第10話 君のことを知りたい
はじめて会った時にも話した公園のベンチで、縞模様のブラウスにジーンズ姿のウイカが座っていた。
夏風邪というのは学校への方便だったようで、実際に会ってみると表情に変わりはない。元々ハツラツとしたタイプではないので分かりづらいが、少し疲れているようには見えた。
俺は軽く手を挙げて声を掛ける。内心焦りまくっていたが、実際に彼女を目にしたことで少しだけ気持ちが落ち着いてクールさを演じる余裕もできている。
「よっ。元気か」
俺の顔を見てウイカは少し弱々しく頷いた。肯定の意図だと思うが、とても元気そうではない。
ひとまず隣に腰かける。
さて、何から聞こうか。休んだ理由もそうだが、真凛から聞いた怪我の話もしなくてはならない。家庭事情など突っ込んだ部分も……順序をしっかり考えないと。
俺があれこれと悩んでいると、先にウイカが口を開いた。
「獣魔と戦ってた」
「! それで休んだのか」
俺は戦闘の場面に一度しか遭遇していない。
なのでどうにも実感が湧かないが、ウイカは日夜知らないところで獣魔と戦っているんだろう。
「普段は夜や明け方が多い。学校の時間に現れて、困った」
「ちょい待て。じゃあ、放課後や登校前にアレと戦ってることもあるのか?」
「うん。いつも」
マジかよ。衝撃的な告白だったが、ウイカにとっては日常茶飯事のようで何も感じてなさそうだ。
澄ました顔をしながらも彼女は、時間もタイミングも関係なく戦いに駆り出されている。
いや、本来はそっちが彼女の本業だ。ウイカは高校生として転校してきたがそれは俺を監視するための任務でしかない。彼女にとっては獣魔との戦いが日常で、その合間に高校生をしているというのが正しい。
しかも言い方から察するに、この二週間程度の間にも何度か戦闘があったのだろう。
授業中に魔法を使ってしまって不審がられたり、友達のために帽子を捜してあげたりしている合間にも、彼女は命懸けで怪物を討伐している。
「じゃあ、傷や痣があるっていうのも……」
「荒城くんの時はすぐ倒せたけど、もっと苦戦することもある。仕方ない」
聞けば聞くほど、俺は彼女の事情を知らなさすぎたのだと痛感する。
俺は以前、放課後や休みの日に顔を合わせないことを雑な監視だと思っていた。監視係として身辺を探っていると言う割にお粗末な組織だなと。
けれど本当は、その時間に彼女は怪我を負いながら戦い続けていた。四六時中監視する余裕なんてなかったんだ。
そんなことも知らず、俺は一人で呑気にお世話係だとか言って彼女の保護者気取りをしていたんだ。少しは彼女の生活の役に立っているつもりでいた、自惚れたクラスメイトでしかない。
「なんで……。なんでそこまでして戦うんだ。あんなデカくてヤバい相手に、怪我してまで!」
獣魔という怪物は、たった一度遭遇しただけで死を悟るほど危険な相手だった。大きく凶悪な見た目に逃げ出したくなる存在感。
か弱い高校生の少女が、そんなのと無理して戦う理由なんてないだろう。
だがそんな俺の言葉にウイカは首を傾けた。心底不思議そうに見つめてくる。
「なんでって? 戦うのに理由なんてない」
「理由が、ない……?」
「私は戦うために生まれた。この命は、戦うためにある」
本当に何の迷いもなく、至極当たり前のこととして彼女は言った。
俺は、あまりにも真っ直ぐなその瞳に気圧されて逆に目を逸らしてしまう。
「戦うためって、そんなの!」
「普通じゃない?」
先回りして、ウイカは言う。
「荒城くんや学校のみんなと話して、少しずつ分かってきた。私は普通じゃない。そうでしょう?」
「それは――」
言い返せない。
俺は彼女を、外の世界に対する常識が欠けている人だと思っていた。
普通の食事で目を輝かせているのを見て、世間知らずなんだと微笑ましく感じていた。
友達ができてクラスの輪に溶け込んでいく様子を見て、普通の子になっていくんだと安心していた。
それはまるで。
俺たちの常識からはみ出していた彼女を下に見ているような。
彼女が普通に染まっていくことを成長だと捉えているような。
自分本位の馬鹿馬鹿しい考え方だった。
「学校なんて行ったことなかった。アニメでしか知らない世界」
彼女は俺に視線を向け、ただひたすら真っ直ぐ見つめてくる。
碧眼の瞳はどこまでも澄んでいるのに、その奥底に抱えているものが俺には見えていない。
「ずっと楽しかった。知らない食事、知らないルール、知らないクラスメイト。――知らない普通」
穏やかな表情で話すウイカの顔。
何故かそれが別れの言葉のように聞こえた。
最後の思い出話をするように。抱えていた寂寞の思いを吐露するように。
目の前からふと彼女が消えてしまうような気がして、俺は居ても立ってもいられず言葉を発していた。
「楽しかったなら、もっと色々体験しよう」
彼女が目を見開く。予想外のことを言われて驚いたように見えた。
もしかすると本当に別れの言葉だったのかもしれない。
後先考えず口にしたので、俺は自分がここから凄く恥ずかしいことを言うんじゃないかと内心緊張した。けどそれでもいい。今は取り繕わず思ったことをそのまま伝えてみる。
「俺はウイカにもっと色々知ってほしい。俺やみんなの普通を、楽しみをもっと味わってくれると嬉しい」
これまでもそう思っていた。けれど、それだけじゃ駄目だった。
彼女は自分が普通じゃないことに寂しさを感じている。それは彼女にも彼女の日常や世界があって、それが俺たちのものと違うからに他ならない。
ウイカが何かを体験して喜んだり悲しんだりする様子を保護者のように見ているだけでは、彼女と対等になったとは言えない。
この子が持っている普通と、俺の持っている普通の何が違うのかを知りたい。
俺は――彼女のことが知りたい。
「だから、俺にもウイカのことを教えて欲しい! 組織のこととか、どんな生活をしているのかとか。獣魔を倒しに行くなら一緒に連れていってくれればいい」
ウイカが目を丸くしている。
「なんで、そんなこと」
獣魔やスペルフィールドについて多少教わったとはいえ、あの時教えてくれたのは特例だとウイカは言っていた。それ以降は何も聞いていない。他の人に秘密だと言っていたように、俺にもこれ以上教えることはできないのかもしれない。
でも俺は、今更見て見ぬふりなんてできなかった。
何故ここまで彼女を――ウイカ・ドリン・ヴァリアンテという魔法少女のことを気にかけているのか。
監視係とお世話係だからか? そんなわけない。
「なんでと聞かれると……分からん」
結論を先延ばしにしてしまうのは俺の悪い癖だと思うが、実際考えても分からないので素直にそう言った。
ウイカはますます困惑している。
「なにそれ」
けれど、複雑な表情をしながらも彼女は少しだけ頬を緩ませてくれた。
「スペルフィールドに荒城くんを連れて行っていいかは分からない。確認する」
「是非そうしてくれ。……あ、戦闘の邪魔なら考え直すけど」
「たぶん邪魔だけど、いい」
「おい!」
彼女もこんな冗談を言うのか、と俺は笑った。いや本心かもしれないけど。
そんな俺の笑いに向こうも僅かながら微笑み返す。
これまで偽りの関係性を演じることに終始していたウイカと、はじめて本音で話せたような気がする。
すると。
緊張が緩んだからか彼女の腹の虫が声をあげた。
「あ」
「なんだ、腹減ったのか」
確かにもう夕飯には良い時間だ。
連絡がついた勢いで急いで飛び出してきてしまったが、俺もまだ夜は食べていない。家に帰れば母さんや沙良が待っていると思うが、少しぐらい買い食いしても怒られないだろう。むしろ別に怒られたっていい。
「なんか食ってくか?」
俺の提案に、ウイカは分かりやすく顔を明るくした。
食事を楽しんでいるウイカの顔は見ていて飽きないし、夜に二人きりで出歩くのは少し特別な感じがして、こういうのも悪くないかもしれないな。
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