第24話 それでも

 翌日。俺が登校して教室に入るや否や、真凛が飛び込んできた。


「ねえイサト!」

「なんだ朝から騒々しい」

「ウイカちゃん、また休みだって。何か聞いて……なさそうね、その顔は」


 まだ始業ベルも鳴ってないし登校前なだけなんじゃないかと思ったが、真凛はスマートフォンを取り出してメッセージアプリの画面を眼前に押しつけてきた。

 確かに、ウイカが今日休むことを真凛に伝えている。真凛から「どうしたの?大丈夫?」と返信しているが、そちらは未読のまま放置されていた。

 なるほど。これで心配したわけだな。

 俺から見れば何が起きたかは一目瞭然。またしても獣魔が現れてその対処に向かったということだろう。

 そう思いながらも、俺は一旦腰を落ち着けようと自分の座席に手をかけた。

 が、そこで真凛に首根っこを掴まれてしまう。


「なに普通に座ろうとしてんのよ! 来なさい!」

「いや、来たばっかだし座らせてくれよ……」


 俺はぐいぐいと引っ張られて廊下を抜け非常階段まで歩く。

 もうすっかり夏の日差しになった炎天下の踊り場は蒸し暑く、俺は気だるくなりながら真凛の方へ向き直った。

 真凛は仁王立ちして俺を問い詰めてくる。


「何があったわけ?」

「いや、俺は何も聞いてないぞ」


 嘘は言っていない。獣魔討伐に向かったことは想像に難くなかったが、それは過去の状況からの憶測だ。ウイカとは数日間一切メッセージのやりとりをしていない。

 真凛は俺の顔をまじまじと見つめて、そこから深く溜め息をついた。


「あのねえ、イサト。あたしだって色々と察するところはあるわけよ」


 やれやれといった調子で首を竦める真凛。その動作をじっくりと見る俺。

 最近はウイカ本人に始まり、ドロシーさん、幸平、そして真凛と二人きりで会話をする機会が非常に多い。ジェラルド司令もそうか。そのどれもがウイカと俺に絡んだ話で、結局モヤモヤした感情や言えない事情が多くて困っている。

 関わるなと言われたから関わっていないのに、どいつもこいつもウイカじゃなくて俺を問い詰めないで欲しい。


「で? なんで喧嘩してんの?」

「喧嘩って……喧嘩になるのかな、これ」

「煮え切らないわねえ」


 真凛に問われて俺は何と返していいか困った。

 喧嘩なのだろうか。確かにあの日、ウイカの部屋で俺は彼女を泣かせてしまったが、それも含めて色々と状況が複雑すぎる。

 真凛になんと言っていいものか。

 いっそのこと、ウイカの真実を全部伝えてしまうのはどうだろう。幸平の時も少しはそう考えたが、それ以上に真凛はウイカとも仲が良い。俺たち二人の共通の友人としてすべてを知ってもらった方が動きやすくならないだろうか。

 悩みに悩む俺に、真凛は話し始める。


「イサト、覚えてる? あたし達と幸平が仲良くなった日のこと」

「なんだ突然。そりゃ、忘れるわけないけどさ」


 急な思い出話だ。

 俺は若干戸惑いつつも、過去を思い耽る。

 元々、俺と真凛は小学校からの付き合いだった。男友達のように接してきて、それが変わらないままここまで関係が続いている。

 そんな俺たちが中学に入った時、一緒のクラスになったのが幸平だった。大柄で強そうな見た目をしているわりに泣き虫で気の弱い男だった幸平。クラスの悪童たちにちょっかいを掛けられてはメソメソしていたのをよく覚えている。

 本人にとっては苦痛だっただろうが、イジメと呼ぶほど大層なことでもない。他の人と比べればからかわれる頻度は高かったとは思うが、クラスでじゃれていると言われればそれまでの雰囲気だった。

 だが、ある時そのちょっかいが度を越えてしまった。幸平の財布が盗まれ、カツアゲ染みた行為に発展したのだ。

 話の一部始終を聞いていた真凛が相談してきたこともあり、俺は流石にクラスの問題として見て見ぬ振りができなくなった。幸平が俺のことを厄介事に首を突っ込む性分だと思ったきっかけは間違いなくこれだっただろう。


「イサトはさ、幸平のためにめちゃめちゃ頑張ったじゃん?」

「普段喧嘩なんてしないから、俺の方がボッコボコにされて酷ぇ目にあったけど」


 思い出して苦い笑いが出る。

 幸平とイジメっ子たちの間に飛び込んで大立ち回りをした俺は、正直大して役にも立たず袋叩きにあった。逆に、俺に感化された幸平自身が反撃を始め、その大きな体から腕力を振るって反撃。彼らは散り散りになって逃げだした。

 助けたのか助けられたのかもよく分からないまま俺と幸平は互いに笑って、それ以降関係はずっと続いている。


「それで、なんでまたこんな話を」


 喧嘩の一部始終を見ていた真凛も含めて三人で過ごすようになってから三年。俺たちの間であの頃の話はそんなに出てこない。

 度合いはともかく幸平にとっては辛い記憶だろうし、俺も助けに入ったことを英雄譚として語るほど自分を評価していない。結果として役に立たなかったしな。

 そんな話を今になって真凛が持ち出してきたのが不思議だった。


「イサト。ウイカちゃんがなんで休んだか、本当のこと知ってるわよね」


 普段は大雑把であっけらかんとしている癖に、こんな時だけ勘の鋭いヤツだ。


「で、ウイカちゃんのこと放っておけないんでしょ? イサトはそういうヤツだから」

「……そのつもりだった」


 言うつもりはなかったが、気がつくと一時の迷いで真凛へ吐露していた。


「ウイカに関することで、俺が助けに入った。あいつも一度は喜んでくれたと思ってた」

「やっぱ、なんかあったんだ」

「でも、ウイカ自身に拒否されたんだ。今後は関わらないで欲しいって」


 一度口をつくと、どんどんと感情が漏れ出てしまう。

 事情を知らない幸平には上手く話せなかったし、ドロシーさんは心の内を明かして相談するような間柄じゃなかった。

 真凛にだって魔法のことは何も教えてないが、何故か彼女にはつい吐き出したくなってしまう。


「お節介であいつを傷つけたのかもしれない。俺、あいつの事情を知っているようで全然知らなかった。上手く……手を伸ばせなかった」


 俺の言葉を、真凛は目を閉じて聞いていた。

 表情を見られていないことが逆に安心になっている。たぶん今の俺はあまり良い顔をしていないだろう。


「ウイカの事情は、踏み込みすぎると俺も巻き込まれるような内容だった。だからあいつは、俺を遠ざけるために拒絶してくれたんだと思う」

「……そっか」


 真凛はそのまま穏やかに微笑んだ。


「でも、助けたいんだ?」

「そう……なのかな」


 言われてもはっきりと返事ができない。俺はずっと、色んなものに対して答えを出すことが苦手だ。


「ウイカちゃんが優しさでイサトを遠ざけた。だからイサトは、その優しさを無碍に扱うことになっちゃうんじゃないかって不安になって、最後の一歩が踏み込めないんだよ」


 買い被りだ。俺はそんなにできた人間じゃない。ただ拒絶されたことに対してショックを受けているだけだ。

 でも、真凛はそんな俺の気持ちをオブラートに包みながら説明してくれる。


「どう? じゃあ、言われたとおりにウイカちゃんのことは見て見ぬ振りをする?」

「……」

「できないでしょ。それがイサトだもん」


 それが俺の本分、か。


「幸平にも似たようなこと言われたな」


 あと、ドロシーさんにも。

 全員同じことを言ってくる。それでもと俺が不貞腐れているところで、また背中を押してくれる。

 そうだ。何度考えても同じ。

 俺はウイカに手を貸してやりたい。たとえそれが本人の望む形じゃなかったとしても、一度関わった相手を今更見過ごすことなんてできない。

 ……好きとか嫌いとか、そういうのはよく分からないけど。


「お、ちょっとはスッキリした? 表情変わったじゃん」

「少し。みんなのおかげだな」

「せっかくならそこは、真凛のおかげだって言って欲しかったけど」


 むっと頬を膨らませる真凛。こういうちょっとお道化た態度も含めて、空気作りの上手いやつだ。

 さて、と真凛はキリッとした表情を見せる。


「どこで何してるのか知らないけど。今からウイカちゃんのところに行ったら間に合う感じ?」

「分からん。……けど、行くよ」

「よーし、行ってこい! ウイカちゃんを泣かせたらあたしが承知しないからね」


 俺の背中をポンと叩く真凛。陸上部で活躍する幼馴染の力強い激励は、少しだけジンジン響いた。

 力強すぎ、とツッコむのは後にして俺はグッと親指を立てる。


「マジで、ありがとな」

「先生には早退したって上手く言っとくから。ウイカちゃんのことは任せた!」


 こいつ、マジで良い女だなあ。

 俺は真凛に見送られながら、登校してくる他の生徒たちと逆方向に向けて走り抜けた。

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