第15話 隔り世暮らし


「我が家の使用人が、大変失礼をいたしました。主として、責任をとりどんな処罰も受け入れます」

鬼の使用人たちが這いつくばって出ていった後、無感情を顔に張り付けたかのように立つシロハンキさまの前に、フウビキが平伏していた。


「そうか……。お前の側室の座をどうするかはクロキシンが決めること。だが、その罪を一身に引き受けると言うのなら、この後宮から……」

「ちょっと待った――――――――っ!」

ついつい割って入ってしまった。シロハンキさまが目をぱちくりとさせながら私を見つめている。


「その……わ、割り込みはいけないと分かってはいますけど……!」

先日やらかした【禁忌ダイナマイト闇姫プリンセス】の件を思い出すし。


「でも、フウビキさんを後宮から追い出すのは、やめてください!」

「……は」

「……?」

シロハンキさまも、平伏していたフウビキも顔を上げて驚いたようにこちらを見ている。


「いや、その、私はどこまでもシロハンキさまにくっついていく所存ですが……!でも、同志をこのままみすみす失うのは耐えられません!」

「……琳、何だ同志って。話が見えん」


「せ……せっかく見つけた同志……つまりオタ友なんです!だから追い出すのは反対です!」

「……オタ友……?またお前は妙なことを……」

「確かに、シロハンキさまを悪く言ったあの鬼たちはどうかと思いますけど!でもフウビキさんはシロハンキさまのことを尊敬しているんです!これは……私のオタ友であるに他ならないんです!」

「……ちょっとよく分からんが、琳がそう言うのなら、お前の処分は見送る」

シロハンキさまがフウビキの顔を見てそう告げれば、フウビキがホッとしたように息を吐く。


「だがあの鬼どもは、今後後宮の敷居は跨がせん」

「心得ております」

居ずまいをただしたフウビキが、シロハンキさまに深く礼を返した。


「お前はもう下がれ」

「はい」

フウビキはその言葉に従うと、静かに書庫を後にした。

えぇと……これでフウビキは後宮を出ていかずに済むのよね?せっかくできたオタ友を失わなくて良かった~~!


「それと……」

シロハンキさまはすたすたと書庫の中に入ってくると、書庫の中で伸びていたユウリンの前に仁王立ちになる。


「ユウリン……九尾を出したな?」

ひぇっ!?シロハンキさま、めっちゃ怒ってるぅっ!?


「ひゃ……っ、それはその……っ」

ぴょこんと耳を震わせたチビッ子ユウリンは、素早く私の後ろに隠れた。

きゃーっ!かわいいケモっ子が私の後ろに……っ!いますぐ抱き締めたい!抱き締めたいしかも今尻尾が9本!!


「琳の後ろに隠れるな!」

「い、嫌ですぅ。ヤヤさまヤヤさま、恐いですぅ……」

ぎゃっふーっ!か、かわいすぎるうぅぅ!反則じゃないのそれぇっ!!


「騙されるな琳!そいつは……何百年と生きている妖狐だぞ……!」

「え、ユウリンったらおじいちゃんだったの?」

「ぼくはかわいいコギツネですよ?」

きゅるん。

「あらかわいい」


しかしシロハンキさまは……。

「約束を破った以上、琳の影に隠れても無駄だ。むしろ……童の皮を被るなら、それに相応しい仕置きをしてやろう」


「……え?」

ユウリンがきょとんとする。

相応しい仕置きって……でも子どもへのお仕置きならそんなハードなことはしないわよね。そう、思っていたのだが。


ペチンッ


ペチンッ!


ペチンッ!!


「ひぃやぁぁぁぁ――――――――っ!!?」

ペチンペチンされる痛みよりも恥ずかしさが勝り絶叫するユウリンは……。


尻をまくられ、鬼の形相のシロハンキさまにお尻ペンペンされていた。


「自業自得ですので、ヤヤさまは見なくてもいいですよ。お部屋に戻られますか?」

「いや……そのぉー……」

ツタイバラにはそう言われたがしかし。ことの当事者のひとりとしては……そのままここを後にするわけにもいかないからなぁ……。


ペチィンッ!!


「いや――――――――――っ!もう許してぇ~~~~~~っ!」


※※※


「この度は大変ご無礼を」

その後、フウビキが謝罪に来てくれた。引き連れている鬼たちは、先ほどの鬼のように睨んだりはしない。


「いや、そ、そんな……っ!」


「ヤヤさまは、現し世から来られたのでしょう。ですので、現し世の品をお詫びにお持ちいたしました」

フウビキが差し出したのは、風呂敷……。

風呂敷を解けばその中には……ぶ、文具一式ぃ――――――――っ!しかも念願の六角形鉛筆に、ちゃんと鉛筆削りも付いている~~っ!すごい……フウビキ、すごいわ……!できる……!


「実家は現し世で文具や画材屋など、幅広い事業をしておりますから、もし必要なものがあれば、力になります」

なんと……っ。フウビキの実家って現し世で事業持ってたの……!?そした、文具や画材を扱ってるだなんて素晴らしすぎる……!


「やっぱり……持つべきはオタ友ね……!」

「……その、ヤヤさま」


「……はい?」

「その……先ほども申されておりましたが、その……オタ友とは一体……」

あら……現し世で事業をしている名家でも、さすがにオタク用語は知らないのかしら。ならオタ友の私がしっかりと教えてあげないと……!


「一緒にシロハンキさまを敬愛さるための活動をする、同志と言う意味です……!」

「シロハンキさまの……っ」

ハッと息を呑み込むフウビキ。そう、そうよね。分かる。シロハンキさまを推す仲間だもの……!


「……あ、でも私、矢神楽からつまはじきにされて綺羅美姫きらびひめから蛇蝎のごとく嫌われてるから……。その、フウビキさんが嫌なら……」

「いえ、それでしたら。我々も退魔師や宴であのような痴体を働いた娘をよくは思っておりませんので。同志では?」

「……っ!」

なんと……っ。やっぱり持つべきはオタ友。オタ友の絆は、矢神楽家なんてものともしないんだわ……!


「それじゃぁ、これからもよろしくね。フウビキさん」

「……どうぞすみれとお呼びください」

……えっ、それってフウビキの本名!?教えてくれた……信頼してくれたってこと……!?


「す、菫さん!えと、私は琳でいいよ……!呼び捨てでいいから……!」

「では、私も。琳」

「菫!」

後宮でまさかのオタ友ができるなんて……!こんな幸せなことはないよね。


本当にこちらに捨てられた時はどうしたものかと思ったけど……シロハンキさまに拾ってもらえて、菫にも出会えて本当に良かった。


※※※


そして、その晩。


「何だこれは」

寝室の襖を開けたシロハンキさまが固まっている。


「一緒に寝ようと思って」

私の布団には、枕を並べて菫が一緒に入っている。女子2人なら、余裕で一緒に入れるのよね。布団のでかさに感謝である。

もちろんシロハンキさまのお布団も隣に敷いてある。漆のもついでに。


「いや、何故側室同士で」

「お友だちですので……!」

「……」

シロハンキさまが固まっていれば。


「よし、今夜も寝ようか……ん?何故フウビキがそこにいる」

あぁ、漆も来たのか。


「お……王……!?お渡りなのでしたら私は……っ!」

菫が慌てて布団から出ようとする。


「ダメーっ!今日はお泊まり会なんだから!漆は空気!空気だからいいのよ!」

「王が……空気とは……?」

「お渡りじゃないってこと!」

「そ、それなら……でも何故一緒に……」


「おい、しるし。どうなってるんだこの状況は」

「琳に聞け。あと、お前がいるとフウビキが帰りそうだから……お前は……自分の寝室に帰れば?」

「いや、ひどくないか!?普通私が優先じゃないのか!?」

「え……?」

「……そうだな。お前は……琳優先だよな」

「よく分かってるじゃないか」

「でも私は諦めんんんっ!!」

「はぁ……」


私が菫と楽しくお泊まり会の作法を話していれば、シロハンキさまたちも決着がついたようで。今日も川の字。


――――――――漆の布団スペースがいつもより狭くなっていた気がするのだが……。ま、いっか。


友だちとのお泊まり会、夢だったんだぁ~~。



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