第7話 魔女はホムンクルスの観察記録をつけ始める

 私とステラの両方がしばらく教会の居候になりそうだ。その旨をヘイズに伝えると、彼女は二つ返事で快諾した後で「でも、よろしいのですか」と尋ねてくる。それはステラが覚醒した朝、三人での初めての食事をとろうとしている時のことだった。


夕闇ダスクさんはステラさんが目覚めたら、どこかへ連行するかもと思っていたのです」

「どこにも行く当てがない。私も彼女もね。ところで、何か私にできる仕事はある? まずはここに居させてもらえる対価として」


 無論、そのためだけではない。

 ホムンクルスのステラはともかく、私の場合、長期滞在するのであれば日用品をそれなりに揃える必要が出てくる。物々交換できるものもありそうだが、すべてではないだろう。当然、購入にはこの島で流通している通貨を得なければならず、それを入手するには適当な仕事がいる。

 私は独り身の修道女に、何もかもを世話されるほど落ちぶれた魔女ではない。


「仕事、ですか。私はまだ夕闇さんの得意不得意を知らないのですが、たとえば算術ができるのであれば、それを子供たちに教えたり、町にあるお店のほうで雇ってもらったりができるかと」

「教えるというのは、この教会内で?」

「そうです」


 ヘイズの暮らしぶりを聞かせてもらった際に、近所の子供たちの面倒を見ていると話していたのが記憶にある。時に乳幼児相手の保育で、時に少年少女への初等教育だと。


「参考までに、シスター・ヘイズは子供たちの前だと常に笑顔なの?」

「……いえ、そんなことは。慕ってくれている子もいるにはいますが」

「そう。わかった、算術や本の読み聞かせぐらいなら私にもできる。愛想を振りまかなくていいのならそのほうが楽。ぜひ手伝わせて。並行して、町での仕事も検討してみる」

「あの、それでしたら紹介したいお店が」

「ぜひ教えて」


 ヘイズの協力的な態度が素直にありがたかった。流れ者の身なので、彼女の口添えがあったほうがいいのは間違いないのだ。


「私の幼馴染が家族で経営している食事処で、以前『エプロンドレスの似合う看板娘でもいればなぁ』と話していたのです。夕闇さんのような可憐な女の子だったら……」

「悪いけれど、私に接客は向いていない」

「そ、そうですか」


 そんなやりとりの直後、私とヘイズの視線はこの場にいるもう一人、否、もう一体へと向けられた。


 私たちの会話に口を挟まずに、黙々と朝食を食べ始めているステラに。食前の祈りはおそらくしていないだろう、私たちに構わず彼女は食べ続けている。

 ほどなくして彼女の前に置かれた食器から、食べ物という食べ物がなくなった。きれいさっぱり。


「夕闇? あなたの顔にわたしへの不満が見受けられますが」

「勘違いよ。でも……そうね、あなたもここで暮らすからには働かないとね。いっそ女神様の代わりでもしてみる?」

「それは遠回しに、わたしに修道女やそれと同等以上の聖職者になれと言うことですか」

「ただの冗談。もしあなたがそういった立場になったとしたら、下手をすれば、あるいは上手くいきすぎると、島の中で宗教戦争が起こりかねない」


 ヘイズが教会の再建を願っていないのは確認済みであるが、彼女に恩を仇で返すような事態になるのは避けたい。当面はステラを外に出さないことだ。このホムンクルスに地味な修道服を着せたところでその美貌が隠せるとは思えず、ましてやこのドレスのままで歩かせようものなら、女神様扱いも冗談では済まなそうだから。


「ええと、ステラさんが得意なことって? たとえば、針仕事や庭仕事とかですか。それとも楽器を演奏したり絵を描いたりがいいでしょうか」


 期待の込められたヘイズの眼差しをステラは「わからないわ」と突っぱねた。しかし、その後で思案する表情を作った。


「自分に何ができて、できないか。試してみないことにはなんとも。わたしが何を得意とする存在なのか、お二人とも、その検証に付き合ってくれますか」


 今度は丁寧な口調でそう頼んでくるステラに、私とヘイズは顔を見合わせた。 

 そしてヘイズは「付き合いましょう」と目を輝かせる。私としてもステラがどういった能力を秘めているかには興味がある。だから賛同しておいた。




 朝食後、ヘイズが私と二人きりで話したがったので、ステラに小部屋に残ってもらった。変に誤魔化すのは愚策だと考え、彼女に「シスターと二人で打ち合わせしておきたいことがあるから、ここで少し待っていて」と言っておく。


 そんなわけで私たち二人は廊下で立ち話をすることとなった。


「話って?」

「もちろんステラさんのことです。彼女を教会内に軟禁するおつもりですか」

「シスターは、あれを島の人たちに見せびらかしたいの? よしなさい。ああも美人過ぎると、諍いや争い、嫉妬、欲望……諸々の不幸の種になる」

「本当に魔女みたいなことを言うのですね」


 ぼそっとヘイズが呟く。不服そうに。


「どういう意味」

「あるおとぎ話です。森に住む魔女が森に捨てられた赤子を拾うのです。そして大切に育てる。時が過ぎ、赤子は絶世の美女となります。ですが魔女はその美しさを危険だとみなして……」

「やめて。そういうのではない」


 ぴしゃりと途中で遮り、俯き気味のヘイズの手を取った。


「いい? あれは人ではなく、ホムンクルスよ。彼女自身が提案してきた『検証』を通して安全か危険か見極めないといけない。外に出すにしても、それが完了してから」

「ステラさんが外出したいと言ったら? もしくは勝手に抜け出したら? 力や魔法で縛り付けるのですか」


 やんわりと私の手を振りほどいた彼女が顔を上げる。緊張した面持ち。そこに怒りや憎しみがなくて私は安堵する。


「いいえ、話し合いで解決する。約束するから。なんだったらこの後すぐ話しておく」

「……お願いします」


 頭を軽く下げたヘイズが踵を返し、離れていく。私は「ねぇ」と小さく声をかけた。彼女はそれに気づいてくれて、振り返る。


「あの野菜スープ、美味しかった」


 朝食に出たものだ。

 お世辞ではない。ヘイズは料理上手だ。正直、修道女で身を立てるよりも、そっちの道を極めたほうがいいのではと真剣に思う。


「それ、さっきも聞きましたよ」


 そう言ってくすっと笑うヘイズに、私も微笑みを返した。




 その後、ステラの能力を試験する計画をざっくりと立てた。数日はかかりそうだ。

 教会内に使えそうな帳面と筆記具が余っていたので、結果を書き留めておくのを決めた。試験以外にもステラの日常的な言動を含んだ、いわゆる観察記録も兼ねたものを作成しよう。


 最初に、地下室にあった本を読めるかどうかを試した。つまり古語の解読。ステラがそれをできるから、あの部屋に本を残したのでは。そんな見込みがあったが、はずれた。

 ステラは私やヘイズが使用している大陸統一言語――この言語の起源や成立、変遷に関して、かつて大都市の学院で学ぶ機会があったが、大半がうろ覚えだ――しか用いることができないらしかった。

 なお、語彙については比較的新しい単語は知らず、逆にもう使われなくなった単語を知っているという、前もって予想できたとおりの結果だった。


 言語の次は、錬金術の知識や技術を身につけているかどうか。

 ホムンクルスである彼女が錬金術の専門家、そして実行できる存在なら、その力の使い道を定めねばまずいと思ったからだ。

 けれど杞憂に終わった。

 ステラには錬金術の素養は微塵もなさそうだった。ステラは、錬金術の継承を目的とした創造物ではないと結論付けた。

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