第11話 意気込み
翌日ウイカは無事学校へ復帰し、大袈裟にも真凛は彼女に抱き着いて喜んでいた。たった一日欠席しただけだったが、怪我の件もあったし俺以上に心配していたのだろう。
温かく出迎えられたことで、無表情に見えながらもウイカの表情は柔らかくなった。……気がする。
変わらない日常に戻った。
そう感じるということは、既にウイカがクラスにいることを当たり前だと思っているということだ。
けれど、俺の心境は少しだけ変化している。
今までは俺たちの日常に彼女がどう混ざっていくのか、馴染んでいくのかばかりを気にしていた。でも今は、俺も彼女の日常を知りたいと思っている。
「荒城くんを連れていく許可が下りた」
昼休み。内緒の話があるたび体育館裏までコソコソとやってきているが、これはこれでそろそろ怪しまれているような気がする。特に普段は一緒に昼飯を食べている真凛と幸平は何かを察しているかもしれない。
とにかく、ウイカが伝えてきたのは例のスペルフィールドに俺が同行するという提案への組織側の答えだ。
正直意外だった。
「アザラク・ガードナーだっけ。許可、出るんだ」
「うん。荒城くんがどうしてフィールドに入れるのか、部隊もまだ把握できてない。自分から入ってくれるのはむしろ好都合だって」
「そう言われるとそうか……」
ウイカのことをもっと知りたくて同行を申し出たが、向こうからすると実験用のモルモットが自ら入ってきてくれたということか。
うーん、なんだか複雑な気分だ。
「まあ、許可されたならいいか。無理やりにでも付いていくつもりだったし」
俺が言うと、ウイカは改めて疑問を呈してくる。
「なんで私を心配してるの?」
「なんでと言われても。友達だから?」
そう真面目に聞かれると難しい問いかけだ。
確かに最初は監視する者とされる者で、正直ウイカという存在をどう認識すべきか図りかねていた。得体のしれない組織の子と、なんとなく成り行きから彼女を見守るお世話係になった俺。親戚がどうだと適当な言い訳をしつつ、今日までやってきた。
けれど一緒に過ごせば過ごすほど、彼女は普通の女の子だった。危なっかしいところを思わず助けてあげたくなる不思議な魅力の少女。
それを同じクラスの友達として大事に思うのは、別に特別なことではないと思う。
「ともだち……。私と荒城くんが?」
「なんで聞き返すんだよ。とっくにそうだろ」
あまり分かってなさそうな顔をしていたウイカだったが、しばらく言葉の意味を考えてからゆっくり飲み込んでいた。
そして話を戻す。
「それで。反応予測によると、放課後に早速フィールドに行くことになるかも」
「マジで早速だな。事前に分かるものなのか」
ウイカは頷いた。
「フィールドに入った後、荒城くんは隠れて欲しい。獣魔は本当に危険」
確かにそれはそうだ。
勇み足で同行を申し出たものの、俺が戦ったり彼女をサポートしたりはできない。むしろ前に出れば出るほど邪魔になるだろう。できることと言えば、少し離れて様子を見るだけ。
我ながら情けない話だがこればかりは仕方ない。それでも彼女の生活を知りたいと言ったのは他でもない自分だし。
次にウイカは、いつもの巾着袋に手を入れて何かを取り出した。
「これ。持っていて欲しい」
「なにこれ?」
チェーンにペンダントトップがぶら下がった金属製のアイテム。ネックレスといって良いだろう。丸い円の中に星――これは五芒星というやつか――が象られている。
俺が以前渡したよく分からないキャラクターのストラップに比べると、かなり上等なアクセサリーをプレゼントされた。
ウイカは星の意匠を指差しながら言う。
「これに私の魔力が含まれている。強力ではないけれど、少しは獣魔の攻撃を防いでくれるはず」
「護身用ってことか。ありがとう」
「でも油断は禁物。敵が強いと守り切れない」
だとしても心強い。本当に何もない丸腰に比べれば鬼に金棒だ。
さらにウイカは諸注意を続ける。
「フィールドに侵入する時は私が道を開くけれど、その時にやり方を覚えて欲しい。たぶん荒城くんは自分の力で出入りできるはず。本当に危険な時は現実世界に戻って」
「なるほど。邪魔になるよりはその方がいいな……」
危なくなったら、ウイカを置いて帰る。尻尾を巻いてすごすごと逃げることを心掛ける。
……言われれば言われるほど、何もできなくて情けなくなるな。
しかし偶然迷い込んだことがあるとはいえ、フィールドと現実世界を行き来する道を開くことなんてできるのだろうか。ウイカの手を煩わせないようにきちんと学んでおかないといけない。
これで大体の話は終わったようだ。ウイカは水筒から飲み物を取り出して一息つく。
「このネックレス、事前に準備してくれてたのか? 話もかなりスムーズだったし」
「うん」
「色々準備させちゃったみたいで、悪いな」
話す内容まできちんと考えていたのだとしたら、昨日の今日で連戦になるであろうウイカにさらなる負担をかけてしまったことが申し訳なくなる。
だが、逆にいうとそこまでしてもらったんだ。ここから先は危険があっても自己責任。俺は覚悟を決めた。
ウイカが俺の顔を真っ直ぐ見つめている。この子は話をする時必ず相手を正面から視界に捉えているが、その整った顔立ちで真剣に見つめられるとこっちが照れる。
「荒城くん」
「は、はい!」
その眼差しで名前を呼ばれると、かなりドキッとするぞ。
彼女は不安そうな目で俺にこう言った。
「死なないでね」
「あ、ああ。もちろん!」
死を口にされると俺も怖気づくが、なるべく心配をかけないよう元気に返事をした。
その言葉をどう受け取ったかは分からないが、ウイカはボソりと伝えてくる。
「獣魔との戦いは、本当に危険。これまで何人も戦闘員が命を落としてきた」
「ま、マジか……」
言われてみると、それはそうか。彼女だって怪我をして戦っているし安全なわけがない。
それでも人が死ぬ場所だというのは何処か実感が湧かない。ありがたい事にこの国は平和そのもので、そうした命のやりとりを肌で感じることが少ないからだろう。
それをウイカはこれまで見届けてきたんだ。同い年の少女が、何人もの犠牲を目の当たりにしながら歩いてきた。
ウイカが空を見上げる。
「でも、私たちはそういう存在。理解しているから、犠牲を悲しんだり、悔やんだりすることはなかった」
そういう存在?
それがアザラク・ガードナーなのだろうか。戦っている彼女らが命を賭しても仕方ないと教え込まれている組織。だとしたらそれも恐ろしい。倫理観がおかしくなりそうだ。
空から視線を落とすと、ウイカは伏し目がちに思いを吐露した。
「けれど、分からない」
「えっ?」
「荒城くんが犠牲になるのは……怖い」
それって、どういう……。
「これがともだち? 私――荒城くんに死んでほしくない」
彼女が知っている危険な戦場。そこに俺が同行するということは、当然俺が死ぬ可能性を高める。
これまで数多の犠牲を見てきたウイカが、それでも俺に死んでほしくないと伝えてくれているのだ。
そこまで思ってくれているなんて考えていなかった。お節介なクラスメイトで監視対象な俺を、気にかけてくれているなんて。
安心させることができるとは思えないが、せめてもの笑顔で俺は意気込む。
「約束する。ウイカと一緒に、無事に帰ってこよう」
「一緒に。……うん」
もとより死ぬ気なんてない。
軽く見ていたわけではないが、彼女が此処まで俺を守ろうとしてくれているなら猶更だ。俺だって答えてみせる。
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