第6話 心境の変化

 彼女が転校してきてから、俺は常に監視されている。

 ……とは言うが、正直ウイカの包囲網は雑だ。体育のように男女別で授業を受けている間こちらを気にしている素振りはみせないし、放課後も途中で分かれてそれぞれ帰っていく。土日の休みには顔を合わせることもなかった。

 家まで付いてこられても困るし何の問題もないが、素性を調べてるんじゃなかったか? あっさり引き上げるので初日は拍子抜けしてしまった。


「ね、帰りにファミレス寄ってかない? 新商品のパフェが出たんだって」


 その日、珍しく部活が休みだという真凛が放課後に遊びに行くことを提案してきた。

 幸平も予定を空けられると言うし、もちろん俺も暇をしているので了承する。


「ねえ、ウイカちゃんも一緒に行くでしょ?」


 俺の横でボーッと立っていたウイカは、真凛に誘われて少し戸惑っていた。

 別に遊びに行くぐらい好きにすればいい。何故か俺に確認の眼差しを向けてくるが、監視が目的ならむしろ進んで同席すべきじゃないのか。

 それ以前に、親戚という設定を捏造しただけで俺はウイカの保護者じゃない。魔法禁止の約束をした時もそうだが、よく考えたら何故俺が彼女の都合を考えてあげねばならんのだ。

 一緒にいるとその危うさについ手を貸してあげたくなるが、彼女は謎の組織に属する人間。敵とまでは言わないが、俺は監視される側で歩み寄る必要もない。

 返事をしない俺を見てウイカは数秒固まっていたが、熟考の後に自分で結論を出した。


「行きたい」


 うむ。自主性が出てきておじさん嬉しいぞ。

 ……やっぱ毒されてるな、俺。


 〇 〇 〇


 ファミレスでの食事中、ウイカは常に目を輝かせていた。

 注文した黒酢和えのから揚げ定食をひと口食べては頬に手を当てて満足そうに咀嚼している。小鉢のきんぴらゴボウにまで感動している様子はかなりシュールだった。

 対面に座っていた真凛もウイカの表情を興味深げに覗いており、ふと質問する。


「ウイカちゃん、日本料理あんまり食べない?」

「うん」

「そっか。お口に合う?」

「うん。美味しい」

「……くぅー! この子、かわいい!」


 純粋すぎるウイカの反応が真凛の何かを刺激したらしく、真凛が注文したネギドロ丼を小皿によそって食べさせていた。それにもウイカがキラキラと眩しい反応を見せる。

 そんな二人のやり取りを邪魔しないようにしつつ、俺は幸平に話しかける。


「柔道部は大丈夫だったのか? 真凛と違って別に休みじゃなかっただろ」

「先輩にメッセージ飛ばしたけど、いつもの練習メニューをこなすだけだから好きにしていいって返ってきたよ。結構用事で抜ける人も多いんだ」

「そんなもんなのか」


 言いながら俺も注文したチキングリルを口に運ぶ。隣のウイカから俺に――いや俺のチキングリルに向けられた熱い視線を感じ、少しだけ背を向けた。

 すると突然、幸平がクスりと笑う。


「なんだ急に」

「いや。イサト、ちょっと丸くなったね」

「え? 太ったか?」

「違うよ」


 じゃあなんだ。別に俺は元から尖ってなどいない、とても心優しく善良で平均的な市民だぞ。

 幸平はあくまでも朗らかで嫌味なく言った。


「だってさ、イサトってあんまり他人の面倒見たりするタイプじゃないでしょ?」

「あ、それ思った」


 幸平の隣からにゅっと顔が伸びてくる。ウイカを餌付けしていた真凛だ。


「いくら親戚って言ってもさ。調理実習でフライパンが燃え上がった時、真っ先に駆け寄って火を消したりとか、あんなのイサトがすると思わなかったもん」

「あの時のイサトは格好良かったねえ」

「お前らなあ。俺をなんだと思ってるんだ」


 危ない目に遭ってる人がいたら誰だって助けに入るだろう。

 ……と言いたかったが、指摘されて自覚する。確かに今までの俺はそういうことをしなかった。薄情にしているつもりはなかったが、クラスで積極的に動いたりしないし面倒事は極力避けたい。名前はギリギリ覚えられている程度のクラスメイト、その立場に自ら収まろうとしていた。

 それがウイカのお世話係を渋々こなすことになり、気がつくと事あるごとに結構彼女を心配している自分がいる。

 心境の変化だろうか。何故?

 ウイカの方へ視線を向ける。彼女はエビフライを口に含んでモグモグしていた。

 小動物的で常識知らずな女の子が放っておけない、それだけのような気もする。


「……よく分かんねえなあ」


 ただ、もしかすると。

 魔法という非日常を俺の世界にもたらしてくれた、そのことに対する好奇心が勝っているのかもしれない。

 前までの俺は何処かモヤモヤしていた。真凛は中二病だとバッサリ結論付けていたが、今の自分がどこか世間とズレているような、そんながフラストレーションがずっと拭えない感覚。

 自分の努力とは関係ないところで何かが起こる瞬間を俺は待っていた。そして、それはウイカによって舞い込んできたと言ってもいい。

 ワケの分からない怪物に襲われ、未知の世界の事情を聞かされ、謎の転校生と二人だけの秘密を共有する。

 そんなの――ワクワクするに決まっている。


「まあ、なんだ。乗りかかった船だからな、ウイカのお世話係」

「?」


 口の中のものを飲み込んだウイカが、話を聞いて小首をかしげる。

 正直素性や事情も分からないことだらけだが、この一週間ほどで彼女に害がないのはよく分かっていた。外の世界に関する知識には乏しいが、素直で真面目で口下手な女の子。

 今はそんな転校生の親戚として過ごす。それだけで充分。


「ところで、ここからパフェ食べるの?」


 幸平が問うと、真凛が大きく頷いた。

 季節限定の新メニューとして大きく描かれたそれを指差す。


「当然! 夏先取りのビッグパフェだって!」

「……パフェ?」

「お、ウイカちゃんも興味ある? パフェ、食べたことある?」


 ウイカが首を横に振った。真凛は随分と楽しそうだし、メニューの写真を見てウイカも興味津々である。

 いやしかし、写真でも分かるほどに物凄いサイズだ。ビッグという商品名に違わないボリューム。食後にこの量はかなりキツそうに思える。


「俺は、流石にパスだな……」

「僕も。コーヒーだけ頼もうかなあ」


 俺達のギブアップ宣言を聞いて一瞬ムッとなる真凛。

 だが、その目の前でワクワクを隠せないでいるウイカを見て表情を柔らかくした。


「ウイカちゃんがいてくれて良かった。ノリ悪い男子はほっといて、別腹のデザートを楽しみましょう!」

「デザート。楽しみ」


 二人とも細いのに、とんでもない食欲だな。

 そうは思いつつ、ウイカと真凛が仲良くなっていけそうで俺はホッとしている。転校してきてからウイカは監視という名目で俺に付いて回っていたので、クラスメイトに馴染んでいけるか不安だった。

 その点、社交性抜群の真凛が最初の女友達になれば後は安泰だろう。ひと安心。

……って、また保護者目線になっている。いかんいかん。

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