第8話 ホムンクルスは怪しいバイオリンを弾けるか試す

 ステラが目覚めてから一週間が経過しようとしている。私が立てた計画に沿って、能力を語学方面以外でも検証しているが、顕著に秀でた分野は今のところない。

 

 また、彼女自身が強く興味を抱くものも見つかっていなかった。たとえば、編み物を小一時間ほどしてもらった際には「仕事として与えられればしますが、楽しくはありません」と無表情で話していた。


 そんな彼女が関心を寄せるものが見つかったその日、昼前の教会には私と彼女の二人しかいなかった。ヘイズは食料の買い出しへと行っていた。薬草類の取引も兼ねているので、時間がかかるとのことだった。


 礼拝堂内の片隅で、薄汚れた布に覆われていたオルガンを私が発見し、ステラに試してもらうことにしたのだ。オルガンは壊れたまま放置されていたらしく、ろくに音が出なかった。なのでステラには、演奏ではなく修理をできそうならしてほしいと頼んだ。


 ステラはオルガンの外装に触れたり、内部を覗いたり、私が物置から探し出してきた数種の工具を手にとってみていたが、やがて「無理ですね」と臆面もなく言ってきた。


「そう。残念ね」

「仮に直せたとして、夕闇ダスクは演奏できるのですか」

「音を並べることはできるってレベルね。それと楽譜は読める」

「魔女たちも音楽を嗜むのだと解釈しても?」

「まあね。呪文の詠唱に旋律が付されて、言ってしまえば歌曲になっている魔法もあるそうよ。私たちの一族には伝わっていないけれど。あと、読譜は大陸の都市部にいた頃に習ったから、魔女であれば誰もが読めるってわけではない」


 ちなみに、私が魔女であるのをステラに教えたのは、実はつい今朝方のことだ。


 隠していたつもりはなく、話しそびれていたのだった。幸か不幸か、ステラが持ち合わせている魔女に対する知識はヘイズとそう変わらないようだ。つまりは、大多数の普通の人間より知っているが、魔女側からしたら大差ない質と量。


「あなたはどう? 何か奏でられそうな楽器はある?」

「どうでしょう。寝室に保管されている、あの弦楽器であれば弾けるかもしれません」

「それ、初耳」


 寝室の弦楽器。なんだそれは。


「寝室って言うと、まさかシスターの?」

「いえ、わたしたちのです」

「亡くなったおばあさまの寝室ね」

「わざわざ言い直さなくてもよいのでは」

「私たちは所詮、居候だからよ」


 ステラが寝泊まりする場所は、彼女が起きたその日の晩から私と同室だ。手頃な空き部屋がなく、観察と監視が必要だという私の主張が通ったのだ。

 とはいえ、何も同じベッドで寝起きしているわけではない。ステラが眠っていたあの棺めいた白い箱を地下室から移して、それを使わせている。そのことに難色を示しているのはなぜかステラではなくヘイズだ。いつかちゃんとしたベッドを用意しなくては、と妙にはりきっていた。


「ですが今現在、あの部屋を使用しているのはわたしたちに他ならないのですから……」

「わかった、余計な訂正だったと認める。ほら、その弦楽器を見せて。あなたが報告してくれていなかったやつをね」

「大切そうに保管されていたので、そっとしておいたのです」

「ねぇ、シスターはそれを知っているの?」

「さあ。どうでしょう」


 微塵も気後れしていない物言いと表情だった。私はこの見目麗しいホムンクルス相手に悪態をつくのはよしておき、部屋へと向かった。




 部屋へと入り、ステラが「ここです」と示したのはベッドの下だ。

 通常、敷かれているシーツの長さの関係で見ることのできない空間である。彼女はそこを私が知らない間に調べていたというわけだ。私がヘイズといっしょに近所の子供たちの面倒を見ている時に、この部屋で一人にさせていたことがあったので、その時だろう。

 

 思えば、ヘイズは私にこの部屋を貸してくれる前、掃除をしたと話していた。止まっていた時を動かしたと。けれどベッドの下までは確認していなかったのではないか。


「いかにも宝物が入っていますって箱ね」


 貴族令嬢が持つ宝石箱の類というよりも、海賊の残した宝でも入っていそうな趣がある箱だった。丈夫な造りをしており、たしかに楽器ケースとしても十二分に機能するだろう。


 蓋を開く。中にはヴァイオリンらしき、四本の弦が張られた楽器が入っている。そしてその弦を鳴らすための弓も。


「これ……素材がおかしい」


 一見すると、私が都市で何度か目にしたことのあるヴァイオリンそのものだったが、しかし表面を直に触れ、弦や弓をよくよく観察すると特異性に気づく。使用されている素材が何であるか特定できないのだ。

 

 いくつか混ざっている印象を受ける。しかも特殊な――――そうか、これは錬金術師の調合品なのでは?


「あなたの意見を聞かせて。この楽器は錬金術師が作ったもの?」

「可能性はありますね。証拠は提示できませんが」


 驚く素ぶりはなく、淡々と返してくる。


「証拠……」


 私は楽器のどこかに製作者を示す印がないかを探る。あるいは何か特別な意匠があればと思ったが見つからない。

 ふと、ステラもまたその正体不明のヴァイオリンをじっと見つめていることに気づく。壊れたオルガンに向けていたのとどこか違う表情で。


「弾いてみる? 弾き方がわかるなら」

「試してみます」


 私が手渡したヴァイオリンと弓をステラは出鱈目に持った。私がかつて都市にいた頃に目にしたヴァイオリン奏者を基準にすると、の話だが。


 でも私は敢えてそれを指摘せずに黙って見守る。もしかすると彼女の持ち方、構え方こそが正しいこともあり得たから。

 加えて言うなら、ヴァイオリンを手にしたステラはやはりそれまでの検証時には見せなかった顔をしていた。

 端的に表現するなら好奇心がそこにあった。ゆえに任せてみることにしたのだ。


「鳴りません」


 少ししてステラがそう呟く。そこには落胆の響きがある。眉根が寄せられている。


「たった今思い出したけれど、普通は弓毛に何か塗るはず。そう、弓と弦とで摩擦を……」

「いいえ、これには必要ありません」


 きっぱりとステラが言う。弓毛を改めて見ようともしない。


「何か根拠が?」

「なぜだかわかりませんが、わかるのです」

「へぇ、音を出せてすらいないのに」

「きっと出せます。指の置き方や持つ部分に問題があるのです。夕闇、あなたは何か知りませんか」


 これまた意外。

 理由を説明できずとも音は鳴ると確信していて、その上で私に意見を求めてくるとは。


「そうね……実は以前、それとそっくりの楽器を弾いている人間を間近で見た経験がある。貸してみて。やってみせるから」

「嫌です。わたしが手にしたままで教えてください」

「どうして?」

「夕闇があっさり弾けたら悔しいからです」

「急に子供っぽいことを言うのね」

「いけませんか」

「そういう時は多少なりとも拗ねたふうに言ってくれると、可愛げがある」

「可愛げというのは……」

「訂正しておく。可愛げではなく人間味よ。この訂正は余計でないと思う」


 ステラはバイオリンを手に持ったままで数秒固まった。直後、それまであった距離を急に詰めてきて、その碧い瞳で私の瞳を覗き込んでくる。

 顔と顔とが重なりそうな距離感。咄嗟の出来事に反応できずにいる私に、彼女が囁く。


「教えてください、この楽器の弾き方」

「――っ。いきなり近づいて来ないで」


 殺気はない。でも、生温い害意を感じる。


「この数日間でわかりました」

「え?」

「夕闇もヘイズもわたしに見つめられるのが怖いのだと。ですから、教えてくれるまで見つめ続けます」

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