第23話 魔女と修道女の二度目の沐浴

 次の満月まであと三日。

 盛夏を迎え、朝から暑い。私はヘイズと沐浴をしに例の水辺へと向かった。


 ヘイズに連れ立っての沐浴、その背景にはこの前と同じく、ステラが身につけているネックレスの存在がある。

 あのネックレスの効果は永続的なものではないのだ。楽器に調律やその他のメンテナンスがいるのと同様に、ネックレスには魔力を定期的に注入し直す必要がある。

 昨晩にそれを行った直後、言い換えると魔力を消耗した後、全身に疲労が押し寄せ、そして浄化魔法を行使できる状態でなくなった。ゆえに、翌朝に私は再びヘイズを沐浴へと赴くことにしたのだった。


 ちなみにネックレスを贈って以来、ステラとヘイズの二人で週に何度か朝に沐浴しに行っているのは聞き及んでいる。顔を仄かに朱に染めてヘイズが語ってくれたことには、神々しい裸体を日の下に惜しげなく晒しているステラが、流水でその身を濡らすと、より神秘的に、そして官能的な様相をも醸し出すのだとか。


 それを聞いて、私はあのホムンクルスとは沐浴に行くまいと決意し、今日なお彼女とはいわゆる裸の付き合いを一度たりともしていない。


 ――心をかき乱されたくない。


 そう思っての判断だが、よくよく考えれば、彼女の裸に並ならぬ感情を抱いてしまいそうな自分がいるのを暗に認めているわけであり、それはもうすっかり惑わされているのと同義だった。


「ねぇ、シスター。普通の人間たちの間だと、女性同士で恋に落ちるのって少数派であるし、場合によっては異端よね」

「はい? い、いきなりどうしたんですか」


 鼻歌交じりに水浴びをするヘイズの背に声をかけると、彼女はこちらを振り返り、声を上擦らせた。


「ああ、ごめん。たしかに急だった」


 謝る私にヘイズは島での同性愛者への対応を教えてくれる。大陸の一部と違って、公的な処罰はないが、その愛が好意的に受け入れられてもいないとのことだった。


「ええと、魔女たちの間では違うんですよね……?」

「この島とそう変わりない。たしかに一族の戒律に魔女同士で恋仲になるのを禁じ、罰するものはなかった。でも、それだけ。義姉妹と違って、祝福されない関係だった」


 ついでに言えば、魔女のなかでも花の魔女たちは禁欲的であるのが善とされている一派だ。そのことを実感できたのは街に出て、人々の欲望を目の当たりにしてからだったけれど。


「魔女同士で子を成して血脈を次代に繋げられたのは数百年も前の話で、今は男性の助力がないと血は途絶えてしまうのよ」

「えっ。数百年前はどうやって……」

「興味津々ね。言い出しておいて悪いけど、長が先代の長から、そして先代はそのまた先代から口伝されてきた話で、確たる証拠がないものよ。それでもいい?」


 ヘイズが控えめに頷く。


「とある魔女の一族が、錬金術師の力を借りてある魔法薬を作ったのよ。それは魔女を一時的に両性具有にするものだった。……今、シスターが視線を向けた部分に、新たに生殖器官が生成される効果があったそうよ」


 私の言葉を受け、下へと落としていた視線をぐいっとあげたヘイズ。彼女が何か弁解する前に私は続ける。


「薬が今の時代に伝わっていない理由はいくつかの説がある。たとえば、私たちの上位存在にあたる何者か、誤解を恐れずに表現すれば『神』の怒りをかって薬がすべて塵芥に化したとか、作った者たちは死よりも酷い仕打ちを受けたとか」


 他にも、薬は不完全で代を重ねるごとに魔女ではなく異形のなにかを生み出してしまったとか、人間たちにその薬の存在を知られてしまって戦争が引き起こされたとか。


 果ては、最初からそんなものはなく、ただの幻覚作用のある薬で、幻覚中に男性錬金術師が魔女たちを孕ませていたのだ、なんていう説もある。


「はぁ。そんな言い伝えがあるんですね。それはそうと、どうしていきなり女性同士での話をしたんですか。やっぱり、ステラさんのことですか」

「『やっぱり』ってどういうこと?」

「どうって……」


 目を泳がせるヘイズ。数歩分離れたところにいる彼女のもとへと私は近寄る。


「あの子が誰か、店に来ている客や道ですれ違った女性に関心を示したの?」


 それをヘイズとステラの二人でいるとき、そうだ、たとえば沐浴をしている時にでも話したのではないか。そんなことが私の頭をよぎった。が、ヘイズは眉間にしわを寄せ「それ、本気で言っているんですか」と言ってきた。


「なぜあなたがそんなふうに怒るのよ」

「怒っていません。私からお伝えできるのは、夕闇さんがステラさんへと向ける眼差しが最初の頃と今とでは違うってことです。恋する乙女の、とは言いませんが、特別な眼差しに違いありません」

「本当に?」

「はい、そうですとも。おふたりのこと、私が一番見ているんですからね」


 屈託のない笑み。まっすぐなそれに怯む。そして少し申し訳なさを感じる。日々、世話になっているのに私はこの頃、あまりヘイズを気にかけていなかったから。彼女の言うことは当たっている部分があると認めよう。

 近頃はステラにばかり目がいっている。気づけば彼女を目で追っている……。


「たとえば夕闇さんは島に来た頃と比べると身長伸びましたよ、きっと。胸は……わからないですが、たぶん成長していると思います!」

「ねぇ、シスター」

「な、なんでしょう」

「あなたのために私にできることって何かある? 大した魔法は使えないけれど、言うだけ言ってみてほしい」

「これまたいきなりですね」


 やや呆れた調子でそう言ったヘイズが「うーん……」と悩みながら歩いていき、水辺を離れ、持ってきたタオルで全身を拭き始めた。私もそれに倣う。陽気のおかげで、時間をかけて水滴を拭うまでもない。


「一つだけですか」

「節制を心がけているシスターらしからぬ質問ね。……なんて、冗談よ。言ってみて、いくつでも。叶えられるかはともかく」

「ありがとうございます。でしたら、三つほど。どれも魔法はいりません」


 ヘイズは笑う。でもその表情にはさっきなかった真剣さがある。むしろ緊張感。


「まず、一つ目。勝手にどこかに行かないでください。もしも夕闇さんがどこか遠くへ向かう、旅立つ時が来たのなら……その時は必ずお別れをする時間をください」

「安心して、それは必ず守ると誓う」


三日後の月下の演奏会のしだいによっては島を離れることも考えていた。前々から考えていたことの実現だ。でも、それをヘイズに気取られているとは。


「二つ目、これはお願いというより提案なのですが 、私たちも何か楽器を演奏してみませんか? ステラさんと合奏できるのが理想ですが、たとえできなくてもいいんです」

「楽器ね……。せっかくだから、教会に放って置かれているあのオルガン。あれを修理できるかもう一度試してみる。シスターはあれを弾いたらいい」


 魔法を使っての修理は検討しなかった。時間と労力(魔力)を費やせばどうにかなるかもしれない。


「では、夕闇さんは?」

「実は当てがあるの。まだ言えないけれど」

「相変わらずもったいつけるんですから」


 笑い合い、私たちは着替えを終える。

 

 ヘイズは三つ目をなかなか言い出さない。まさか自分で言っておいて、考え付いていない? それとも――。


「三つ目を教えてくれる?」

「……はい。これもお願いって感じではないのですが。話を聞いてくださいませんか」

「話?」

「私の傷の話を。ありふれた不幸の顛末について、貴女に知っておいてほしいんです」


 下腹部をさすってヘイズはそう言った。

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