第7話 天狗
「……
「いきなりどうした、ヤヤ」
――――――ここはあやかしの王の屋敷の宴の広間。多くのあやかしが集まるからか、漆は私を
「私が中学2年生の時に名乗っていた2つ名。今思えば、これを
「お前、その漢字の意味を知っているのか?」
「……ううん……?単に画数が多いからかっこいいかなって」
「何も考えてはいないではないか。
それが昨日言っていた、奥が深いと言うこと……?
「だが逆に、守護の意味も込められる。力の弱いあやかしが、まじないをかけるのだ。強い盾が欲しければ、盾を。立ち向かう強さが欲しければ、剣を……などとな。女あやかしだと、いたずらに強いあやかしなどに勝手に拐われぬように、そやつらを追い払うような恐ろしげな
確かに深いなぁ……。その力を示す意味や、その身を守るためにも使われる。
そのあやかしや、あやかしに関わるひとそれぞれに合わせてつけるのか。クロキシンは、その力と王の威厳を示すために。ツタイバラは……女あやかしだから、自衛のための
美しいふわふわお猫さま。でもいたずらに近づけばそのイバラで怪我させんぞオラァッ!シャーッ!!……みたいな?
「あれ……じゃぁ私のヤヤは?」
あからさまに弱そうなのだけど。
自衛と言う意味ではその……役にたつのだろうか……?
「赤子と言うものは、守りたいと言う本能を抱かせるものだ」
「つまり……相手の戦意を削ぐと……!」
「そう言うことだ。……まぁ、あやかしの中には赤子を好んで食いたがる変態も稀にいるがな」
「ちょおぉぉっ!?食べられちゃうじゃないのぉぉっ!」
「そう心配するな。私が与えた
「……誰の……?」
あの方って……時折聞くけれど。
その続きを聞こうとしたところで。
「宴が始まるぞ」
シロハンキさまがいらっしゃった。
クロキシンこと漆は黒地に大輪の牡丹が咲いた衣だが、シロハンキさまはキラキラと銀色の光沢のある白っぽい衣。柄は……鶴。
すごくキレイだなぁ……顔もいいしね……!
「おい、思ったんだが」
「何だ?」
シロハンキさまがしれっと漆を押し退け私と漆の間に腰掛けてくる。わーい、シロハンキさまの隣だー。
私も座布団をずらして、シロハンキさまが座りやすいように間を開けてっと。
「お前ら、その衣、示し合わせたのか……?」
「はぇ……?」
「お前ら2人とも銀ではないか!」
銀……まぁ、私も白っぽい生地を選んだのだ。いくつか用意された衣の中でも、なんだかキレイだなぁと思って。あとはシロハンキさまの白だから。白っぽい生地に、銀色のキラキラが輝く、桜柄の着物である。その桜も淡い水色や藍色などで描かれていて幻想的である。
「……普通、正妃と被る色柄を、側室は着ぬぞ」
今回は、柄ではなく色が被ったのか。
確かにツタイバラが、直前になってこの衣の色はまずいから変えましょうと言ってきたけれど、それはそう言うことだったのか!シロハンキさまと被ってしまうから。
だけど……。
「俺がいいと許可したのだから、問題ない」
宴直前になっての着物の変更を聞き付けたシロハンキさまが、そのままの色でいいと仰ってくださって、ツタイバラもユウリンもホッとしていた。
「だが、私をイメージさせた、金があしらわれた衣もしれっと入れさせたはずだ……!」
いつの間にそんなことしてたんだ……漆ったら。まぁ、漆の瞳は金色だから……。だけど。
「シロハンキさまもでは……?」
「黒地にかわいい花柄も混ぜておいたのだが」
「どっちも見てないけど」
「なん……っだと……?」
他には薄藍色とか、雪色のもあったなぁ。お着物は季節を先取りするものらしく。隔り世の季節は晩秋。これから来る冬をイメージするものが多かった。なお、桜、牡丹などの柄は通年でイケルらしい。あとは季節の先取りと言えばな雪の輪なんてのもあったっけ。桜柄の中にもちらほら入っている。
「それは俺が省かせた」
「何ぃっ!?」
まさかのシロハンキさまからの、裏切り……!
「正妃を差し置いて琳がそんな衣を着れば、宴の席は大騒ぎになる」
まぁねぇ。今も宴の会場にはあやかしやら、人間の関係者かなってひとたちも揃い始めている。
「お前が着ないからだろう?」
真顔の漆。
「俺が着る意味があるか?」
「……ないな」
そりゃぁそうだよ。だってシロハンキさまはにぎやかしのために正妃にされたのだもの。2人の間に、Lはないのである。妄想同人誌ですら許可が出なかったのである……!
……無念っ!
そして宴が始まれば、漆もシロハンキさまも大人気。ひっきりなしに挨拶が来てるわぁ……。私は単なる人間の小娘、ひとりでちみちみとジュースでも飲んでよう。
「ささ、新たな側室さまも一杯」
「えっ、あ、ごめんなさい!私お酒はっ」
いきなり話しかけられて驚いたが……天狗である。大あやかしじゃんっ!
「なぁに、分かっております。これは美味しいジュースですわい」
「それなら、いただきます」
ありがたい。そしてこう言う場ではあまり断らない方がいいよね。お酒以外は……!だってお酒はハタチになってから……!
さて、ちょっくら一杯。ぐびっ。
「琳!?何を飲んだ!いや、何を飲ませた!オキナ!」
え……シロハンキさまの声……?
それは
「ツタイバラ!ヤヤを!」
漆の声が聞こえて、パタパタと駆けてきて、支えてくれる……お猫さまの……ツタイバラの体温が心地いいような……。
「ヤヤに何を飲ませた!ことの次第によっては長老とは言え容赦はせぬぞ!」
漆の声だ。長老って……この天狗のおじいちゃんが……。本当だ……エゾたぬたん来なかった……。ぐずっ。
「ふぉっふぉっ……あれほど側室を迎えることに抵抗していたクロキシンの坊が突然人間の小娘を側室に迎えたとなれば……やはり隔り世の長老としては放ってはおけまい……この人間の小娘が、どのような魂胆で坊にすりよったのか……確認せねばなるまい」
「まさか……そのために宴を……!?」
「いや、あやかし側の側室も選んで欲しいがの」
「今はそんなことはどうでもいい!ヤヤ!いや……琳!しっかりしろ……!」
「慌てるな、坊よ。娘が真実を口にすれば、天狗の妙薬は消える」
「天狗の妙薬……また胡散臭いものを……」
「胡散臭くなんてないわい!今に分かるぞぉ……この娘が何を考えているか!さぁ、ゆうてみぃ、小娘よ……!そなたの本当の……真の望みはなんぞや……?」
「わた……しの……のぞみ……」
意識もしていないのに、何故か口から、ポロポロと言葉が溢れていく。
「そうじゃ……おぬしの目的は……?真の願望は、なんぞや?」
「わたしの……わたしの……がんぼ……っ、う、それは……」
「それは……?」
ゴクリ、と、唾を呑む音が響いてくる。
「それは……そう……お猫さまの……下僕になりたい……」
『……は?』
みなの絶妙にハモった声が響いて、すぐ。
「わぁっ、戻った!?私の身体……もう何ともない!やった!やったよツタイバラ!私、戻った!」
「や、ヤヤさま……」
ど、どうしたのだろう……?ツタイバラが固まっているのだけど。
「その、ヤヤ」
漆が呼ぶ。
「琳……お前……」
シロハンキさままで……どうしたの……?
「その……何かすまんな」
天狗のおじいちゃんまで。
「だがオキナ。琳に妙なものを飲ませたことは変わらんぞ!」
漆が一瞬ツタイバラをちらりと見た後、天狗のおじいちゃんを指差す。ん?どうしたんだろう。ツタイバラ……。お猫さまぁー。
「ヤヤさま、ヤヤさまは側室なのです。……自重してくださいませ」
え……?ツタイバラが頬を赤らめながらそう言ってきたのだけど。そう言えば私…、何か大切なことを問われて言った気がするのだけど……何だったかしら……。
意識がしっかりしてきたら、ジュースを飲んだ後から意識がくっきりするまでの間の記憶があやふやぁ……。
「そうだな……オキナよ……明日山が盆地になっていても後悔はするなよ……?」
「な、何じゃぁっ!シロ坊までやめんか!何故この小娘にこれ程までに……だって……お猫……」
え……?何か気になる言葉を聞いたような……?
「……まさか……っ、この小娘……っ」
どうしたのだろうか?天狗のおじいちゃんは私の着物と、シロハンキさまの着物を交互に見やる。
「そう言えば、シロキシンが殺気だっていたのは……もしや……っ」
「多分オキナも、その殺気の被害に遭うぞ」
ひぇっ。シロキシンさま殺気だってるの!?宴がそんなに嫌だったとか……!?そして天狗のおじいちゃんも被害に遭うって何で――――――っ!?
「オキナ、実はシロキシンさまが呼んでいらして……」
その時、別の天狗がクラマノオキナに耳打ちした。
「あぐっ」
「行ってらっしゃい」
シロハンキさまの満面の笑み。
「オキナが悪い」
漆も容赦のない笑み。
「うぐぅっ!鬼かお前ら!」
『鬼だが』
あ、ハモった。
そして天狗のおじいちゃんは天狗たちに付き添われ、シロキシンさまの元へ……向かったのかな……?しかしシロハンキさまのお父さま……のはずだよね。一体どんなお方なのだろうか。
そしてオキナこと天狗のおじいちゃんが去って暫くすると、えらく耳ざわりな声が響いて来たのだ。
「ちょっと……!何故ここに、この女がいるのよ!!」
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