第8話 明日の計画
「裏の通用門は、午前中業者の者たちの出入りが多いため開け放たれています。私たちはそこから堂々と外へ出られると思います。夕方には通用門は閉まるので、横にある勝手口のスペアキーを持ち出しましょう。同じものを鍵屋に作ってもらえばいいですわ」
「そうね。スペアキーをうまく持ち出せたら助かるわ。もし誰かに咎められたら、私の命令だと言ってくれてかまわないから。私のことは皆無視しているし空気みたいに扱われているから、私たちがいなくても誰も気が付かないでしょう。けど、日が暮れる前までには屋敷に戻りたいわね」
「暗くなると危険ですから明るいうちには戻りましょう。アイリス様の昼食はいらないと言っておきます。夕食はさすがに食べなければおかしいと思われますので夕方までには部屋に戻れるよう考えましょう」
楽し気にマリーは準備するものを書きだした。昼食は街のレストランへ行きましょうと計画を立ててくれた。
「できるだけ目立たない服装を用意できる?歩きやすい靴も欲しいわね」
「任せてください。貴族令嬢には見えないような一般的なワンピースを着てメイドたちが普段使っているような買い物袋を持ち、歩きやすい靴を用意します。化粧も施して平民風に変装です」
さすがねと私は笑顔を見せた。
「何かあったときのため短剣を服の下に忍ばせましょう。私も護衛術を教育で学んでいるから、襲われたときはある程度抵抗し、身を守れるでしょう」
孤児院や慈恵院の視察などで街には出たことが何度もあるけど、護衛なしで出るのはもちろん初めてだ。
「わかりました。行く場所は、まずは鍵屋、それから銀行ですね。危険な地区は避けますけど、もし危なそうだったら職業ギルドで護衛を日雇いする手もあります」
「場合によってはそれも考えましょう。辻馬車を使うのよね?もしできれば専属の御者と馬車が手配できたら助かるわ」
どんどん話は進んでいく。
王太子殿下の婚約者だった八年の間、王子様や王妃様からたくさんドレスや宝石を頂いた。それこそパーティーや晩餐会の度に新しい物が送られてきた。
婚約が白紙に戻りそれらが宙に浮いた状態になった。勿論返してくれなんて言われるはずもなく、私個人の私物となったので全て売り払い現金化した。王子からのプレゼントなんて今更思い入れなんてないし、目につく場所にあるだけで不愉快だった。
そして王室ご用達のジュエリー等は高値で買い取られた。
婚約が白紙に戻ったとき、誰にも咎められない現金がある程度手に入ったのだった。
「街のカフェでお茶をしたり、観劇に行ったりしたいとかではないんですよね?」
「ええ。残念ながら遊びに行きたいわけじゃないの。鉄道株の動きが気になるわ。それと駅の近くの土地が売りに出てるか知りたいから不動産屋にも行きたい」
心得ましたというようにマリーは頷いた。
「けれど、駅前の土地なんかよりもっと町中の王宮に近い土地を購入されたほうがいいのではないですか?」
「鉄道を使う人がこれからどんどん増えてくるでしょう。駅前の土地は値が上がるはず。利便性を考えたら、そこにこれから沢山大きな建物が建つはずよ」
私は手持ちの資金を全て、まだ完成していなかった鉄道株に突っ込んだ。多額の現金をそのまま持っているよりは投資したほうが良いと思ったからだ。
王家に鉄道株の話がきたことを宮殿へ毎日教育に通っていた私は耳にすることができた。
先物取引のような危険な賭けだったけど、なくなったところで痛くもかゆくもないお金だし、逆にスッキリする。
鉄道が完成間近の今、その株は値上がりし、配当金がかなりの額になっている。
そして次に目をつけたのは駅前の土地だった。
「お嬢様は相場師になったほうが良かったのかもしれませんね」
「運よく鉄道の話を聞いただけよ。王宮に通っていたから分かったことね。そう考えるとあの生活も無駄にはならなかったってことかしら。一財産築けたわ」
「国の経済担当大臣みたいです」
役立たずの婚約者で王妃教育は無駄だったと思っていた。でもそれを自分の生きる糧にと考えると全てが無駄にはならなかったようだ。
「厳しい教育に耐えた分の元は取るわ。なんだか闘志が湧いてくる」
「さすがお嬢様です!他の人に知られていない個人資産は自由に使えますし、なんならそれを持って国外に移住したっていいですよね」
「ふふ、最終手段はそれね。まだ旦那様と話ができてないから時期尚早ではあるけど、選択肢は多いほうがいいわ」
旦那様に放置される妻として生きて行くくらいなら全部捨てればいい。
親に決められた政略結婚を受け入れ、今まで当たり前だと思っていた自分の身の置き方を考えるいい機会になった。
「市井で暮らすのなら、一生食べていけるくらいはお金ありますよ」
「この結婚は実家の侯爵家には有利に働いているかもしれないけど、私が離縁されることになったら婚姻による契約は無効になるでしょう。それにもうこの先いい縁談なんて望めない。年老いた貴族の後妻とか大金持ちの下位貴族に嫁ぐしかない。王命に背く行為だから、さすがにお父様も私を見限ると思う」
「実家に頼らなくても暮らしていけるだけの術を身につけましょう。商才に優れていますから、お嬢様は何か新しい事業を始められてもいいと思います」
「なんだかワクワクするわね」
「はい!とてもワクワクします」
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