第15話 アザラク・ガードナー
スペルフィールドに入る時と同じように、ウイカが魔法で空間を歪める。
手を繋ぐように言われ、俺は少しドキドキしながらも彼女の左手を取って目を閉じると世界の変化に従った。
また重力が消失する感覚がやってきて、体がふわりと宙に浮く。乗り物酔いの強烈なやつが襲ってくるような不快感が一瞬だけまとわりつくが、すぐに収まって足元に地面の感触が戻ってきた。
「いいよ」
ウイカの言葉に目を開くと、そこは何処かの建物の中だった。
全面青白い壁に覆われた大きな部屋と、そこから続く同じ色の廊下。続く道以外は四方をすべて壁や天井に囲まれていて、外を見ることはできない。
ウイカ以外にも何人かの人影が見えた。年端も行かない小さな女の子から、俺たちよりも少し上の年齢と思われる女性まで世代はバラバラ。国籍や人種も別のようで、聞こえてくる言葉は日本語ではない。まあ国籍が違うのはウイカもそうだと思うが。
俺がキョロキョロと辺りを見回していると、ウイカがスッと歩き出す。
何も言わずに進まなくても。俺は急いで後を追った。
廊下は長く、何度か右へ左へと曲がる。各所に部屋の扉があり、今通った場所だけでも全体像はかなり広いことが伺えた。
アザラクの施設に疑問は尽きないが、それもすぐに明かされるだろう。
「ここ。入る」
ウイカがひと際大きな扉の前に立った。自動ドアらしいそれが左右に開くと、中には管制室のような大きな画面と、せわしなくパソコンを操作する人たち。
「うお、なんだここ……」
魔法組織だというからもっとファンタジーやオカルトなものを想像していたが、機械も働く人も現代的かつ近未来チックだと思った。基本的に全員スーツを着用していて急に現実味を感じる。
管制室は画面から離れるにつれて部屋の奥が段々と高くなっており、ウイカはその上層へと階段を上っていく。俺も背中を追いかけて奥へ向かうと、最上階に一人の男が立っていた。
ウイカが端的に述べる。
「ジェラルド。荒城くんを連れてきました」
「ああ。ウイカは一度下がれ」
「はい」
男が言うと、ウイカは俺に一瞥もくれず今来た階段を下っていく。
俺もそちらに視線を向けたが、付いていく必要はないようだ。目の前の男が俺をまっすぐ見据えている。
壮年の男性だ。白髪をオールバックにしていて、顔には渋く深い皺が刻まれていた。かっちりとしたスーツ姿も相まって威厳を感じる風貌である。足が悪いのか右手には体を支える杖が握られているが……まさかあれをステッキにして魔法を使ったりしないよな?
失礼ながら俺がじろじろ様子を見ていると、男は厳かに声を発した。
「荒城勇人くんだな」
「は、はい!」
名前を呼ばれて俺は裏返った返事をしてしまう。正直かなりの威圧感で怖い。
「私はジェラルド・バックランド。この獣魔討伐部隊“アザラク・ガードナー”の司令を担当している」
挨拶されて、改めて実感する。ついに来たのだと。
ウイカのことも組織のことも知らない内容が多すぎた。これまで断片的に話は聞いてきたが、司令と名乗るこのジェラルド氏は全てを知っているはず。彼から話を聞くことで、俺の疑問はいくつも解決するに違いない。
彼は冷静に、かつ穏やかな口調で話し始めた。
「聞きたいこともあるだろう。疑問には出来得るだけ答えさせてもらうが、その前に我々のことを知ってほしい」
「我々のこと?」
「そうだ」
そうして、ジェラルドという男は話し始めた。
遥かな昔話。
アザラク・ガードナーの設立について。
突如現実世界に現れた獣魔と呼ばれる怪物たち。彼らによってある都市は壊滅状態となり、ある地域は一瞬にして滅んだ。人間には一切太刀打ちできない破壊による暴力。
彼らにどれだけの理性や知性があって、どのような生態系を持っているのか謎は多い。だが確実なのは、人間を餌として捕食する本能があるということ。
そんな彼らに対抗する研究を始めた者たちがいた。それがアザラク・ガードナーの前身となる機関だったという。
獣魔による被害は日に日に増えていったが、ある時、機関は命からがら彼らの細胞サンプルを採ることに成功した。
そこから彼らの力の源や対抗策の研究は一気に進んだ。
獣魔たちは大気中の元素をエネルギーに変換し爆発的な攻撃を可能にする性質を持っている。一見何もないところから発動する獣魔の力を、機関は魔力と呼称した。
研究者たちは敵の魔力に対抗するため、その発動方法や効果を分析した。
そして、その魔力を転用することで彼らに一矢報いることを考えついたのだ。
「それが魔法少女の始まりだ」
「ま、待ってくれ! 転用って……」
ジェラルドは淡々と説明をしていたが、あまりにも荒唐無稽な話でついていけない。
獣魔が遥か昔から存在していたという話はウイカもしていたように思う。伝承などに伝わる怪物たちも獣魔の一つであることが多いと言っていた。
獣魔たちを放っておくと現実世界に飛び出してくる可能性があるというのも聞いていたとおり。
しかし人間を捕食することそのものが目的だったのか。相手は俺たちを餌として狩りをしていた。そんなやつらと戦っていたと思うと、先ほどまでの戦闘をより恐ろしい出来事だったのだと感じる。
だがそれ以上に気になるのは魔力の話だ。
元々獣魔たちが持っていた力? それを転用した?
「俺やウイカが使っている力は、獣魔のもの……なのか?」
「荒城くんについては、我々も把握していないことが多い」
確かにそれはそうか。だからこそ俺は監視されて様子見されていた。
けれどつまり、ウイカについては?
「続きを話そう」
獣魔の力を転用する術について、ジェラルドはさらに話し始める。
敵の細胞を分析したところ、それは現実世界の生き物にも結びつけることが可能な性質を持っていることが分かった。獣魔と他の動物たちは組織構造も似ており、研究の結果いくつかの実験動物が微量ながらも魔力を扱えるようになった。
そして、それは人間にも適応可能だった。
獣魔の細胞を埋め込む手術を行うと、人間でも魔法を放つことができるようになる。自由自在に魔力を操れるようになるには訓練が必要で適性の差も存在するが、獣魔に対抗できる圧倒的火力を生み出せるものも現れた。
研究は成功したのだ。
「じゃ、じゃあ。ウイカも?」
「そうだ。獣魔の細胞と同化することで彼女らは魔法を扱える」
「そんなの! 危険じゃないのか?」
「危険だ。何しろ未知の研究なのだから」
悪びれる様子もなく、ジェラルドは淡々と答える。
確かに、人間の世界を獣魔から守るためには必要な研究なのかもしれない。放っておけば俺たちの世界はあの化け物に滅ぼされてしまう。
意味は分かる。
だが、俺はどうしても理解を拒んでしまった。
だって、俺と同い年の少女が実験によって魔力を与えられ強制的に戦わされているって。
こんな話、はいそうですかと聞けるわけがないじゃないか。
「非人道的だと思うかね」
「……ああ。正直、気味が悪い。ウイカがじゃないぞ、この組織がだ」
「そう思うのも無理はない」
ジェラルドの表情は変わらない。無理はないと言うのも情けをかけるのではなく、本当にただ感想を口にしただけだった。
俺は恐怖や怒りが綯い交ぜになりながらも、視線だけは外していけない気がしてジェラルドの方を見ている。
「だが君も今や当事者だ。すべてを知る必要がある」
彼は容赦なく次の説明を始めた。
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