第13話 魔法使いの生き方
ミルメコレオがウイカに向かって飛び掛かる。それをヒラりと往なして、彼女は敵の背に炎の弾丸をぶつけた。
一発、二発、三発。次々に相手へ火の玉を叩き込んでいく。
攻撃を食らったミルメコレオは勢いのまま道路の上を転がり、たてがみや体毛に引火して一気に炎上していった。
それでも相手は止まらない。火に呑まれながらも走る。
熱さを感じていないわけではないようで、時折悶えながらも確実にウイカに狙いを定めている。戦闘本能か執念か。
次の突進も彼女は寸でで回避しようとしたが、ミルメコレオは首をぐるりと動かしてステッキを持つ右腕に噛みついた。
「うっ……ぐ!」
ウイカが呻く。
腕に食い込んだ牙が明らかに彼女の皮膚を貫いている。苦悶の表情を見せるウイカ。
痛々しくて直視できない。
勢いのまま顔を大きく振ってミルメコレオは彼女を空中に放り出す。帽子が吹き飛び、体が投げ出される。腕から流れ出した血が空を雨粒のように舞う。
再び地面へ墜落、彼女は力無く倒れこんだ。
「ウイカ! 駄目だ!」
こんなの、隠れて見ていられるわけがない。
俺は無我夢中で飛び出し、傷口からの流血で濡れた彼女の体を抱え上げる。腕の怪我も勿論だが、地面に叩きつけられた打撲や擦過傷で全身が傷だらけだ。
目を開けないウイカ。気絶しているのか、それともまさか。
「しっかりしろ、ウイカ! とりあえず何とか逃げて――」
「……だめ」
俺の言葉に彼女が辛うじて反応した。薄く目を開いて視線が合う。
碧眼の澄んだ瞳が充血して少し揺らいでいた。
しかし、少しの会話時間すら許されない。ミルメコレオがこちらに向けて駆け出してくる。
どうする。今からなんとか集中してゲートを開けられるか?
現実世界で態勢を立て直して出直せば。だがこの怪我をすぐに治療できるのか。
そもそも魔法少女は組織で動いているんだろう、仲間が助けに来たりはしないのか。
頭の中がパンクしそうだったが、俺が何か案を考えるより先にウイカは俺の手を振りほどいて立ち上がった。よろよろとした頼りない動きで、それでも戦う意志だけは示している。
「馬鹿! 無理だって!」
「無理じゃ……ない」
左手に持ち替えたステッキを構える。血を流す右腕はだらりとぶら下がったまま力が入っていない。
ウイカはこんな戦いを繰り返してきたのか。
彼女に食らいつこうとして大きく口を開けるミルメコレオ。その内部に目掛けて再び火炎弾を発射。
弾はそのまま口へ飛び込み、爆発。敵の内臓ごと焼き尽くさんとする破壊力。
ミルメコレオが攻撃を受けてその場に倒れこんだ。金切り声のような絶叫をあげ、口から黒煙を吐き出している。
俺は必死にウイカへ訴えた。
「隙ができた、今のうちに避難しよう!」
「逃げない」
「っなんでだよ! そんな体じゃ戦えないだろ!」
必死に言う俺の言葉に、彼女は冷ややかな目で答える。
「戦えなくなったら、終わり」
「えっ?」
終わり?
確かに彼女が戦えなくなったらミルメコレオはスペルフィールドを破って現実世界に飛び出してくる。そうなれば一巻の終わりだ。
でもたぶん、そういうことを言っているんじゃない。
ふらつくウイカ。それでも敵から目を離さず、構えも崩さない。
「私は戦うための存在。戦えなくなったら、生きている意味がない」
「なっ……!」
そんなこと。
それが、彼女の日常なのか?
昨日も言っていた。戦うために生まれたのだと。そこに理由なんてないのだと。
分からなかった。自分の命を蔑ろにするのが当たり前なんて価値観があるのか。あっていいのか。
だから彼女の日常や色んなことが知りたくて、歩み寄りたくてこの戦いへの同行をお願いした。
だけど。
「なんなんだよ、それ」
結局、どれだけ聞いてもその考え方を呑み込むことはできなかった。
だってウイカはあの時言ってくれたじゃないか。
何故か分からないが俺が犠牲になるのは怖いと。友達だから死んでほしくないんだと。
じゃあ。
「そんなの、逆の立場だって同じだろ……」
生きている意味がないなんて言うなよ。
「ウイカが犠牲になっていいワケないだろ!」
俺の叫びも虚しく、束の間の隙は終わる。ミルメコレオが起き上がってきた。
肉が焼けるような焦げ付いた臭いと煙を吐き出しながらも、相手の動きが鈍った様子はない。口の中に炎を直接食らったのに平然と立ち上がってくる。
それをウイカが忌々し気に見つめている。
このまま戦って勝算があるようには見えないのに、ぜえぜえと苦しそうに息をしながらも相手を真正面に見据えていた。
敵が吼える。
「ウオォォォォオ!」
勝利を確信した余裕の雄叫びだと思った。
対するウイカも、相手を真っ直ぐ見据えて構えを解こうとしない。互いに臨戦態勢が続く。
だが次の瞬間。
彼女は体を支えきれずにぐらりとふらついた。
それを見たミルメコレオは一瞬のタイミングを見逃さず、牙を剥いて飛び掛かってくる。
「ッ! 間に合え!」
俺は倒れそうになった彼女の体を支え、戦いの前に託されたネックレスを構えた。五芒星の飾りが赤く燃えるような光を放って相手を弾き飛ばす。
「よし、効いた!」
相手が強すぎると護身にもならないと言われていたが、ミルメコレオはこのネックレスの防御効果で一度は追い返すことができたようだ。
目くらましの効力もあったのか、敵はその場で目を閉じて暴れている。
俺はウイカの小さな体をギュッと抱きしめた。彼女は抵抗してなんとか自力で立ち上がろうとするが、血が少なくなって俺を振りほどく余力も残っていない。弱々しい左手が俺の胸を押し返そうとしてくる。
もうやめてくれ。なんでそこまで頑張るんだ。
「俺が、この子を守れたら……」
限界ギリギリの状況で、思わず泣き言を口にしていた。
「何にもできない! たった一人、友達を守ることも!」
ウイカから貰ったネックレスを握りしめる。
光は既に失われていたが、魔力が溢れているのか五芒星から熱を感じた。
――いや。
これは、フィールドへと入る時にウイカが手を重ねてくれた時と似ている。
熱い力が俺の体に流れ込んでくるような。魔力が俺の体にも循環しているような感覚。
「ウイカ、これって」
「あら、き、くん……?」
戸惑うウイカの顔。彼女が何かしているわけじゃない。
頭がズキズキと痛み出す。思考の中に直接声が響いてきた。
「思イ出セ」
思い出す? 何を?
でも、俺はこの声を知っている。誰だ? 何か記憶にモヤが掛かっているような……。
声は続けた。
「オ前ハ。イヤ、オレハ。使イ方ヲ覚エテイル筈ダ」
「使い方……魔法のことか? 俺が?」
分からない。そんなもの記憶にない。
でも、現実で感じていた言い得ぬ感情が一挙にフラッシュバックしてくる。
自分の存在や能力に、何処か納得できない齟齬を抱いていたあの感覚。何か大事なものを忘れているような、失っているような。
中二病ね、と真凛は言っていた。俺自身もそう思っていた。
自分の中に特別な力が眠っていて、それが突然目覚める。そんなものは誰もが持っているただの痛い妄言なんだ。
だけど、俺は――。
「荒城くん? 何を……」
ウイカからそっと手を離して、俺は立ち上がる。
体中から光が溢れ出て、それが体を巡っているのが分かった。
そうだ。
「俺はこの力を、知っている」
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