第5話 魔女と太陽、そして碧眼の星

 太陽の光も月光と同じく一部の魔女にとって特別だ。たとえば私が属していた花の一派、アマリリスの一族にも。


 一族は深き森の奥、ほとんど日の当たらない場所で暮らしているが、一生のうちで少なくとも数年間、どこかの町や村で普通の人間に混ざって生きるのが習わしだ。


 一人きりではなく世話役を含めた数人で出向いて、遠方から出稼ぎや学業に励みにきた人間のように振る舞う。やがて時が来れば、初めからそこにいなかったように姿を晦ます。

 生活にはいくつもの掟がある。一つに、魔女ならざる者たちと深い間柄になってはいけない。この掟は、一族の歴史を紐解けば数度破られてきたというが、一族の崩壊までは招いていない。


 私はというと十四歳の頃から二十歳までの間、大陸でも有数の大都市で過ごした。

 その顛末は一旦脇に置いておこう。

 

 話を戻すと太陽だ。


 定期的な日光浴は私たち花の一派の魔女にとって、身体を循環する魔力の流れを正常に保つのに必須の習慣だ。

 

 幼い魔女は誰しも一度、大人の魔女に問う。なぜ自分たちは光が届きにくい森の深部で生きているのかと。


 大人は決まってこう返す。

 咲く時を自分たち自身で選ぶためと。


 咲く。それが真に意味するところを知っている魔女がいったいどれだけいるのか。


 それが散るのと表裏一体であるのを教えてくれた、あの子はもういない。




 シスター・ヘイズの今は亡き祖母の私室、すなわち私が寝室として使わせてもらった部屋に運び入れたはずの、少女型ホムンクルスが姿を消した。


 昨夜は運んだだけで調査は朝に回すとヘイズと取り決めていた。早朝、私が浅い眠りから覚めて、どんなに驚いたことか。


 現実的な判断として、ホムンクルスを移動したのはヘイズであるとまず考えた。

 だから私はすぐに彼女の私室へと赴き、ノックもせずに入ったのだ。


 しかしそこにいたのはベッドの上で寝息を立てているヘイズだけだった。


 次に浮かんだ考え。


 深夜から朝方の間にホムンクルスが目覚め、自分の足でどこかへ移動した?


 ヘイズを起こすか迷う。

 が、やめておく。もし動き始めているホムンクルスが人間に敵意を向けてくる存在であったのなら、ここで大人しく眠っていてもらったほうがいいと思ったのだ。


 あのホムンクルス、どうかまだ近くにいてよ。私は柄にもなく祈って、駆け出す。


 礼拝堂への扉が開かれているのを見つける。さっと体を滑り込ませるように入ると、その後ろ姿が否応なしに目に入った。

 礼拝堂にとりつけられた窓という窓から差し込む、きらきらとした朝日が皆、一人の少女に注いでいるかのような光景。


 それは異様に神々しく、私は言葉を失ってしまった。彼女、いや、一体のホムンクルスであるそれは、礼拝堂の中央に佇んでいた。


 何を見惚れているんだ、私は。


 逃げられては困る。音を立てぬよう後方からホムンクルスにゆっくりと近づく。

 懐に忍ばせていた短剣を、ぐっと握りしめた。今の私はまともな攻撃魔法を使えない。刃こぼれしているこの短剣が唯一の武器だ。

 

 戦えるだろうか。わからない。

 けれど、もし襲ってきたのなら一撃ぐらいは浴びせるつもりだ。

 襲ってこなかったら? それもわからない。まさか勝手に目覚めるだなんて、そんなの予想していなかった。昨夜は、ああも完全に静止していた人形だったというのに。


 ひょっとして太陽の光だったのか。

 ホムンクルスの覚醒を促した要因として日光に思い至ったのと、接近してくる私に気づき、ホムンクルスが振り返ったのは同時だった。


 ――――碧い瞳。


 その眼差しをまっすぐ受けて硬直した。

 恐れでもなければ畏れでもない、純粋に魅了されたがために動けなくなった。この事実をして充分に、ここにいるホムンクルスは危険だ。こんなのが市井を闊歩したら、老若男女問わず、人という人が惑わされてしまう。

 

 かの錬金術師はとんでもないものを創造した。こいつは地下に眠ったままにしておくのが世のためではないか。


 私とホムンクルスの距離は大股で三歩分。この間合いが近すぎるか遠すぎるかは彼女しだいだ。


「こっ、ここで何をしているの」


 ホムンクルスは見つめてくるだけで何も口にしない。痺れを切らし、より正確にはようやく我に返った私が、彼女にそう尋ねた。第一声が、衛兵のようになったのは、どこか間が抜けている……。


「私の話している言葉は理解できている?」


 答えないホムンクルスに私は問いを重ねる。奴の発声器官の有無はまだ確かめていない。しかしあの手記には、ごく限りなく人間に等しい構造で設計したと書いてあったのを記憶している。

 構造が同じでも思考回路や膂力も人並みに合わせられているかが不明だから、警戒しているのだ。


「理解できています。あなたは誰ですか?」


 面食らった。聞きたかった返答のはずなのに、しばし唖然とした。

 声まで綺麗だったから。どこまでも無表情だが、たしかに唇が動き、空気を震わせていた。透明感のある声だ。無垢な少女の声。訛りのない発音。そして古語でもない。


「私は……夕闇ダスク。あなたは? 何者であるかを自覚している? 記憶はあるの?」


 質問攻め。

 焦るな、落ち着けと自分に言い聞かせるも、神経が昂ぶっている。そんな私と視線を交差させたまま、彼女はなんと瞬きをした。人間そっくりに。


「わたしに与えられている名前はステラです。名前以外の素性をあなたにお話しすべきか、まだわかりません。あなたが握っているそれは武器です。あなたは敵なのですか」

「いいえ」


 私は即座にそう言った。しかし、短剣は離さない。


「経緯はこうよ。箱の中にいたあなたを運んだ。この教会の裏手にある薬草園の地下からね。あなたがホムンクルスなのを私は知っている。あなたを作った錬金術師のことも。彼はとうの昔に亡くなっているそうよ。……あなたから他に質問は? 私からは無数にあるのだけれど」

「敵でないのに武器を下ろしてくれないのは何故ですか」

「味方だとも言えないから」

「夕闇はわたしが怖いのですか」


 ええ、とても。

 そう応じる代わりに私は短剣を徐にしまう。そして半歩、退いた。


「――生まれたばかりの赤子は鏡を見ても、映っている像が自分自身だと認識できないそうよ。あなたはどう? あなたの容姿が人の心をかき乱すのを理解している?」

「質問の意図がよくわかりません。夕闇がわたしに感じているのは恐怖ではなく劣情なのですか」

「ちがう」


 劣情? 何を言っているんだ、こいつは。

 私はもう半歩、下がる。

 するとステラは二歩も踏み出してきた。


「止まりなさい」

「怒らないで聞いてほしいのですが、夕闇は誤解しているかもしれません」

「どういう意味よ」

「わたしは人間の従順な僕として創造されたのではありません。使命らしい使命を与えられていないのです。言わば、限りなく人間に近い存在なのです」

「だったら、あなたの運命はこの先どこに向かうの?」

「同じことを聞かれて答えられますか」


 私は彼女から視線を逸らし、肩を竦めてみせた。


「いずれにしても、ここから易々と出すわけにはいかない。当分はいっしょに行動してもらう。後のことは……また考える」

「家族になれと言っているのですか」

「ここは私の家でもあなたの家でもない。私たちの関係は、起こした者と起こされた者ってだけ」

「わたしを起こしたのは月と太陽であって、夕闇ではありません」


 なるほど。月光と陽光の両方が覚醒の引鉄だったのか。


「ですが、いっしょに行動するという提案は受け入れます」


 そう言って、ステラは

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