第26話 君の隣で戦う勇気を
戦って命を消耗することしか知らなかったウイカにとって、生きるという行為は優先順位が低い。それが俺たちの普通と違いすぎて、俺とウイカの間には理解し合えない亀裂が生じた。
けれど、彼女は俺と同じ学園生活という日常を楽しむだけの感性があって、それは他のみんなと変わらないものだ。部隊に使われる道具じゃない、ウイカだって人間なんだ。
だから、質問の答えはこれしかない。
「それは、俺は知らない」
「えっ?」
俺はウイカの頭を撫でてやる。小さくて華奢な体が突然のスキンシップにピクりと跳ねたが、気にせずわしゃわしゃと髪で遊んでやった。
「生きていいのか、生きる意味は自分で見つける。俺たちはみんなそうしてる」
「自分で……?」
俺を見上げるウイカは、明確な答えが貰えず少し不満そうだった。
そこから悩んで、何度か俺の顔をチラチラと確認している。
遠くからドラゴンが飛び立つのが見えた。上空から俺たちの姿を捜せば、おそらくすぐに見つかってしまうだろう。時間はもうない。
「よし、考えるのは後だ! まずはあいつをどうにかしないと」
「う……うん」
思考を名残惜しそうに諦め、ウイカは空へと上がったドラゴンへ視線を向ける。
「あれはリントヴルム。ドイツ圏で伝説になっているドラゴンの一種」
「まーた大層なヤツが出てきたな……」
これまでの敵よりもフィクション感が強く感じるのは、そのまま過ぎる竜の見た目のせいだろうか。漫画から飛び出してきたのかと思えるほど分かりやすいシルエット。巨大な翼と黒い鱗に覆われた体、長い首の先には二本角が光る頭部があり、時折その口から咆哮と炎を吐き出している。
やっぱり、何度対峙しても獣魔は怖い。逃げ出したくもなる。
それでも決めたのだ。俺はウイカの傍にいると。
「そうだウイカ。これだけは言っておくぞ」
「何?」
こちらに純粋な目で疑問を向けてくるウイカに、ちょっとだけ気恥ずかしくなりながら言う。
「俺が此処に来たのは、お前の境遇を憐れんだり同情したからじゃない。ましてや、俺が持っている謎の力でお前を救ってやろうなんてことでもない」
ウイカの部屋で話し合った時、俺はこれが言えなかった。
自分が何故戦うのか。彼女を守りたいと思うのか。その答えをあの時の俺は持ち合わせていなかったから。
でも色んな人に助言してもらって俺の中に曖昧だが確実な答えが出た。矛盾しているかもしれないが、本当にそんな捉えようのない答えだ。
「俺はな、お前の隣にいたいんだ」
「……何それ?」
「分からん!」
結論を力強く答える。いや、これが答えなのかは微妙なところだけど。
なんでだか知らないが、俺はウイカと一緒にいたい。危なっかしくて目が離せなくて、でも戦うことに一所懸命で芯がある少女。普段は無表情なのに美味しいものを食べれば目を輝かせて、プレゼントを貰えば小さなものでも感謝する。真剣な時は格好いい。
そんなよく分からなくて、謎が多すぎる女の子。
俺が救うんじゃない。俺のモヤモヤした退屈な日常を救ってくれたこの魔法少女の、隣に立っていたい。
それが俺の答えだ。
「荒城くん、答えになってない」
「そうだ。だから、理屈なんて聞くな!」
俺のハッキリとした曖昧発言に、ウイカがクスりと笑った。
「うん。私も、隣にいてくれると嬉しい」
「マジか! ……邪魔じゃないよな?」
「たぶん邪魔だけど、いい」
「あのなあ!」
前も同じやりとりをした気がする。
俺たちは互いに見合わせて、どちらからと言わず笑い合った。
そして、ウイカが表情を真剣なものに変える。これで俺たちの談笑は終わりだ。
「リントヴルムは火を操るドラゴン。正直、私とは相性が悪い」
「そういう、有利不利みたいなのがあるのか」
「うん。でも、荒城くんの魔法は多分通用する」
俺の魔法……は、あれ何なんだ。
光、いや雷か? とにかく火の属性でないことは確かで、同属性対決じゃないから効きやすいということなのだろう。
しかし、そう言われても困った。
「ここに来るゲートは何とか開いたけど、正直あれをまた撃てと言われると自信ないぞ」
「大丈夫。私が隣にいる」
なんとも頼もしい言葉で頷くウイカ。
そう言われると、男として頑張るしかないよな。
「どうせやらなきゃ危ないんだから、やるしかないか」
「うん」
俺たちはタイミングを見合わせ、二人揃って路地裏からリントヴルムの前へと飛び出した。
空中から俺たちの姿を見つけたリントヴルムは耳を劈くほどの咆哮。一気に急降下してくる。
「前も言ったけど、荒城くんは魔力で傷を治せるかも分からない。怪我はしないで」
「キッツいけど、了解……!」
言いながら、飛び込んでくるリントヴルムを避けるように移動を開始。ウイカと二手に分かれて相手の行動を攪乱する。
ウイカが呪文を詠唱。彼女が魔法をイメージするのに必要なフレーバーだ。
「我が炎を以て悪しき魔を穿て。――インファナルフレイム!」
持っていたステッキから火炎が炸裂。敵の鱗に直撃しながら辺りに熱を拡散していく。
だが、やはり話どおり効いていない。弾かれた炎は敵の体表に焦げ跡すらつけられずに消失していく。
だがこれはあくまで目くらましだ、火の魔法が効かないのは分かっている。本題は俺の方。
リントヴルムの視線がウイカに向けられている間に集中。光の刃が敵を撃ち抜くイメージを作る。
魔法の流れを意識して……。
「あ、あれ」
駄目だ、前のような光のオーラが出てこない。
そうしている間に、リントヴルムの首がくるりと反転して俺を見た。まずい。
「避けて! ブレイズクロウ!」
叫びながら、ウイカが次の魔法を発動。その左手に巨大な炎の爪を形成して、そのまま敵の首元を掻っ切るように振るう。
攻撃は再び強固な鱗によって弾かれるが、視線はウイカの方へ向き直った。
俺は助けられたことに感謝しつつ敵の視界に入らないよう移動。
「ヤバいな、やっぱり練習も無しに使いこなすのは無理かも……」
魔法を生み出すイメージ自体は、スペルフィールドへの扉で成功している。前回の戦闘で魔法を使ったという成功体験もあるので想像自体はできるはずだ。
ただ、あの時とは状況が違う。
以前はウイカのピンチでスイッチが入って、俺の中に変な声が聞こえた。何故か自分はその力を知っている気がして、その直感のままに動いて魔法を操れた。あんな説明不可能な発動は簡単に再現できない。
どうする、ウイカの手助けになれる何かを一つでも生み出せれば。
「なんか出ろなんか出ろなんか出ろなんか出ろ!」
言いながら無茶苦茶に魔法を考える。指からビームでも電撃でも爆発でもいい、とにかくこの場を変える力を。
しかし、出せない。現状は変わらない。
「クッソ! なんで……!」
リントヴルムがその口に溜めた炎を吐き出す。ウイカはそれを懸命に避けるが、既に半分焼かれていた背中のマントに引火。彼女は急いでそれを脱ぎ捨てると、流れる汗を拭った。
ステッキから火炎弾が飛び出す。リントヴルムに直撃。無傷。
相性が悪いとは言っていたが、相手が強すぎる。ひっくり返せるパワーバランスじゃない。
ウイカは炎の魔法を地面に叩きこんだ。地面の各所から火柱が上がり、その眩しさと熱でリントヴルムの視界を遮る。
相手がこちらを見失う。ぐるりと首を動かして吼えた。
その間にウイカが俺のもとへと走ってくる。
「すまんウイカ! やっぱすぐには……」
「うん。大丈夫、落ち着いて」
俺の隣に立つウイカ。
そして、そのままゆっくりと――俺の右手にウイカの左手を絡めてきた。
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