第14話 守る力
そこからの俺はただ必死すぎて、力を使える意味や状況を考える余裕がなかった。
迫りくるミルメコレオに向けてがむしゃらに拳を構える。
すると体の周りを漂っていた光のオーラが動きに合わせて追随し、手の甲を飛び越え相手に放射。光が刃のように鋭く飛び出して次々とミルメコレオを切り裂き、相手の傷口から体が粒子のように分解していった。
効いている。その感触だけは間違いない。
後ずさりして体を震わせるミルメコレオ。それでも執念深くコチラを見定めている。
ウイカが心配そうな声をあげた。
「荒城くん、無茶だよ」
「いける。なんでか分かんないけど、できる」
彼女の言葉に反して、俺は何処から湧いてくるのか分からない圧倒的自信で勝利を確信していた。
再び追撃を狙って駆け出してくるミルメコレオを目で追う。
俺は目の前の虚空へ手を伸ばした。そこに武器があり、それを持ち上げるイメージを思い描く。
その想像を元に、柄の長い槍の形へと光がまとまっていった。ガシッと槍を掴み取る。
迫りくるミルメコレオに向けて振りかざし、今にも噛みつかんとする攻撃を薙ぎ払った。
槍先の刃に斬り飛ばされ、ミルメコレオが断末魔をあげる。
大丈夫、相手は威嚇にすらなっていない。ただ動揺して叫んでいるだけだ。
負けない。
「撃つ……イメージ……!」
今度は両手の間に弓矢を思い描いていく。弓道の経験はないし、そもそもどこに弦がついているかもよく分かっていない。でも大丈夫。俺が扱える弓を形作るだけでいい。
光が輪郭も曖昧なまま手の中に実体を生み出した。その弓矢が放たれる映像を脳内に浮かべる。
左手に弓を持って前へ押し出しながら右手を後ろに引いていく。あるはずのない弦が、引き絞る手に対して反発する力を感じた。
はじめての力をこんなに使いこなせるものなのか、自分でも不思議だった。
いや、俺は最初からこの力を……。
「俺の友達に怪我させたこと、後悔しやがれ!」
考えている余裕はない。この一閃で敵を討つ。
ミルメコレオが最後の力で体を起こしていたが、既にその動きは精彩を欠いている。逃がしはしない。
右手を離して、発射。
「グガァァァア!?」
次の瞬間には、ミルメコレオが絶叫していた。
放たれた光の矢は敵の脳天を直撃。圧倒的破壊力でそのまま体を引き裂いて左右に分断しながら貫いていく。
バリバリと雷が放電するような激しい音が響いて、ミルメコレオは熱と衝撃に消し飛ばされた。跡形もなくその姿が蒸発していく。
消えていく敵の体はすべて雪のように細かな粒子となってウイカの下へ集まってきた。彼女を包み込んで、やがて吸い込まれるように溶けていく。
「ウイカ、大丈夫か!?」
「……うん」
何が起きているのか分からなくて、思わず大声をあげて駆け寄った。心配する俺の顔を見て、ウイカは静かに頷いた。
光の粒が触れ、彼女の頬についていた擦り傷を修復していく。先ほどまで動いていなかった右手もピクりと反応して、そのまま彼女が腕を持ち上げた。俺はその手を掴む。
ウイカが体を起こした。
「ほ、本当に大丈夫なのか? まずは病院に……」
「大丈夫。ミルメコレオのマナは全部受け取った」
マナを受け取った?
俺が疑問を挟むより前に、彼女のスマートフォンが着信音を響かせる。巾着から取り出してそのまま通話を始めた。
「はい。……いえ、大丈夫です。戻った後に治療は受けます。はい。……えっ?」
誰と通話しているのだろう。
俺がボーッとその様子を見ていると、彼女がコチラに視線を向けて少し困ったように眉を下げた。
「その、これからですか? ……はい、分かりました。すぐに」
どうやらそこで電話は終わったらしい。彼女はスマートフォンをもう一度巾着へと仕舞い込むと、俺へ視線を合わせた。
そして、どうにも何かを言いづらそうにしている。
なんだろう。まったく分からないが、俺に関することのようなのでこちらから話を促した。
「なんかあったのか?」
「うん。ちょっと、私も分かってないけれど」
彼女は自分の右手に視線を移して、その手を開いたり閉じたりしている。動くようになったばかりの腕の感触を確かめているようだが、言い出す言葉を探す間を取っているのだとすぐに察した。
少しだけ沈黙。
おもむろにウイカが立ち上がる。マントを脱いで巾着に収納し、ふうと息を吐いた。
「荒城くんを、アザラクの施設に連れていく」
「……え?」
アザラクの施設というと、ウイカが育ったというちょっと印象の悪いあそこか?
つまり先ほどの電話は施設の誰か――おそらく上司的な存在で、そこから俺を連れてくるよう命令を受けたということだろうか。
しかし何故?
と彼女に聞くのは時間の無駄か。どう見てもウイカ自身が困惑している。
「アザラクから荒城くんに直接、説明したいことがあるって言ってた」
ウイカが申し訳程度に説明を付け足す。
しかし、まあ何となく向こうの混乱も見える気がする。
一般人は魔法を使えない。それは当然だ。ウイカたちがどうやって魔法少女になったのか定かでないが、たぶん俺が突如として魔法を使ったことは相当なイレギュラーなのだろう。
もとより俺が一度スペルフィールドに迷い込んだだけで、特例として事情説明と監視係をつけてきたのだ。それだけ一般人が魔法に関係するのは珍しいことだという証左でもある。
俺に聞きたいこともあるだろうし、逆に説明してくれることもあるに違いない。
……まあ、俺に聞かれても答えられることは何もないんだが。そこは信じてもらえるだろうか。
そして。
これは俺にとっても好都合かもしれない。
「ウイカのことを聞くチャンス、か」
「?」
ウイカ・ドリン・ヴァリアンテ。
彼女が魔法少女になった理由、今の暮らしや組織に関して、そして自分を犠牲にしようとする生き方についても。
聞けていない色々なことを、その組織で直接問い質せるかもしれない。
俺はウイカのことを知りたい。だから決断して戦いについてきた。その上で今も色々なことがあった。
今更後に引く気なんてない。
「行くよ。全部、聞かせてもらう」
「ありがとう」
「なんでお礼言うんだよ」
まだ組織の意向が読めずに戸惑っている様子のウイカだったが、俺が行くと言った後は少しだけ表情を緩めてくれた気がする。
上からの命令とあれば無理矢理にでも俺を連れて行かなければならなかっただろうし、俺が自ら行くと決めた方が彼女にとっても都合がいいに違いない。
――それにしても。
「あれは、誰の声だったんだろう」
「何?」
「いや、なんでもない」
俺の中に直接呼びかけてきた謎の声。
思イ出セ。オ前ハ。イヤ、オレハ。使イ方ヲ覚エテイル筈ダ。
俺が魔法の使い方を覚えているとあの声は言った。確かに戦いの最中、俺は魔法の力を自覚できていた気がする。
何かを忘れているんだろうか。あの声のことを俺は知っている?
謎は深まるばかりだ。この疑問もアザラクの施設に行けば解決するのだろうか。
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