第20話 ドロシー・スターホーク
彼女の言い放った言葉に、流石にカチンときてしまった。
「言って良いことと悪いことがあるだろ!」
友達として一緒に過ごした時間。彼女を見守りたいと、一緒に戦いたいと考える。それだけは嘘や任務ではない俺たちの唯一の関係値だ。
それを彼女は否定した。もう何の関係もない相手なんだと分からせるために。
「俺が一緒にいて、迷惑だったって言いたいのか」
言わなければ曖昧にできたかもしれないのに、違うと言ってほしくて俺は彼女に質問を重ねてしまう。
でも本当は分かっている。彼女は俺を危険な世界から突き放そうとしてくれているんだと。
「私には荒城くんも、荒城くんの日常も必要ない」
「っ! ……そうか」
俺はゆっくりとソファから立ち上がる。
いくらでもできることはあった。一緒にいたいと食い下がることも、思いの丈をぶつけることも。
だがこれはウイカの優しさでもある。獣魔と戦って魔法を使う世界にこれ以上足を踏み入れないようにしてくれているんだと理解した。
それでも、友達であることを否定されたくはなかったんだ。
だって俺は、彼女のことを……。
いや。ウイカの気持ちやこれまでの生き様を否定することになる気がして、反論を諦める。
「今まで、ありがとう」
「……うん」
そのまま玄関口へ向かい、彼女の部屋を出る。
扉の向こうに広がる廊下の青白い光がやけに眩しくて俺は目を細め、最後にチラりと振り返った。
部屋に残ったままのウイカはこちらに視線を向けない。扉が閉まる直前、彼女が両手で顔を抑えるのだけが見えた。
何やってるんだろう、俺。
ドアを閉めた後も立ち尽くすことしかできず、自分の不甲斐なさに嫌気が差す。
そこで、廊下の奥から声を掛けられた。
「交渉決裂、かなー?」
ドロシーさんだった。壁にもたれ掛かった状態で腕を組み、俺の方をみて不敵に微笑んでいる。
そういえば、ウイカとの話が終わった後は彼女の部屋に行くという話になっていた。
「……待ってたんですか」
「まあねー。ウーちゃんは口下手だから、こうなるんじゃないかと思ってたんだー」
すべて見透かされていたようで、俺は歯噛みする。
しかし分かっていたなら尚のことだ。今の俺は彼女と談笑する余裕なんてない。
「あたしが、もうちょっと色々補足してあげよっか」
「え?」
何を言い出すつもりなんだ、この人は。
この気持ちに整理がつくなら聞いてみたいが、さらなる追い打ちになりそうで怖い。
後日にしてほしいと言おうか迷ったが、よく考えるとウイカにこれ以上関わらないで欲しいと言われた以上、今後この施設に出向くこともないだろう。ドロシーさんともこれでお別れだ。
なら最後ぐらい話を聞いてもいいかと思えた。
「んじゃ、ついてきてー」
彼女が身を翻し、通路を奥へ奥へと進んでいく。俺はその背中を追いかけた。
〇 〇 〇
言われたとおり廊下の突き当たり、一番奥の部屋がドロシーさんの自室になっていた。
ただしこの部屋は二人用だ。先ほどドロシーさんと一緒にいたルイスさんが同居しているようだが、俺がリビングへ上がっても自室に籠ったまま顔すら見せてくれない。
二人の家のリビングはウイカのものと違いやたらとファンシーなグッズが飾ってある。立ち並ぶぬいぐるみの量や、ピンクと白のド派手な家具が目を引いた。ウイカは娯楽がないと言っていたが、こうしたアイテムは自由に持ち込めるのか。
俺が椅子に腰かけると、キッチン側でドロシーさんが紅茶を淹れてくれた。ティーカップ二つをテーブルに並べ、彼女は対面の椅子へと座る。
「さーて。何から話そうかなー」
言いながら、テーブルに置かれたシュガーポットの蓋を開いて彼女が砂糖を紅茶に注ぎ込む。かなり豪快にドバドバと入れてからかき混ぜていたので、俺は控えめにひと掬いして自分のティーカップに入れた。
ドロシーさんは紅茶をひと口飲んで、ぷはーっと大きく息を吐いてから俺を見る。
「ジェラルドになんて言われたかは知らないけど、戦えって話されたんでしょ?」
「え、ええ」
「ウーちゃんには何て言ったの?」
「……何も」
答えを決めに行ったはずだったのに、その前にウイカから手を引くよう釘を刺されてしまった。
彼女から拒絶されてしまった以上部隊に協力することは考えづらいし、自ずと断ることになってしまうだろう。
ドロシーさんは俺の表情を見て色々察してくれたようで、小悪魔的に笑った。
「んまあ、ふつーの生活してた人がいきなり戦うなんて、できないよねー」
「普通、ですか」
普通の生活。その言葉にぐっと胸が痛む。
ウイカと散々普通の定義を擦り合わせ、結果お互いを理解し合うのは難しいと結論付けた。その単語は今響く。
すると、ドロシーさんはうんうん頷いた。
「あたしはね、ウーちゃんやルーちゃんと違って、魔法少女になった年齢が比較的遅いの」
ドロシーさんの身の上話。ウイカ以外の魔法少女がどうやって生まれたのかにも興味がある。
俺は彼女の話に耳を傾けた。
「家庭環境が酷くてねー。小学生ぐらいの頃、父親に鈍器で……まあ、ほぼ死んじゃったワケ」
「そ、そんな……」
「あーいやいや。ショック受けたりはしなくていいよ。あたしは戸籍上そこで死んだことになって、殺人で親も捕まった。しかもあたし自身は部隊に助けられて、こうして生きている」
やはり、他の子もそんな感じなのか。
しかもドロシーさんは物心がついた後にアザラク・ガードナーに拾われている。救われた恩もウイカ以上に確実なものだろうし、この話を聞けばジェラルドが彼女たちを救ったという意識も分からなくはない。
「だから外の世界にいる君が、いきなり戦えって言われて決断できないのも分かるつもりだよ」
「ドロシーさんも、怖かったんですか」
「そりゃね」
彼女が紅茶に口をつける。その表情は穏やかなもので、本当に組織で安心して暮らしているように見えた。
「でも、ロクに愛情も受けず育ったあたしは組織に必要とされるのが嬉しかった。命を懸けてるって言うと大袈裟だけど、何かのために頑張るのって気持ちいいもんだよ」
「そんなもの……ですかね」
彼女の返答は実にカラッとしていて、部外者である俺が重く捉えすぎているのではないかと思うほどだ。
ドロシーさんは開かずの扉になっているルイスさんの部屋を指差した。
「ルーちゃんもそう。まあ他の人の過去を暴露したりはしないけどー。みーんなそんな感じよ」
それぞれに抱えているものがあり、それでも部隊に忠誠を誓っている。
立派だ、というのは軽い感想かもしれない。けれど俺は本当に彼女たちの生き様を格好いいと思った。
「もとの世界に戻りたいとかは、思わないんですか?」
「んー、どうだろ。あたしが日本所属だったら、君の監視役は引き受けてたかもねー。日本の学校って面白そうだし」
質問に対しても明るく緩い回答をするドロシーさん。
いや、魔法少女たちにとっては全てが任務の一環なのでこれが正しい反応なのかもしれない。自分が部隊を辞めて別の暮らしをするなんて思いもしないことなのだろう。
ウイカとだけ話していてもよく分からなかったが、ドロシーさんからはその雰囲気をビシビシと感じる。
「でさ。こっから、ちょっち踏み込んだ話をするんだけどー。だいじょぶそ?」
「は、はい」
前置きされたので俺も少し緊張して、深めに椅子へ座り直した。
ドロシーさんはコホンと咳払いをして、俺に向けて少し冷ややかな視線を向ける。
「さっき廊下でも言ったけど。あたしは君のこと嫌いなんだよねー。なんでか分かる?」
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