第19話 関係解消
「私の命は消耗品。戦うことでしか価値を証明できない」
ウイカは声のトーンを落として、いつもの冷静さを取り繕うように話をする。
あまりにも残酷な現実を受け入れている彼女に何と返すべきなのか、俺は分からなくなってしまった。
死ぬのが当たり前で、生きたいと願うことが辛い。
俺の普通では理解できない感覚を、彼女は持っている。
「荒城くんや、クラスのみんなに優しくされるたびに、自分を――生きてもいい存在だと錯覚していった」
「錯覚って……そんなのあんまりだろ」
零れる涙を手で拭いながら、ウイカは俺の方を見つめる。
俺はウイカを救いたい。彼女に生きていて欲しい。
だけどそれは彼女の生き方を否定するエゴなのかもしれない。戦いによって証明される命を、戦わないように仕向けていいのだろうか。
上手く返事をすることができないまま、ウイカの言葉を聞くだけの時間が続く。
「生きたいと願うべきじゃない。戦いに迷いなんていらない。そうあるべきだった」
「どうしてそんな……」
「どうして?」
俺がボソりとしか返せない、うわ言のような疑問を聞き逃さずにウイカは寂しそうな表情でこう言った。
「私が、獣魔討伐部隊“アザラク・ガードナー”のウイカ・ドリン・ヴァリアンテだから」
自分の立場を改めて口にすることで己自身に言い聞かせているようだった。
けれど、たぶんそれが彼女の持ち合わせている答えのすべてなのだろう。
彼女は学生じゃない。今までの生活は俺を監視するという任務の一環、部隊の仕事の一部。
ウイカの普通は、俺の世界には無い。
「荒城くん」
「……ああ」
名前を呼ばれて、俺は生返事しかできない。
気がつくとウイカは涙を止めて毅然とした態度でそこに座っている。
「ジェラルドに言われたはず。魔法が使えるなら戦うべきだと」
「確かに、言われた」
つい先ほどの会話だったが、既にウイカの耳にも入っていたようだ。
他の魔法少女たちが噂をしていたのでそうして伝わったのか、あるいはあの後すぐにジェラルドが監視係である彼女に直接連絡したのかもしれない。
元々俺はこのジェラルドの提案に対する答えが欲しくてウイカに会いに来た。正確に言えば、彼女に背中を押してもらえると考えていたんだと思う。
一緒に戦ってほしいと。私を救ってほしいと。
でもウイカは、まったく逆のことを口にした。
「断って」
「え?」
彼女の上司であるジェラルド・バックランドという男が、俺も戦うように焚きつけてきたのだ。なのにそれを、ウイカが断れと言っている。
余計に答えが見つからなくなった。
「荒城くんがなんで魔法を使えるのか、私にも分からない。でも、その力は危険」
「俺の魔法は寿命の消費がないんだって聞いたぞ」
「そういうことじゃない」
言うと、ウイカはおもむろに着ていた学校制服のシャツに手を掛け、ボタンを外し始めた。
「う、ウイカ……!?」
目の前で女の子が服を脱ぎ始めて、流石に動揺を隠せない。
雰囲気が雰囲気だけに困惑が圧倒的に勝っているが、それでもウイカから目が離せなかった。
上からボタンが解かれ、下着の肩紐と彼女の肌が少しずつ露わになっていき……。
「!」
そこで俺は、彼女の肌に残る無数の傷痕を見た。
裂傷だけではなく、痣になっている箇所も多数ある。そういえば学校の授業で水着になれない理由を真凛に話した時も傷がどうとか言っていたんだったか。
ウイカは俺の反応を見て脱衣を止める。
「私たち魔法少女は獣魔のマナを吸収して魔力を補充する。その時にある程度の傷も治る」
確かにそうだ。彼女の傷が治っていくのを俺もこの目で見た。
それなのに、どうして。
「でも傷や寿命を完全には回復できない。私も腕や足、顔の見えやすい傷を優先して治すけれど、残るものもある」
「痛く、ないのか?」
あまりにも陰惨な傷に俺が心配の声を掛ける。
すると彼女は消え入りそうな声で答えた。
「痛いよ」
それは救済を求める声ではなく、至極当たり前の感想として言っただけだった。
続けた言葉でそれを実感させられる。
「でも、慣れた」
彼女たちは獣魔の力を植え付けられているとはいえ人間だ。当然怪我をすれば傷は痛むし、痣になれば他人から隠そうともする。
慣れたなんて言っているけれど、こんなの。
もう何度目か分からない俺の常識と乖離した状況。それを見せつけながら、ウイカは言い放つ。
「獣魔と戦うというのは、こういうこと」
危険なことは分かっているつもりだった。
それでも、こうして傷を見せられると怖く感じるのも人の性なのかもしれない。
どこまでも俺には覚悟が足りていなかった。
「ましてや荒城くんは獣魔からマナを補給しない。戦闘で傷ついたら治せるのかも分からない」
「そ、そうか……」
言われてみると、俺が寿命を消費しないなら魔力の補充は行わない。
傷がどうなるのかは考えていなかったが、そもそも魔力で回復させるような方法がないのかもしれない。
ウイカと一緒に戦えば同じように怪我をする可能性は充分すぎるほどある。その時、俺だけは怪我をしたままになるのかもしれない。
「だから、断って」
ミルメコレオと戦う前、ウイカは俺が犠牲になるのを怖いと言った。護身用のネックレスを渡してくれて、俺に死んでほしくないんだと伝えてくれた。
本心で思ってくれていたんだったら、隣で今後も戦闘に並び立つなんて考えられないことだろう。
そういう意味でも、彼女を守ろうとすることは彼女の意志に反しているのかもしれない。
さらにウイカは、ふっと息を吐いて何か覚悟を決めたように俺へ伝えた。
「荒城くん。私からは離れて」
「離れる?」
どういう意味だ?
「私は荒城くんを監視する任務がある。でも、友達である必要はない。一緒にいる理由もない」
「俺はお前のお世話係なんだが」
「もう必要ない」
必要なくはないだろう。
確かにウイカはだいぶ学校生活にも慣れてきた。言いつけどおり校内で魔法も使わなくなったし、友達も増えつつある。
けれどまだまだ危なかっしい。目を離したら何をしでかすか分からないと、さっきもそう言ったばかりだ。
だが俺の反論を聞く前に、ウイカは冷淡に言った。
「これからは、私に関わらないで」
「なっ……! そんな言い方ないだろう」
突き放すような言い方に俺は当惑した。
一緒に戦うのを断るように言われたのはまだ分かる。戦いの危険性をちゃんと理解していなかったのは確かだし、ウイカは俺を心配もしてくれている。
でも、学校での関わりまで止める理由はない。監視係だって、近くにいた方がやりやすいことは変わりないだろう。
それでもウイカは、あくまでも冷静に口にする。
「私たちの関係は、これでおしまい」
なんだ? 突然どうしてそんなことを言うんだ。
彼女を救いたいというのは俺の自惚れなのかもしれないが、何も全部の関係をなかったことにするなんて。
「なんだよそれ。急にそんなの、おかしいだろ!」
俺は思わず大きく叫んでいた。動揺からか自分でも驚くほど威圧的で、ウイカも少しだけビクッとする。
それでもたじろいだりはしない。真っ直ぐ俺を見る視線は変わらないまま。
「荒城くんが戦わないためにも、私たちは終わりにすべき」
終わりにする。
俺とウイカは、任務を通じて秘密を共有する泡沫のような関係だ。本当の親戚じゃないし、クラスメイトも任務上の仮初め。友達という思いも誰が保証してくれるわけでもない。
心の奥がざわつく。俺と彼女には何の繋がりも残らないのか。
「そんなきっぱり終わりになんてできない。俺はウイカのことを心配だし、もう友達なのに」
「……じゃあ」
ウイカは、俺に向けてきっぱりと宣言した。
「もう友達じゃない」
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