第17話 番外編 ユウリン②


ほかほかの稲荷揚げ。

揚げに染み込んだ出汁は懐かしい味を彷彿とさせる。


「でもまぁ、そうなのですけどね」

それは昔食べさせてもらったものと、同じ味。その味を受け継いだ彼女の……。


「何がそうなんだ?」

「ひいぃっ!?」

思わず跳びはねそうになった青年姿のユウリンはぎょっとしながらも、その声の主を見やる。


「その……これから賄いを食べるのです」

「……ふぅん?」

あからさまに不機嫌と分かるその表情の意味を、ユウリンが察せないはずがない。


「こ、これは。ヤヤさまが私のためを思って作ってくださったものですから……その……ヤヤさまが悲しまれます……」

「俺は別に何も言ってないが……?」

言わなくても分かるでしょうがその圧~~っ!?それに耐えるために尻尾を9つにしたがったユウリンだが、それをすれば更なるお仕置きが待っているのでできまい。


「ヤヤさまでしたら、主のために稲荷寿司を作っていらっしゃいましたが……?」

ユウリンはその間先にできたてほやほやの稲荷揚げをどうぞと賄いのきつねうどんを啜っていたのだが。


因みにツタイバラのためには鮪のとろろ丼を作っていた。その時、ツタイバラがしれっと嬉しそうに猫耳を動かしていたのをユウリンは見た。ユウリンとツタイバラは交替で賄いを食べつつ、ヤヤこと琳の昼食作りを見守っていたのだが。


ユウリンの番と言う時に、ふらりと現れたのがこの主。


「お前が先に食べることについて、ちょっとな」

「嫉妬がすぎますけどぉっ!?そもそも、業務の間に昼食をとってるだけですが!?」


「別に料理長のうどんでもいいだろう?」

「ヤヤさま自らの、ご厚意ですので」


「やっぱお前、つけなきゃ良かった」

「な……っ」

立候補したのはユウリンとは言え……。


「スペック的にもぼくがいれば安心です!」

その際もそれを推した。同じ女性であり、ヤヤと相性がよさそうなツタイバラ。そしてヤヤの護衛と言う意味で名乗り出たのがユウリンだ。


「……でもお前……童姿だっただろう?」

「その……それは……いきなり青年姿では恐がられるかと」

「クロキシンを恐がらない琳がお前を恐がることはないだろうが」

「……」

ぐうの音も出ない。ヤヤこと琳は、あやかしなら誰でもこうべを垂れ、人間でも本能的に恐ろしいと感じ、身震いを覚えるあやかしの王・鬼神に対しても【普通】なのだ。そしてユウリンの主に対しても。


「ですが……矢神楽のあやかしどもには、泣かされて来たのでしょう」

それを、ユウリンは知っていた。


「……ふん」

「まぁ、主の紹介だからと易々と名を明かそうとされましたが」

「呼んだらむしるぞ?」

「どこを!?いやまず何を!?恐いんですけどこの主!」


「まぁ……でも琳が望むんなら……」

「……主は肝心なところで甘いですよね。あの時だって……」

ユウリンは懐かしい思い出を呼び起こす。


「あの時お前にトドメをささなかったことを後悔している」

「や、やめてくださいよぉっ!さっきから恐いんですけど!?一体何なんですかぁっ!」


「お前さ……」

「……はい」


「童姿の時に琳に『一緒に寝よう』と言われてただろう」

「何で知ってるんですか!?いや、断りましたよ!断ったんですけど!?」

「断るまで、5秒。何を考えた?」

カッと、主の目が見開かれ、縦長の瞳孔がまるで蛇のようにユウリンを捕えて放さない。


「び、びっくりしただけで……何も考えてませんよ!!」

どんだけ過保護なんだこの主は……と、思いつつも、蛇に睨まれたような狐はビクビクと震えるしかない。


しかし、その時だった。


「あ、シロハンキさまもいる!ちょうどお稲荷さんできたんです!どうですか?」

突然舞い降りた女神に、主が露骨な威圧をパッと隠す。そして『あぁ、いただこう』と嬉しそうに頷くのを見たユウリンは……。


「護衛としても、しっかりと本領を発揮せねば」

この大魔神級主を一瞬で鎮められるなんて……隔り世と現し世を合わせても、白き鬼神とこの少女しかいないのだから。

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