第5話 魔法は禁止!
真凛や幸平を理解者として引き込むことに成功し、教室での会話が伝播したおかげで俺たちの関係についても概ね誤解は解けたのだが、ウイカに関する問題はここからが本番だった。
たとえば体育の授業。バレーボールの練習をしている時のことだ。
「ボール、そっちにいったよ!」
選手全員が取れない絶妙な位置に撃ち込まれた相手チームのスパイク。辛うじて一番近いのは後衛のウイカという場面。
走り出したウイカが、明らかに常人を超える速度まで加速してボールをレシーブした。
敵も味方も一瞬目を疑ったが、おかげでトスからのスパイクに繋がり味方チームは喜んでいたそうだ。
男女で分かれて授業を受けていたため俺はその話をチラりと聞いただけだが、ウイカは空だって飛べる魔法少女だ。おそらく授業中に何かを発動している。
後から真凛がそのことを大層不思議そうに語っていた。
「あのボールを取れるなんて。……ウイカちゃんって運動神経すごく良いのかな?」
こいつ純粋だなあ。それならいいんだけど。
次。たとえば家庭科の授業。調理実習での出来事。
突然ある班からワッと悲鳴が上がった。俺も含めたクラス全員が声の方向を見ると、ウイカの手にしていたフライパンから火柱が出ていたのだ。それはもう、ブランデーでも入れたのかという見事な燃え上がり方だった。
「い、急いで火を切って!」
先生が声をあげたところで俺がダッシュで近づき、コンロの火を止める。
火の手自体はすぐに落ち着いたが、焦げ臭さが辺りを包んでいた。
「火傷は? 大丈夫か」
「うん」
まったく気にしてなさそうな反応のウイカ。火が消えたことで周りも安堵するが、火柱が上がった原因は分からない。
結局、除菌用のアルコールが混入して引火したのではないかという腑に落ちない予想で話はまとまったが、当然正解は違う。あれはコンロを使ったことがないウイカが自分の火炎魔法で火力を上げようとしたのだ。
他にも、細かな事象があれやこれや。
彼女が転入生としてやってきて数日。傍から見て不可解な出来事がいくつも起きていた。
――流石に怪しまれている。
俺は以前質問した時と同じく、昼休みに彼女を連れ出した。目的地も同じ体育館裏だ。
「ウイカ! お前、魔法使ってるだろ」
「うん」
購買で買ったサンドイッチを頬張りながら、彼女はあっさり認めた。これは何が悪いか分かっていない顔だ。
俺は頭を抱えつつ、気持ちを落ち着けるためにペットボトルのお茶を流し込む。購買でラベルも見ずに取った飲み物だったが、濃い味の緑茶だったようで思った以上に苦い。
俺の表情も苦く曇ったが、なんとか穏便な言葉を探して話を続ける。
「普通の人は魔法を使えない」
「うん」
「人が突然加速したり、炎が燃え上がったりしたら不審がられるだろ」
「そう?」
「そうだ」
魔法や組織のことは秘密だと言っていた割に、あまりに迂闊で考えなしすぎる。
前にも似たような反応をされたことがあったが、この数日の行動を見て確信した。彼女は魔法のない生活が想像できないのだ。それだけ身近に魔法があって、当たり前のように力を使ってきたのだろう。
「魔法のことを周りに隠すなら、人前で使うのは禁止にすべきだ」
「……うん」
ウイカは少し元気を無くした様子で返事をする。
常識がないだけで悪い子じゃない、それは分かっている。怒られたら反省もするし、以降同じ過ちはしないよう気をつけるタイプだ。
だからこそ常識のズレは致命的かもしれない。いつか、当たり前だと思って起こした行動がとんでもない過ちにならないことを祈る。
とにかく、反省している彼女をこれ以上責めても仕方ない。俺はフッと息を吐きだしてから少し話題を変える。
「そもそも最初に会った時って、もっとこう……魔法使いっぽい見た目じゃなかったっけ? 杖を使わず魔法出せるものなのか」
とんがり帽子に黒マント。空を飛ぶため箒に跨り、炎の魔法はステッキから飛び出す。それが最初に見たウイカの姿だった。
だが、授業中に着替えたりステッキを振るったりはしていない。何もないところから能力が発動しているように思う。
ウイカは頷き、いつもの巾着袋からステッキを引っ張り出した。相変わらず袋のサイズと取り出すものの大きさが合っていないが、これも魔法なのだろうか。
「これ。『魔法美少女ミラクるラブリー』の変身ステッキ」
「え?」
魔法美少女ミラクるラブリー。確か日曜の朝に放送している子ども向けのテレビアニメだ。不思議な精霊に選ばれ世界を救う使命を帯びた女の子が変身して悪と戦うみたいな内容で、何作も続編が作られている人気シリーズ。
確かによく見るとステッキは白い成形色のプラスチック製で、ハートや星のデコレーションが光っている。完全に玩具だ。
えーっと、つまり?
「魔法は想像力から生まれる。帽子やマントも、あるとイメージしやすい」
「い、イメージ……?」
つまりウイカは、魔法を具体的に想像するためだけにコスプレしていたということ?
確かに彼女を目の当たりにした時、あからさますぎるほど魔法少女らしい格好だと感想を抱いた。とんがり帽子や黒マントなんて、ひと昔前のパブリックイメージすぎて逆に疑わしい。
しかし、それが魔法少女らしさに近づけるため扮していたというなら納得できる。
「ということは、実際はステッキを使わずに魔法を?」
「使える」
「帽子もマントも?」
「いらない。雰囲気づくり」
「箒がなくても空を飛べると?」
「むしろ跨ってると痛い」
な、なんだそれは。
前提が覆されて返す言葉もない俺を見ながら、ウイカは説明し終えたステッキを巾着袋に戻す。
「これも。四次元ポケット」
「猫型ロボットかよ」
その袋も、未来の道具を出し入れするポケットをイメージしているから無尽蔵に荷物を仕舞えるのか。
というか、先ほどから想像元がアニメばかりだ。魔法少女の服装も往年の創作物という感じがする。
「ウイカって、アニメとか好きだったりする?」
俺の問いに、ウイカは慎ましく首を縦に振る。
「アザラクの施設、娯楽が本とテレビしかない。日本の学校もそこで学んだ」
「あー……なるほど」
これも環境の問題か。
外の世界に関する常識に欠けている印象があるウイカだったが、施設内の娯楽も少ないとなるとアザラク・ガードナーとかいう部隊の印象はますます良くない。
隔離施設のような場所で本やテレビを見て育ったウイカ。無表情な彼女の裏には、まだ聞けていない過去が隠されていそうだ。
そんなことを考えていたら、俺はふとあることを思い出した。自分の鞄を探る。
「これ、いる?」
先ほど買ったお茶のペットボトルに、アニメのマスコットキャラクターを模したキーホルダーがオマケでついていた。俺にとっては知らない作品だったので捨ててもよかったのだが、もしかするとウイカは興味があるかもしれない。
そしてどうやらその予想は当たりだったようだ。彼女は普段無表情だが、旨い飯を食べている時など自身の興味があるものには分かりやすく目を輝かせる。
「くれるの?」
「ああ。俺には必要ないし」
表情こそ大きく変わらないが、喜んでいるのが直に伝わってきた。
思い付きでいらないものを渡しただけなので少し申し訳なかったが、彼女はキーホルダーを受け取るとさっそく巾着袋の紐に取り付けて口元を緩ませていた。
巾着を掲げて俺に見せてくる。
「かわいい」
「喜んでもらえて何より」
こうしてみると無邪気な子供なんだが。
無感情な中に恍惚さを混ぜるという複雑な顔をしたウイカを見ながら、一応念押ししておく。
「分かったと思うけど、もう学校で魔法は使うなよ」
「うん」
返事をしながらも彼女の視線はキーホルダーに夢中だ。そんなに好きなら良かったが。
……ところでそのキャラ、何なんだろう?
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