第29話 部隊参加

 あの戦いから数日。俺はアザラク・ガードナーの施設に再びやってきた。

 正式な手続きを執り行い部隊の一員となるためだ。


「歓迎しよう、荒城勇人くん」


 大して感情が動いていなさそうな静かな口調でジェラルド司令が加入を祝う。

 以前にもやってきた大きなモニターのある司令部のような部屋。今度は下がることなく隣に立っているウイカと共に、俺は参加を受諾される。ウイカはやっぱり俺の部隊参加に複雑な顔をしていたが、こればかりは無理やりにでも彼女の隣にいると決めたこちらのエゴなので口は挟ませない。

 ジェラルドは改めて現状を説明した。


「さて荒城くん。君にはウイカとバディを組んで日本の防衛を担当してもらう」

「バディ?」


 ウイカと一緒に行動するのはまったく問題ないが、バディというシステムがあるのか。

 俺が疑問に思うと同時に隣のウイカが解説する。


「本来、魔法少女は二人一組で行動する」

「え? でもウイカは……」

「ああ、そのことか」


 ジェラルドがその低くしゃがれた声で疑問に答えてくれた。


「ウイカ・ドリン・ヴァリアンテは君に出会う少し前まで別のバディがいたが、彼女は獣魔との戦いで命を落としている」

「そ、そうだったのか……」


 ここまで命からがら獣魔との戦いに競り勝ってきた俺にとってはあまり実感のない話だったが、当然戦闘中に亡くなる人もいる。

 敵を倒してマナを吸いこめば回復できるとはいえ、勝てなければ傷だらけのままだし、寿命消費の話もある。以前、魔法少女らを消耗品のように表現するジェラルドの言葉に複雑な思いを抱いたが、実際戦って命を落とすのは珍しいことではないのかもしれない。

 どうしても人の死というものを上手く想像できず考えることを放棄していたが、ウイカも目の前でそうした経験をしてきたのか。


「気にしないで。魔法少女はみんなそれを分かってやっている」

「価値観の違いは理解してるつもりなんだが、やっぱキツいな……」


 特に憂いも動揺も無さそうなウイカの顔を見て、こういうところを誤解無く分かり合うのはまだ時間が掛かりそうだなと感じる。

 とはいえ、俺も戦う以上はある程度の覚悟をしないといけない。自分やウイカの命が危険に晒されることを承知の上で部隊に入るのだから。

 ジェラルドは説明を続けた。


「日本はこれまで獣魔の数も少なく一組のバディで防衛できていたのだが、ここ数ヶ月で状況が一変した」


 どうやら日本はウイカと元相棒だけで守っていたらしい。

 それで事足りていたのでウイカが一人になってもバディをすぐに補充せず様子見していたということだろうか。

 しかし、状況が一変したとは?


「獣魔の出現率は増加し、その強さも厄介なものになりつつある」

「日本は危険な状態、ってことか」


 俺が言うと、ジェラルドとウイカはそれぞれ頷いた。

 そして、ジェラルドは部屋の入り口に手を向ける。


「そこで、だ。入りたまえ」


 言うと、扉が開いて見知った二人の魔法少女が入ってきた。ドロシー・スターホークさんとルイス・ミラーさんだ。

 確か前に話した時に、今度日本配属になるんだと言っていた気がする。


「ヤホー。荒城くん、結局部隊に入っちゃったんだねー」

「……よろしく」


 気さくだが何処か壁を感じる言い方のドロシーさんと、端的に告げて最低限の会話で終わらせようというルイスさん。

 俺、やっぱ嫌われてる?


「ドロシー、ルイスのバディも日本配属になる。今後は四人で協力、また分担して日本の防衛を任せる」

「了解です」


 ウイカが答えたので、俺もとりあえず頷いておいた。

 実際、まったく知らない人たちと一緒になるよりはこの前話した分だけ二人の方が安心感はある。俺が距離をとられているのは一旦置いておいて、頼もしいのは確かだ。

 そういえば、ウイカと二人はどのぐらいの仲なのだろう。確かドロシーさんはウイカのことをウーちゃんと呼んでいた気がするが。


「ウーちゃんも、今後はよろしくねー」

「うん。まあ、そっちも頑張って」

「ウイカには期待していない。せいぜい邪魔しないように」


 あれ、こっちもあんまりよろしくない感じ? 口々に発する言葉すべてに棘があるような。

 なんだかギクシャクした面々の顔を見ながら、俺は少しだけ先行きが心配になった。


「さて、荒城くん。本来魔法少女はこの施設で暮らしているが、家族のいる君はそうもいかないだろう」

「あ、確かに」


 そう言われてみれば。

 俺はアザラクに住むわけにはいかない。他の魔法少女は基本的に身寄りもなく戸籍上も存在しなくなった女の子たちらしいが、俺は一般人で普段の生活がある。

 一応そこは配慮してくれるのか。非常にありがたい。


「君は普段の生活を続けながら、こちらの連絡を受けられるようにしてもらいたい。時には学校や家族団欒の最中に獣魔が出現することもあるが、可能な限り答えてもらえると助かる」

「……覚悟はしてます」


 俺が答えると、ジェラルドは大きく頷いた。


「それと、君が魔法を自在に操れるようドロシーに指導をお願いする。彼の学校が終わった後に稽古をつけてやるんだ」

「えー? あたしですかー?」


 唇を尖らせて抗議の色を見せるドロシーさん。しかし逆らうことはできないのかそれ以上の不満は出なかった。

 ドロシーさんはチラりと俺の方を見やって、不敵な笑みを浮かべる。


「んじゃー、ビシバシ鍛えてやりますか」

「お、お手柔らかにお願いします……」


 あの笑顔は完全にスパルタなノリだ。俺は早くも部隊での日々に怯え始めていた。

 と、隣で話を聞いていたウイカが手をあげる。


「ジェラルド。その稽古、私も同席していいですか」

「構わんが、ウイカに今更稽古など必要ないだろう」

「いえ、イサトとの連携も確認できるし、私の腕も鈍らせたくないので」

「止めはしない。好きにしろ」

「はい」


 突然稽古への同席を求めたウイカ。ジェラルドの言うとおりウイカに指導が必要だとは思えなかったが、一緒にいてくれるというならありがたい。

 そんなウイカの進言をみて、ドロシーさんはまた悪い顔して笑っている。


「えー? 荒城くんと、二人っきりがよかったなぁ」

「……だから、嫌なの」

「やーん。ウーちゃん嫉妬深ーい」


 二人の視線から火花が飛び散ってるのではないかという勢いでバチバチに争っている。

 頼むから仲良くしてくれえ……。

 そんなそれぞれの反応に素知らぬ顔をしてジェラルドは最後の言葉を告げた。


「それと、荒城くんのサポートも兼ねてウイカの学園潜入任務も継続する。以上だ」


 どうやらウイカはまだ公立香文高校の在校生でいられるらしい。

 その言葉を受けて彼女が静かにグッと拳を握ったのが見えた。

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