第2話 魔女と修道女は薬草園の地下へと進む
冗談半分、もう半分は本気の問いかけにヘイズは「怪物?」とぎょっとした。
「さっき
「ええ、これは可能性の一つの話。さて、と。歩き疲れたから、教会で休ませてほしい。話の続きはそこで。あなたが聞きたければ、だけれど」
若き修道女は心なしか背筋を張って「お願いします」と言うと、教会の扉を開いてくれた。
年季の入った聖像を一瞥し、さっさと礼拝堂を通り抜け、彼女が専ら一人きりで食事を普段とっているらしい小部屋へと入る。
無駄に広々とした礼拝堂と異なり、その狭い空間は物がたくさんあったが、全体としては整然としていて、清潔感があった。
中央に置かれた四角い机に、椅子は一つしかない。ヘイズは私に座るよう促すと「ハーブティーを淹れてきます。ついでに椅子も探してきますから、少々お待ちください」と言い、部屋を出ていこうとする。
遠ざかる背中に礼を言って私はトランクを下ろし、椅子に腰かけた。ひじ掛けのない、やけに背もたれの長いそれに身をあずけた私は、窓から差し込む眩い陽射しから逃れるように目を閉じる。自然と大きな溜息が出ていた。
とうとうここまで来た。
ここが私の旅の終わりで、同時に短い人生の終点になるかもしれない。そう考えるとやるせない気持ちが押し寄せたが、しかし弱音を吐いたところで、どうにかなる問題ではなかった。
ほどなくして戻ってきたヘイズが私の目の前、それから机の反対側にティーカップをそっとおく。ソーサーつき。私の見立てでは高級品というわけではなさそうだが、かと言って安価な量産品とも違う趣がある。
二つともに注がれているのはペールオレンジ色をした液体だ。いい香りが漂い、部屋を満たしていく。
「薬草園で採れたものを使っています。お口にあうといいのですが」
「ん……美味しい。椅子は見つかった?」
「あっ。忘れていました」
はにかんだヘイズが慌ただしくまた部屋を出る。今度はさっきよりも早く戻ってきた彼女は手に丸椅子を持っていた。ちょうど画家がキャンバスの前で腰を下ろすような。
「では、続きを聞かせてください」
向かい側に座ったヘイズがカップに両手を添えて言う。
「手短に話すと、長曰く薬草園の地下にあるのは、錬金術師の遺物なの」
「ネンキンジュツシ?」
「錬金術師よ。魔女、というより魔法使いの親戚みたいなもの。詳しくは機会があれば話すことにして、大事なのは彼らの調合品の多くは普通の人でも使えて、それでいて人々の常識を覆してしまうところ」
「奇跡を起こすということですか」
「修道士ふうに言うならね。別の言い方をするなら、おとぎ話に出てくる不思議な道具の作り手ってわけ」
たとえば失った四肢を再び生やしたり、五感を超常的なまでに活性化させたりする薬剤。まるで生きているかのように振る舞う農具であったり、自ら戦う刀剣であったり。姿を隠すローブや、人の心を覗く眼鏡。
「そんな道具を作れる人物が、この島にかつていたのですか」
「どうもそうみたい。長がまだ私やあなたよりも若かった頃の話だそうだから、ざっと百数十年前ね」
「はぁ、やっぱり魔女さんたちは長生きなのですね」
「どうだろう。あの人は一族の長として、その責務を果たすべく無理やり延命しているのだと思う。いえ、それよりも何か心当たりはない?」
「心当たり?」
この島に件の錬金術師による「恩恵」が今なおありそうか否か確認をとる。
それらしい薬や道具、武具や設備。そういった特殊なものを見聞きしたことや使用したことがあるかと。
答えは予想どおり「いいえ、まったく」だった。船着き場からこの教会までの島の様子からそうだろうと察していた。少なくともこの島を諸々の面で、大陸の都市部に匹敵ないし凌駕する地域へと変貌させるような調合品を、かの錬金術師は遺さなかったのだ。
「長はその錬金術師とどういった関係にあったのかは教えてくれなかった。でもあの口ぶりからすると、ただの『お友達』とは違う」
長が話してくれたことによると「彼」は、薬草園の地下に遺した調合品の取り扱いを、長に全面的に委ねる趣旨の手紙を送ってきたそうだ。長は「彼の最後の頼みを叶える時がとうとう来た」と言い、その役割を私に押し付けた。掟破りの禁術を使い、それ相応の処罰が下るのを待っていた一人の魔女に。
いかにして錬金術師が長へと手紙を届けたかは知らないが、私にしてみれば厄介事を残してくれたものだ。
見方を変えると、あの森で狼たちの餌にでもされずに、ここまで無事にたどり着いたのだから、錬金術師のおかげで命拾いしたと言えなくはない。けれど私には長と違って、生き続ける理由はもう――。
「それで、地下に眠る怪物というのは……。えっと、夕闇さん?」
ヘイズの言葉で我に返った私はハーブティーをまた一口飲んでから応じる。
「魔女、しかも一族の長に処遇を依頼するような遺物だもの。錬金術師自身の手に負えない、機械仕掛けの化け物でもおかしくない」
「もしそうだったら、どうするんですか」
「どうって。私もあなたも、ひょっとするとこの島も終わりね」
自分でも妙なほどに落ち着いた調子でそう返すと、ヘイズは「そんな……」と顔をしかめた。色褪せた日々にうんざりしている修道女は、べつに破滅を望んではいなかった。
「ねぇ、図々しいと思うけれど、横になれるベッドかソファはない? 一休みしてから薬草園へと行く。もし私を止めたければ、そうね、寝ているうちに殺すといいわ」
ヘイズは唇を軽く噛んで、首を横にぶんぶんと振った。
やがて私がティーカップを空にすると「私が日頃使っているベッドでよければ、どうぞ」と弱々しい声で言ってきた。
寝込みに刃物を突き立てられる、そんな結末を迎えるのも私に相応しいのではないか。そんなことを思いながら彼女の案内に従って部屋を移る。
目を覚ますと、すっかり日が暮れていた。
眺めていると瞳の奥が熱くなる、綺麗な夕焼け空が広がっている。
ヘイズは部屋に鍵をかけもしなかったし、私を縄や鎖で拘束することもなかった。教会の裏手に広がる薬草園へと入っていく私の後ろを、彼女は手ぶらでついてきている。
魔力が感じられる方面へと進んでいき、薬草園の片隅にある物置に行き着く。
「想像と全然違って可愛らしい女の子だったので、初めは貴女を魔女だと信じられなかったんです」
背後でヘイズがそう呟いた。振り返って見やると視線がぶつかる。
「夕闇さんは、ずっとそのままなのですか」
「幸か不幸か、そうではないの。道中で髪や爪も伸びたし、月の障りもあった。背丈や胸もわずかに大きくなったかもね」
「あの……錬金術師が遺した物で、元の身体を取り戻せる可能性もありますよね。それを見越して、貴女方の長がここまでやって来させた、そんな可能性が」
「たしかに」
私はヘイズの不安げな瞳から目を逸らして、魔力の在り処を探り直す。木張りの床の一部を、近くにあった園芸用品で力任せに取り除くと、階段が見つかった。
「奥は暗いですね。ランタンを持ってきましょうか」
「小さな明かりなら、今の私でも使えるの」
呪文を唱える。桜桃ほどの大きさで淡く光る球体が掌から現れた。灯の魔法だ。
「長くはもたないし、あまり明るくない。でも、これで信じてくれた?」
「螢火みたいですね……」
うっとりとした声だった。
そうして私たちは一段ずつ下へ下へとゆっくり進んで行き、とうとう大きな扉の前までやってきた。
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