、しかも犯罪者の烙印まで押され、マリーにできる事は限られていた。

私が実家の侯爵家をよく思っていない事は知っているけど、他に方法がなかったんだ。

彼女を追い込んでしまったと申し訳なく酷く辛い思いをさせたと感じた。


「おまえ!この屋敷には近づくことは許さないと言っただろう」


マルスタンがマリーの姿を目にすると顔を赤くして怒鳴りつける。

もはや自分より身分が上の者たちがこの部屋に集まっている事などお構いなしだ。


「この無礼者を黙らせろ」


父は連れてきた自分の従者に命令した。


「はい」


彼らはマルスタンの口に布をあてがい固く結んだ。

侯爵家の従者は皆体格の良い者ばかりだ。

お父様は公爵家と戦争でも始めるのではないかと思わせる面々を連れてきていた。


「腕を縄で縛っておくことを忘れないように」


そう言ったのはムンババ様だった。




いったい自分の屋敷で何が起こっているのか分からず茫然と立ちすくむスノウ。父を睨みつけている。


「彼は公爵家の執事です!いくら義父とはいえ、人の屋敷で好き勝手に振舞うとはいかがな物でしょう」


「君はまったく公爵家の内情を理解していないようだ。領地にいる君の父親、前公爵には了解を得ている。明日にはこちらの屋敷に戻ってくるだろう」


私もいまいち状況を呑み込めない。


「お父様……」


私は父を注視する。

いったいこれから何が行われるのだろう。



「アイリス。なぜこんな状況に陥るまで私に知らせなかったんだ。お前を不幸にするために結婚させたわけではない」


父は私を見ると悔しそうに首を左右に振った。


貴族同士の政略結婚なんだから、お互い愛情などなくても良いし体裁だけ保っていれば問題ない。

娘は政治の駒でしかない。

ハミルトン侯爵家の為に自分の気持ちなど持つ必要はない。


私はずっと父はそう考えていると思っていた。

父の期待に応えられず、王太子妃になれなかった自分は不出来な娘だと……

まさか幸せを願っていてくれたなんて思いもしなかった。


「お父様……」


トントンとドアを叩く音がしてまた新しい客が入ってくる。


客?ではない。


ジョンだった。


「失礼いたします。広間に場所を用意しました。公爵家の使用人達には大事な会議が行われると説明しています」




そう言うと、ジョンは私たち皆に頭を下げた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「まず、私は王太子より命を受けこの場を取り仕切らせていただきます。第三者という事から、公正に判断できるだろうという理由で判事的な役割を担います」


ムンババ大使はそう言うと広間に作られた中央の椅子に腰を下ろした。


「公正に判断だとか、問題だとか、いったい何の話をしているんだ!ここは私の屋敷で私は公爵家当主だ」


「黙れスノウ。その当主が自分の屋敷の中で行われている悪事に気付かず、放置し管理もできていなかったのだろう」


父はぴしゃりと言った。

顔の作りもさることながら、お父様の凄みの利いた濁った太い声は周りを一瞬で凍り付かせた。




「悪事?大げさな。単純に意思疎通ができていなかっただけの事。私が多忙を極め屋敷の者との伝達がうまくいかなかった。それゆえアイリスに不自由を強いてしまった。そこは猛省しています。これからそのことを考慮し、妻との時間を持ち、職務と公爵家の当主としての役割の両立を……」


スノウの言い訳を聞く気はないのか、ムンババ様は傍に控えるジョンに指示を出した。



「ジョン、ここで入手した証拠書類を公爵にみせるように」




私の知らない間に、ムンババ様、お父様、ジョンそして王太子殿下は徒党を組んでいたらしい。



「時間があまりありませんでしたので、現在手に入った物だけになります」


ジョンはそう言うと、手に持った大量の書類をスノウの前に置いた。



ジョンの姿を確認するとマルスタンや他の公爵家の侍従たちが肩を震わせる。


「お前……何者だ!カインではないのか!このような身分を偽る男の出す物に証拠能力なんてない!」


猿ぐつわを外されたマルスタンが脂汗をにじませて恫喝するように語気を荒げる。





「黙れ、クズの悪党が」


お父様が下品な言葉でマルスタンを威迫した。




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