第10話 招かれざる客


「はぁ……不快だが答えてくれよう。不敬な人間の娘」

漆が気だるそうに口を開く。


「ぐ、ぐ……クロギシンさま゛……っ」

まりあが嬉しそうに頬を緩ませながら漆の方を見やるが……。


「いや、いろいろと間違ってるんだけど」

「やはり俺のクソキシンが優勝だろう」

「それは間違いないです、シロハンキさま……!」

お酒ぎますね!チョロチョロ……。私の注いだお酒を口に運びながら、漆とまりあの様子を見守る。まりあはやっと漆に構ってもらえることが嬉しいらしい。漆はめちゃくちゃ気だるそうにしてるけどね。


「ヤヤは……琳は我が側室だ。その名を呼ぶことも、ヤヤをおとしめるような発言も、加護を与えしこの私が許さぬ。また、ヤヤに敵意を向けるのであれば、加護を与えたこの私に敵意を向けるも同じ。そのことは……貴様だけではない。矢神楽の連中もよく覚えておくが良い」

その声はまるで宴の会場中に厳かに響き渡るかのようだった。見れば矢神楽の連中が青い顔をして震えている……?


「……んな……っ、そんなの、嘘ぉっ!」

再び元気だなぁ、オイ。

と言うか、あやかしの王のーーしかも鬼神の言葉を嘘扱いしていいものだろうか?多分いいのはシロハンキさまだけな気が……ふたりをみていて、するのだ。


「何で……!何で何で……!り……げほっ」

ひぃっ!?漆にダメだと言われたのにまた私の名前呼ぼうとしたの……!?畳が真っ赤じゃないの……!これ、さすがに畳の張り替えになるんじゃぁ……。やっぱり矢神楽に請求されるのかしら。いや、きっとそうね。


「あなたさまに嫁ぐのは、私のはずでしょう……!?」


え……?


……はい?


「そうなのですか?シロハンキさま」

「いや……?知らん」


「うるさぁぁぁぁいっ!なんなのよ、アンタぁっ!」

今度はシロハンキさまを睨んで……!?ちょ……っ、私の推し正妃でもあるシロハンキさまに何を……!


「正妃だ。俺は正妃だが……?貴様にそのような口の利き方をされる筋合いはないが……?」

シロハンキさまがそう告げた瞬間、まりあがカッと目を見開いた。そして、まりあが狂ったおもちゃのように痙攣し始める。


「ひぃ……いいい……っ、あ゛ぁぁあ゛あ……っ」


「随分と美味そうな隔名かくりなを自分につけたものだ。その美味そうな名に吸い寄せられた悪鬼羅刹をそんなにもその身に抱えているとは驚きだ。あぁ、美味かろうな、美味かろうな。お前が抱えるそれら下等なモノどもにはその霊力程度なら充分なご馳走だろう?うら若き娘の身体が熟れるその時を虎視眈々と待ち望むか」

シロハンキさま……?いつものシロハンキさまじゃない……?まりあの目を見ながら、見えない何か別のモノを見ているような……。


「ひ……いぃ……」

まりあが痙攣しながら、さらに涙鼻水まで滴し始める。ちょ……ティッシュ……あーん、もう、ないし!こうなりゃ自分の衣で拭いてもらうしかないわね。


「だが忘れるな……お前気にはひどく覚えがある……」

シロハンキさまがそう告げた瞬間、まりあが絶叫する。


「あ゛――――――――――――――っ!!!!!」

「ちょ……っ、大丈夫なの?さすがにちょっとあんたヤバくない?もともとヤバいやつだったけど、せめて人間の形保つ範囲にしなさいよ……!」


「ふむ、ヤヤもそう言っている。それくらいにしろ、しるし

「……」

漆が……シロハンキさまの本名を呼んだ……?


「ふんっ」

シロハンキさまがふいと視線を外せば、まりあが悲鳴を止めて崩れ落ちる。


「きさ……は、わたし、よぉ……」

「あんた……タフすぎない?」

まだ言ってんの?それ。


「あのー、ひとついいでしょうか」

「うん?述べてみよ、ヤヤ」


「この宴って、クロキシンのあやかしの側室を探すための宴でしょう?だから、人間である綺羅美姫きらびひめさんはそもそも選考外、お呼びじゃないと思うのだけど」

そう告げた瞬間、まりあが呆然としながらこちらを見る。


「はははははっ!確かにそうだ……!ヤヤの言うとおりよな……!いや、一応現し世で商売をしているあやかしもいるものでな。こう言う宴は別の本題はあるが、あやかしと人間の世を渡り歩くものたちとの貴重な交流の場である。だから特に呼ぶことを拒みはしないし、来ることを拒みもしない。だが何を勘違いしてきたものか。私の側室になろうとするものがあろうとは。滑稽だな。クククッ」

漆がケラケラと大笑いをする。あははー、ほんと笑いもんだよねー。


「……ら」

え?まりあ、まだ何かあるのかしら。それともまさか謝罪……?このまりあでもさすがに王とシロハンキさまを怒らせたことはまずいと思ったのかしら。


「それなら、私が側室になればいいじゃない!男が正妃だなんておかしいわ!」

それはー……漆のせいだけども、私はシロハンキさまが正妃で棒々鶏バンバンジーだから。あれ、何か今いまいちピンと来ない違う言葉が出たような……?気のせい?あぁ、でも焼き鳥食べたいな……。いや何で焼き鳥の話になったのだっけ?


「そしてこの女を、側室から追い出してやるうぅぅぅ――――――――っ!」

あー……最終目的は私か。そしてそのためにシロハンキさまにまで……。まぁ私は側室じゃなくなってもシロハンキさまの側にいられれば、それでいいのだけど。


「はぁ?」

「ひっ」

再びシロハンキさまの鋭い視線がまりあに突き刺さる……が、その時だった。


「出て行くべきは、お前じゃ。人間の娘」

這いつくばりながら固まるまりあの背後に立っていたのは。


「天狗のおじいちゃん」

「オキナ?」

「ジジイ」

シロハンキさまの言葉遣いが最高に悪いのは……まぁ仕方がないかぁ。さすがにわがまま無礼極まりないまりあに対しては、怒りが抑えきれないようだ。


「すまんな、坊たちよ。矢神楽には借りがあるもんでな。この娘は天狗の神隠しでこの場から追い出してくれよう」

天狗の神隠し……!?

まさか……嫁に、この残念【禁忌ダイナマイト闇姫プリンセス】を嫁に……!?


「ヤヤの嬢ちゃんが考えてそうなこととは違うわい。さすがにシロキシンの一族を敵にはまわしとうない。この娘は天狗でも嫁にはいらぬ。この場から追い出したあとは、矢神楽の庭にでも捨て置こう。その後どうするかは……矢神楽の当主次第じゃな」

カッカッカッとおじいちゃんが嗤えば、不思議な風がおじいちゃんとまりあを連れ去り、その場から露と消えたかと思えば、宴会場にほかの矢神楽と天狗の姿もなかった。


「……ふぅ、宴はしまいでよいだろう」

と、唐突に漆が告げる。


「側室はいいの?」

「うむ、さすがにこの空気では、みな脅えて何もできまい。我らは帰るぞ。このままでは片付けもろくにできまいからな」

「脅え……って、何で……?」


「クククッ、ヤヤ……いや、琳はやはり特別だな」

「はい……?」

霊力0の私が特別とは……?クロキシンとシロハンキさまの御守りがあるってことかな……?


「私はこの後しるしと打ち合わせがある。琳はツタイバラと帰りなさい」

「うん……分かった。じゃぁ、後でね。漆。シロハンキさま」

「……あぁ」

シロハンキさまは静かに頷いた。元気……ないのかな……?


しかし、あのまりあとの対峙は疲れるものなぁ。シロハンキさまを疲れさせないよう、私は私で、できることをしなくちゃ。


「ツタイバラ、か~えろっ」

「……ヤヤさま」

ハッとしたように私を見るツタイバラ。


「どうしたの?」

ツタイバラ、疲れてる?それとも……具合悪い?

そっとツタイバラの背に手を当ててさすってあげるり


「大丈夫?」

「……ヤヤさまはご平気で……」


「うん、私はまだまだ元気!と言うかやりたいことがあるんだ!ツタイバラは疲れているなら休む?宮にはユウリンもいるし!」

「……大丈夫です。ヤヤさま。少し気分が楽になりましたので、同行させてくださいませ」

「うん……!それなら。でも無理はダメだからね!」

ツタイバラの腕にぎゅっと抱き付けば、ツタイバラがホッとしたように微笑んでくれる。


――――――――やっぱりお猫さまが元気になると、私まで嬉しくなるなぁ。


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