第23話 君への感情

 ドロシーさんに続いて、また言われてしまった。


「待てって! 俺とウイカはそういうのじゃない」

「フフッ。何も恋愛とは言ってないよ、僕もウイカさんのことは好きだし」


 こいつ、かまをかけやがった。

 確かにウイカのことは気にかけている。だがそれは友人としてだ。

 大切な友達だという点では幸平や真凛と変わらない。ただウイカはそれより危なっかしくて、その分だけ多めに様子を見ている。俺はそれを親心のようなものだと思っているが、結果として他の人より世話を焼いているように見えることもあるだろう。

 ただそれだけだ。幸平の含みのある言い方とはどう考えても違う。

 俺があいつを特別な感情で見ているかのような誤解は勘弁願いたい。

 抗議の目をしている俺を知ってか知らずか、幸平は柔和な笑みを崩さず続けた。


「ウイカさんが何をしているのかは知らない。僕は深く問わない。だけどねイサト、僕らは学生という身分だ」


 ここで、本分は勉学だという話に戻ってくるのか。


「危ないことをしているなら、手を引くべきだと思うよ」


 ずばり、俺の抱えることにしっかりと触れてきた。

 そう。ストッパーたる男、佐武幸平ならそう言うだろう。

 俺が悩みの内容を大きく打ち明けずともここまで読み取って答えを提示してくれる。凄いやつだ。俺はこいつのコミュニケーション能力や空気の読めるところを本当に尊敬している。


「アドバイス、サンキューな」


 俺はあくまでも軽く、そう答えるしかなかった。

 ウイカが危ないことをしているなら手を引くべき。なんとも単純だが確実な回答だろう。

 俺とウイカは出会って三週間ほどの関係だ。この六月を少し共にしたに過ぎない。

 大切な友人だと言ってもただそれだけで、命を懸けて彼女を守ろうなんて大仰な決断をする間柄じゃない。

 学生の本分は勉強。まったくその通りだ。俺は普通の生活に戻って勉学に励むのが極めて正しい選択だろう。


「……ただね」


 再び幸平が口を開く。てっきり先ほどのアドバイスで終わりかと思っていたので、少し面食らった。


「僕がこう言って、それでも今ウイカさんがやろうとしていることを少しでも気にしているなら別だ」

「別?」


 急に意見が反転したので、俺は呆けた疑問を返す。

 幸平はニコりと笑った。


「今もウイカさんを放っておけないと思うなら、そっちが君の本分だと思うな」

「おいおい。まさに今意見が変わったぞ」


 結局俺にどうしろと言っているんだこいつは。

 言いたいことを言い終えたという感じで、幸平は校舎に向けて歩み始める。


「どう? 少しは参考になったかい?」

「ああ。だけど余計に悩むことになった」

「今の話でまだ悩んでるなら、答えは出てるけどなあ」


〇 〇 〇


 幸平からアドバイスを受け、俺はさらにぐるぐると思考を巡らせていた。

 ここ最近は放課後も一人で帰路につく日々へ逆戻りし、今日もまっすぐ家に帰ってきて自室のベッドでゴロゴロと考えをまとめようとしている。

 ドロシーさんは、部外者の俺が部隊で活躍すると魔法少女たちの立つ瀬がないのでできれば関わってほしくないという思いを話した。

 その上で、ウイカへの想いが本物ならそれが真実だとも。

 幸平は、危ないことには首を突っ込むべきではないと告げた。ウイカが何をしているかは知らないが学生なら勉学の方に励むべきというアドバイス。

 その上で、ウイカを放っておけないならそっちが本分だと。


「どいつもこいつも、俺がウイカへ何を抱いてると思っているんだ」

「なに兄貴、恋煩い?」

「うわっ!?」


 いきなり声をかけられて俺はベッドの上で跳ね上がった。

 ベッドの隣に中学一年生の妹、荒城あらき紗良さらが音もなく立っている。紺のセーラー服に身を包んだ姿で、セミロングの髪は緩いパーマでふんわりまとまっていた。


「お、お前! 部屋に入るならノックぐらいしろ!」

「別にいいじゃん。あ、エロいことしてたならごめんね」

「してねーよ!」


 まったく悪びれる様子もなく部屋へ転がり込んできた妹は、俺の顔を見つめて意味ありげに笑った。


「で? ウイカって誰、彼女?」

「お前に話しても仕方ないだろ」

「えー? 教えてよー」


 俺の体を揺すって駄々をこねる紗良。やめろ鬱陶しい。

 しばらく彼女の手に揺られてふらふらとしていたが、やがて向こうが飽きたのか解放された。


「俺の部屋に何のようだ?」

「ああ。漫画借りに来ただけ。あんまり静かだったから兄貴いないのかと思ったら、ベッドでとんでもなく渋い顔してたから観察してた」


 観察て。というか俺がいないと思ったのに勝手に部屋入って漫画借りて行くな。

 まあ、紗良がこんな調子なのはいつもと変わらないので言っても仕方ない。彼女は自由奔放に本棚から数冊の本をチョイスすると、ゆるゆると部屋の入口へと戻っていく。

 そこでくるりとこちらへ振り返った。


「兄貴さ、好きな人できた?」

「は? いや、お前までその話するのか」


 いよいよ以て全員に勘違いされている。

 なんだ? 俺から変なオーラが出ているのか?


「この前、夜中にこっそり出掛けてたでしょ」


 なんのことかと思ったが、ウイカが学校を休んだ日の話か。

 確かにあの日は夜に彼女への連絡がついて、居ても立ってもいられずその時間から公園まで会いに出た。


「スマホをよく気にするようになったし、こいつぁ何かあるなと紗良探偵は睨んでたのさ」


 我が妹はしたり顔でそう言った。なるほど観察眼はしっかりしている。

 だが誤解だ。断じてそのようなことはない。


「なんもねーよ」

「うーん? そうかなあ」


 紗良は俺の顔をまじまじと見ている。

 どれだけ見られても俺から他の回答は得られないぞと思いつつ、しばらく考え込むような顔をしている妹を見つめ返していた。

 しばらくして紗良は、まあいっか、と呟いて思考を放棄。

 その上で軽く指摘してきた。


「でも、兄貴なんか明るくなったよ」

「明るい? 絶賛考え事の最中なんだが」

「いいじゃん。何も考えないより、考え事している方が人生豊かな証拠さ」

「なんだそれ」


 言うだけ言って、妹は嵐のように去っていった。

 考え事している方が人生豊か、か。中々どうして格言めいたものを残していく。

 ドロシーさんも最後には悩みたまえと言い残していた。俺が考え抜いた先に答えはあるのだろうか。

 俺にある選択肢は二つだ。

 一つは、魔法少女や獣魔についてすべて無かったことにする。ウイカとの関係も放っておけば関わりがないことに慣れてくるだろう。俺が魔法を使えるという話だって、使おうとしなければ大きな問題はないはずだ。

 もう一つは、これ以上関わらないでと言ったウイカを無視して彼女と一緒に戦うこと。それをして何になるのかはさっぱり分からない。自分が危険な目にあってどうするのかという気持ちもあるが、俺はこれを第二の選択として捨てきれない。


「今も悩んでいるなら、答えは出ている……かあ」


 幸平の言葉を復唱して、俺はふうと息を吐き出す。

 窓を見ると外の景色はすっかりと暗くなっていた。帰宅した直後から今までずっとベッドの上で考え込んでいたらしい。

 今も悩んで答えを導けないのは、俺の中に引っかかるものがあるからだろう。それが何なのか自分でも分かりかねている。

 ただ、何となく。もう少しで答えを出せそうな気がした。

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