第22話 全部お見通し?
アザラク・ガードナーを訪問してから既に数日が過ぎた。
あれからウイカと話をしていない。クラスで会った際に素っ気なく挨拶はするが、休み時間になるとウイカはふらっと外に出ていくし、関わらないでと言われた手前俺もどうしていいか分からなかった。
で、俺たちが突然距離を置き始めたので、当然幸平や真凛をはじめとしたクラスメイトも何事かという空気になっている。
「イサト、結局……何があったの?」
昼休み、食事をしながら心配そうに声をかけてきたのは真凛だ。たぶんこの心配は、俺じゃなくてウイカに対してのものだが。
「まあ、ちょっとな……」
「もーう! 二人してそればっかり!」
どうやらウイカも問われて同じような返事をしたらしい。別に、とか言ったんだろうなというのは想像に難くない。
実際、部隊や魔法を絡めずに現状を説明するのは無理に近い。喩え話をしようにもうまく表現できるとは思えないし、真凛や幸平になんと言っていいのか分からん。
ウイカはその辺、上手くやれてるんだろうか。彼女のことなので、うっかり魔法について漏らしたりしていそうだが。
……って止め止め。今彼女の心配をしてどうする。
――でも、好きなんでしょ? ウーちゃんのこと。
ドロシーさんの言葉が頭に蘇る。
言われてもよく分からなかった。確かに拒絶されるより前、俺はウイカのことを知りたかった。でもそれは魔法に対する興味や憧れも強かったし、あいつが妙に危なっかしくて見ていられないところがあったからだ。
少なくとも、恋愛感情ではない……と思う。
大体、俺はセクシーな女性の方が好みだ。ウイカはあまりにもちんちくりんで、並んでいると中学生、下手すると小学生と一緒にいる気分になる。
そう。タイプじゃない。
なんてことを自分の中で何度か考えて、結局結論がよく分からなくなって止めるのを、この数日繰り返していた。
「ウイカちゃんと喧嘩してるなら、あたしが取り持ってあげるからさ!」
真凛が明るく提案してくれる。
「いや、そういうのじゃ……」
「まあまあ。二人の問題なら二人に任せるべきだよ」
隣で幸平がそういって真凛を止めてくれた。正直助かる。
しかし、他の人はともかく二人には少しぐらい事情を説明した方が物事が円滑に進むような気がする。そうもいかないのは分かっているんだが、現状が平行線すぎてついついそんなことを考えた。
気分が晴れない。ここ最近はずっと憂鬱だ。
チラりとウイカの方を見る。昼休みの彼女は村瀬ユミたちのグループに混ざって弁当を広げていた。初日は向こうでも俺とのことを聞かれていたようだが、気がつくとその話題は消えてなくなっている。
ふと、向こうも俺の方を見た。視線が一瞬重なって、どちらからともなく目を離す。
この数日間は、こんな牽制が互いにありつつ距離を置くしかなかった。
「イサト、ちょっといいかい?」
こんな調子の俺に対して、幸平はふと問いかけてきた。
「なんだ?」
「放課後、時間ある? 男同士、積もる話でもしようよ」
「いや、二人の問題は二人に任せるべきなんじゃないのかよ」
フッと笑う幸平に、俺は疑念を向けざるを得なかった。
男同士の話って、なんだ?
「何々? あたし抜きで何の相談よ」
突然輪から外されて顔をむくれさせている真凛。
しかし、幸平からこんな提案が出るのは珍しい。基本的に厄介事に対する仲裁役やストッパーとしての動きが得意な男だ、自ら話をしようと言い出すのは興味深いものがある。
魔法や部隊については話せないにしても、俺も少しは吐き出してスッキリしたかった。幸平の提案に乗ることにする。
「まあ、いいか。じゃあ放課後な」
「だーかーらー。あたし抜きで何の相談なのよ!」
〇 〇 〇
放課後の体育館裏。内緒話なら此処と相場が決まっている。
俺と幸平は連れ立ってやってくると、周りの目を気にしつつ体育館の壁にもたれかかるように立ち並んだ。
しかし何から話したものか。この会合を提案したのは幸平なのでそっちから話題を振ってくれると助かるのだが。
と思っていると、幸平はかなり意外なところから話を切り込んできた。
「もうすぐ期末試験だけど、勉強は進んでるかい?」
もっと踏み込んだ話をされると思っていたので、世間話すぎるジャブに面食らう。
「え? いや、あんまり……」
「それはよくないね。学生の本分は勉学だよ」
柔和な笑みは崩さず、幸平は説教臭いことを言った。
なんだ? どういう話をするつもりなんだろうか。
「イサトが、ウイカさんと何かしてるんだなーっていうのは見ていれば分かる。何してるのかは知らないけどさ」
「……すまん。詳しい話はできなくて」
「いいよ。誰にでも秘密はある」
言いながら、幸平の顔に暗い影が差した気がした。
秘密。魔法や部隊のことを秘密にすると言うのはウイカとの約束だ。そんなウイカから拒絶された俺は、この契約を律儀に守る必要があるのだろうか。
幸平なら信頼できるし、いっそ此処で話してしまったらどうなるだろう。
「もう一度言うけど、僕らは学校に勉強しに来ている。それが僕らの日常だ」
「日常、か」
急に核心めいた言い方をされてドキりとする。
ウイカの日常と俺の日常。ここまでウイカの世界にどう寄り添うかということばかり考えていたが、俺にだってテストもあるし、終われば夏休みも待っている。俺の日常があるんだ。
言われるまであまり考えてなかった。
「僕はね、イサト。揉め事や厄介な話には極力踏み入らないタイプだ」
「知ってるよ。それで助かることも多い」
「そう言ってもらえると助かる。でも、君は違うだろう?」
そうなのか? 自分の性格は自分であまり分析できていない。
違うということは、俺は揉め事に率先して首を突っ込むタイプなのか。そんなはずはないと思うが。
「君は普段素っ気ない癖に、困った人がいたら放っておけない。聞いたよ、この前の村瀬さんの話」
「え? いや、あれはウイカがどうしてもって言うから」
「じゃあ、俺は別にいいやって言ってその場から帰れたかい?」
確かにあの件は結果的に帽子探しを手伝ったが、状況をみれば断る方が難しかったと思う。
少なくとも率先してやったことじゃない。
「ウイカさんのこともそうだよ。放っておけないから仕方なく、じゃないだろう?」
おっと、そう来たか。
幸平は言いながら少しだけ目つきが真剣なものになった。どうやら本題に入ったらしいことを察して俺も少し身構える。
「イサトは、なんだかんだ言いながら面倒事に手を貸す良いヤツだと思ってる。だけどこれまでは、嫌々だけど仕方なく、という建前だった」
「建前じゃなくて、本当に仕方ない場面が多いんだ」
「はいはい」
苦笑して軽く流す幸平。いや本当なんだぞ。
「でも、前にも言ったけどウイカさんのことは違うと思う。誰かの面倒を率先して見ている姿は珍しい」
「そうなのか? あれも小柳先生に頼まれて仕方なくだったが」
「イサト。君は嘘が下手だ、すぐ顔に出る」
幸平の目が先ほどまで以上にキリッと鋭くなる。これまでの脱力した雰囲気が一転して会話に緊張感が生まれた。
ゴクりと唾を呑む俺。
「イサトがそうだと言ったから、僕は君とウイカさんが親戚であることも一旦納得した」
「お、お前。気づいてたのか」
「でもその上で。君は彼女のことを気にかけすぎてる」
幸平はこんなにも鋭いやつだったか。俺は全部を丸裸にされそうでドキドキしていた。
次にこいつが何を言い出すのか。
それは俺自身が自覚していない俺の真実な気がする。
幸平は、少し間を置いてから言葉を発した。
「ウイカさんのこと、好きなんだろう?」
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