第28話 決着

 リントヴルムが急降下して迫ってくる。その鋭い牙に噛み切られないように俺たちは走り出し寸でで回避すると、ウイカの炎が相手目掛けて飛んでいった。

 今度はただの牽制ではなく、至近距離に降りてきたリントヴルムの瞳に向けて発射。

 流石に全身を硬い鱗で覆われているとはいえ、内部まで防御力が鍛えられているわけではない。その目に直接攻撃を食らったリントヴルムはもがくように暴れる。

 相手の動きがその場に固定された。ウイカが作ってくれたこの隙を見逃すまいと俺は魔法のイメージを固める。流れる彼女の魔力をしっかりと感じながら、光の刃を生み出した。


「貫けぇ!」


 その刃を槍投げの要領で投擲すると、回避の遅れたリントヴルムの体に直撃。激しい閃光と共に敵が弾け、両の翼がもぎ取られた。

 吹き飛んだ翼は地面に叩きつけられそのまま光の粒子となって消滅。粒子をウイカが吸い上げる。


「ナイス」

「おう!」


 淡々としたウイカの労いに俺はガッツポーズで答えた。

 リントヴルムは苦々しい顔でこちらを睨みつけている。既に半身は焼かれて翼ももがれているが、その戦闘本能は未だに衰えることを知らない。

 徹底的にやるって言うなら、受けて立つまでだ。

 リントヴルムは首を大きく動かすと、こちらに向けて口内から炎を吐き出した。轟ッ! と燃え上がる周囲の景色に呑み込まれないよう俺とウイカは逃げ回る。

 傷ついたリントヴルムの反撃は既にかなり鈍っていた。緩やかな動きをしっかり見定めながら、俺たちは相手の背後を取るために走る。


「イサト、次で決めよう」

「できるのか?」

「大丈夫。私を信じて」


 ウイカが力強く言う。俺はその頼もしさに満面の笑みで頷いた。

 リントヴルムの後ろに回り込むと、俺は再び目を閉じて想像力を使うのに集中した。相手をこの一撃で葬り去る、最大級の光を描き出す。

 リントヴルムが咆哮。恐らく背後を取った俺たちを見つけたのだろう。だが何かあればウイカが対処してくれるはずだ、俺はただ魔法を生み出すだけ。

 と、隣のウイカが不意に呟く。


「ねえ、イサト」

「なんだ?」

「前、部屋に来てくれた時。酷いこと言ってごめんなさい」


 俺は目を閉じたままだが、繋いだ手からウイカが少し強張ったのが分かった。

 あの時のウイカは、俺たちの関係を終わりにしようと言った。もう友達じゃないと。俺の日常や普通は必要ないと宣言した。

 だが、言われた時から分かっている。あれは俺が危険な目に遭わないようにこの魔法使いの世界から遠ざけようとしてくれていたんだ。

 さっきも伝えたが、気にしてない、と言えば噓になる。本当はメチャメチャ傷ついたし考えさせられた。

 でも、この結果がすべてだ。


「ウイカ」

「うん」

「……サンキューな」

「え?」


 謝るのに緊張していたウイカの手を強く握り返す。唐突な感謝に彼女が戸惑っているのが分かるが気にしない。

 この気持ちなら、できる。


「こいつで……終わりにしよう!」


 俺は目を見開き、リントヴルムに向けて光の熱線を放射した。

 ちょうど、相手も火炎の息を吐き出してこちらへ攻撃を仕掛けてきていた。光と炎のビームが互いにぶつかり相殺されていく。

 相手の方がまだ力が強い。二つの光線の交流点は少しずつこちらににじり寄ってきていた。


「負けない」


 ウイカが言う。彼女の手からより強く魔法が流れ出すのを感じて、俺はごくりと唾を呑んだ。

 グッと力を込めて敵の炎を押し返す。再び二つのエネルギーの鍔迫り合いは中間地点へ、そして相手側へと少しずつ押し込んでいく。

 いける。やっぱりウイカが隣にいてくれるなら、出来る。


「リントヴルム! これで、最後だぁ!」


 足を踏ん張り、歯を食いしばって光の出力をさらに上げた。耳に痛いほど響く轟音が周囲を包み、眩しい輝きの中でリントヴルムを確実に捉える。

 光線は完全に向こうへと押し切った。敵の全身を吹き飛ばして光の粒子に分解していく。

 グオォォォォオッ! とリントヴルムの断末魔が響いた。


「ハァ……ハァ……」


 しばらく光の眩さに目をしばしばさせながら、俺は息も絶え絶えに目の前の状況を見つめる。

 少しだけ波打つ不自然な空はもう昼近い位置に太陽を残していた。その明るさと、敵がいなくなってしんと静まり返った景色に俺は少し呆然として、そしてようやく実感する。


「勝った、な……」

「うん。おめでとう」

「何を他人事みたいに。俺たちの勝利だ、喜ぼうぜ」

「……やったー」


 まったく感情の籠っていない万歳を見せながら、ウイカはリントヴルムの体を構成していた光の粒を体に取り込んでいく。

 その様子を落ち着くまで眺め、俺たちは戻ってきた日常に少しだけ安堵して力を抜いた。


「いやしかし、マジで疲れた」

「イサト、寿命の消費は大丈夫?」


 ウイカが少し心配そうに見つめてくる。確かにジェラルドに言われただけで俺は自分の寿命を消費していないのか知らない。

 だが聞かれても何も分からなかった。試しに手をグーとパーに何度か切り替えて感触を確かめてみる。


「……分からないんだが」

「うん。なら大丈夫。魔力を消費すると結構倦怠感があるから」

「なるほど。倦怠感、か」


 俺も疲れてはいるが、たぶんそういう事じゃないだろう。

 ともかく。これでリントヴルムは討伐され、俺たちのわだかまりも少しは解消されたというわけだ。万事上手くいってめでたしめでたし。

 そういえば。


「ウイカ、なんで急にイサト呼びを?」

「ずっと名字呼び、違和感あった。私、真凛さんも幸平くんも下の名前で呼んでるし、二人もイサトのことをイサトって呼んでたから」

「そりゃ、まあ確かに」


 ウイカが真凛と幸平をなんと呼んでたかは意識していなかったが、最初に出会ったのが学校より前だったこともあって何となく名字呼びが定着していたように思う。

 にしたって突然だった。呼ばれた瞬間は面食らったぞ。


「それに」

「それに?」

「イサト呼びの方が、特別な感じがして、好き」


 彼女は少しだけ表情を緩ませた。

 俺は言葉の最後についた「好き」に少しだけ動揺し、何を考えているんだとかぶりを振る。

 断じて言うが、俺はウイカに恋愛感情を向けているわけではない。ただ、隣にいてほしいというか隣にいたいというか、友達として一緒にありたいと思っただけだ。


「す、好きとかすぐ言うな!」

「? なんで?」

「なんでもだ!」


 俺はウイカを窘めるように言う。彼女は釈然としない顔をしながらも一応頷き、スペルフィールドから脱出するためのゲートを開こうとする。

 そこでウイカは思い出したように言った。


「まだお昼前だけど、今から学校行く?」


 なるほど。大遅刻ではあるが、午後の二限ぐらいは受けられるだろうというタイミングだ。

 俺は少しだけ考えて、自分の疲労感や色々を加味しながらゆっくり答える。


「いや、もうこんな時間だし。せっかくなら飯でも行こうぜ」


 言うと、ウイカは目を輝かせた。


「うん」

「ウイカ、本当に飯好きだな」

「好き。……あっ。好きじゃ、いけない?」

「いやご飯の話は別にいいよ!」

「? なんで?」

「なんでもだ!」

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