第25話 本当のこと
勢いで学校を飛び出してきたものの、ウイカの居場所に心当たりがあるわけではない。
スペルフィールドは現実世界を模した空間だ。ゲートを開いて侵入に成功したとしても、場所が違えばそこにウイカはいないだろう。ノーヒントでただ向かえばいいという話ではない。
では、ウイカへ確実に会いに行く方法は?
簡単だ。
彼女がいる場所に向かうというイメージで扉を開く。
「できんのかな、俺に……」
魔法は想像力だとウイカは言っていた。
スペルフィールドに入る時や、逆にこちらの世界に戻ってくる時、さらにアザラク・ガードナーの施設に向かう時もゲートを開くことでワープするように移動していたはず。
行き先を強く念じ、そこへ向かう想像を膨らませるだけで同じことができる。
ただ、俺は一人でゲートを開いたことがない。以前試した時はウイカが直接手を重ねて、俺に魔力の供給を行なってくれた。上手くイメージできるよう落ち着かせてくれたからこそ成功したのだ。
「思い出せ。あの時と同じやり方を」
目を閉じて、ドアノブを掴むように右手を伸ばす。そこに扉がある、開けばスペルフィールドに侵入できる。そういうイメージ。
さらに、今日はウイカのいる場所へ直接向かう。彼女の目の前に扉を開いて飛び込んでいく瞬間を想像する。
考えながらあの時のことを思い出す。ウイカが俺の右手の上に手を重ねて、全身を支えるように隣へ立った。彼女の力が体に流れ込んできて、温かさを感じながらドアノブを捻る。
重力の消失、体が宙に放り出されてすぐにまた地面の感覚が戻ってくる。これだ、行ける。
扉の向こうから吹く風を受けて、俺は目を開いた。
「よう。ウイカ」
成功した。
目の前にウイカ。そしてその奥に西洋の伝承で見かけるようなドラゴンが構えている。これまた随分大きな敵を相手にしているなとそれだけで気圧されながらも、俺はウイカへ視線を送っていた。
彼女も目を丸くしてこちらを見ている。
「あ、荒城くん……?」
「悪い、遅くなった」
いつもの魔法少女コスチュームに身を包んだウイカだが、既に交戦状態だったのだろう。あちこち煤汚れているし、背中のマントが半分焼け焦げている。
戦いの最中に現れた俺を見て、ウイカは少し顔をムッとさせた。
「なんで、来たの」
もう関わらないでと言ったのに。そう目が主張している。
俺は一瞬言葉に詰まった。結局みんなに背中を押されてここまで来たが、明確に答えを持っているわけではない。
それにこの状況ではゆっくりお喋りともいかないだろう。敵のドラゴンが大きく口を開く。
ウイカもそれに気づいて、急いで動いた。
「荒城くん、こっち」
「お、おう!」
俺の手を引いて走り出すウイカ。付き従ってその場を離れると、先ほどまで俺たちがいた場所にドラゴンの熱線が飛んできた。轟音と共に周囲が焼かれ、紫色の禍々しい炎が辺りを包む。
相変わらずとんでもない敵と戦っているなと思った。あんな巨大で勇ましいドラゴンを見て臆せず立ち向かうなんて、やっぱり怖くなるが……。
ウイカはドラゴンから少し離れて物陰に隠れると、様子を見ながら言った。
「もう一回聞く。なんで来たの」
やはり怒っているようだ。言葉数は少ないが俺への睨みを利かせている彼女を見て、俺はもう一度自分の気持ちを整理する。
ここまでの数日間、彼女に拒絶されたことに俺はショックを受けていた。友人としての関係を諦めて元の生活に戻ることは難しくないはずなのに、それをどうも自分自身が許せない。
だが覚悟はできなかった。学校で顔を合わせても直接話す勇気は出なかったし、もう一度彼女に否定されたら俺の心が折れる気がしたから。
それでもだ。
「ウイカに関わらないでと言われてから、色んな人に俺の気持ちを聞かれた」
ドロシーさんは、ウイカへの想いを大切にしろと言ってくれた。好きだとかなんとか言う話はよく分からなかったが、本人に拒否された後も悩んでいるならばと。
幸平は、放っておけないならそれが俺の本分だと言っていた。危ないことからは手を引くべきだと言いつつも、少しでも気にかけているならばと教えられた。
真凛は、どうせ見て見ぬ振りはできないんだと俺の本質を突いた。彼女の拒絶を尊重しようとする優しさと、それでも助けたいという気持ちの両方を見抜かれた。
「俺は、お前が本当に拒否するならそうすべきだと思っている」
「じゃあ、答えは同じ」
「違う」
彼女が非情に徹しようとしてくれているのは分かっている。俺が戦わずに済む方法を選んでくれた。
けれどそれは、ウイカが戦い続けるという選択だ。彼女の寿命が失われていくことを俺は絶対に認めない。それが彼女にとっての矜持だとしてもだ。
だから聞きたい。
「ウイカの、本当の気持ちを教えてくれ」
「本当の……? 私はずっと言ってる」
それでも食い下がるウイカに、俺は問いかける。
「俺と一緒にいるの、嫌だったか?」
俺が真っ直ぐウイカを見る。前に彼女の部屋で聞いた時は視線を逸らされ、ウイカの世界に俺は必要ないんだと伝えられた。
でもあの時は俺を突き放す選択しか彼女には無かったはずだ。
「部隊の戦闘員、ウイカ・ドリン・ヴァリアンテとしてじゃなく。友達のウイカとして答えてくれ」
「……っ」
念押しして彼女の返答を待つ。
また視線を逸らされないように、俺は一歩ウイカのもとへと近づいた。
少しの沈黙。遠くで敵のドラゴンが咆哮するのが聞こえる。この場所も一時凌ぎに過ぎないし時間は決して多くない。
ウイカが重い口を開いた。
「嫌じゃ、ない」
良かった。
たとえ以前の必要ないという答えが嘘じゃなかったとしても、俺のことが嫌なわけではない。
なら大丈夫だ。
「でも、荒城くんには戦ってほしくない」
「ウイカ。これも聞かせてくれ。学校での生活は楽しかったんだよな?」
「それは……うん」
これは前回も聞いていた。
知らない世界を知って、みんなが優しくしてくれて。そんなキラキラした世界がすべて楽しかったからこそ、戦うことしか知らない自分が揺らぐのが怖かったんだと言ってくれた。
それも変わっていない。
「じゃあ、やっぱ俺も一緒に戦うよ」
「なんでそうなるの」
彼女が疑問の目を向けてくるが、ようやく俺の気持ちは固まった。
ウイカは学校での生活を楽しんでくれている。そして俺と一緒に過ごすこと自体も嫌ではない。
そしてウイカは、獣魔討伐部隊“アザラク・ガードナー”の戦闘員。戦うことを使命としている。
そのどちらも否定しない。
「戦うウイカと、学校でのウイカに差なんてない。ならこれからも一緒にいればいい」
そう。線引きするからおかしいんだ。
戦う格好いいウイカも、学校でちょっと抜けているウイカも本当なのだから、どちらかを切り捨てる必要なんてない。
結論付けた俺にウイカは反論しようとして、上手く言葉が出てこなかったようだ。
「でも、あなたの普通と私の普通は違う。私は、戦うことでしか……」
「戦うことが本当でもいいじゃん。学校を楽しむことだって誰にも否定させない」
「違う! 私は、荒城くんのことも否定した」
「別に気にしてないよ」
これは嘘だ。正直めちゃめちゃ傷ついた。
でも許す。今こうしてもう一度話せているんだから何の問題もない。
まだ何か言いたそうに口をパクパクさせているウイカだが、何度か言葉を呑み込んで悩んでいた。何を言われても受け止めてやろうと俺は構える。
伏し目がちになるウイカ。
「私……」
彼女から本音が聞きたい。
俺が隣で戦うことを本気で断りたいならそうしてくれてもいい。もう一度断れればモヤモヤしつつも俺は受け入れるしかないだろう。
だが、その前に全部を聞かせて欲しい。
ウイカが、口を開く。
「私、生きてもいいの……?」
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