第14話 シロハンキ


「正妃さまの宮で生活していると聞いたけど」

「こんなところまで?いやね、人間臭いわ」

そ、そっすか。恐らくフウビキの使用人と思われる鬼たちであろう。匂いとか言われてもなぁ。私にはよく分からない。もちろんシロハンキさまは懐かしい匂いがして落ち着くし、ツタイバラのも猫もふの優しい匂いは大好きである!にゃーっ!


「あなたたち!」

ツタイバラが黙っていられないとばかりに声を出すが。


「人間の娘などに仕えている猫又が偉そうに」

いや、お猫さまは偉いわよ!至高の存在じゃないの!むしろ……人間の私に仕えてくださっている事実に……私は無性に懺悔がしたいけれど……!


「鬼をナメているのではなくて?」

鬼たちが嗤う。

「何……っ」

ツタイバラも猫シャーッを繰り出さんが如く立ち向かおうとするが……。


「いいの、ツタイバラ!私のために……っ!」

ツタイバラにぎゅむと抱き付く。お猫さまが傷付くなんて私、見てられない!


ここは……中二の力で何か……何かするのよ!妄想の力はきっと、きっと……いや、何かできるわけはないのだけども……!むしろ勢いしかないけど……!


「ちょうどいいわ」

「人間の小娘に分からせてやらなきゃ」

ひぇっ。鬼たちが近付いてくる!?

身構えたその時だった。


もふぅっ、もふぁさぁ――――――――っ!!


眼前につややかでもふやかな毛並みが広がり、それと共に成人男性の声が響く。


「ならば、ぼくであれば満足ですか?」

ん……?ぼく?

それに何か聞いたことのある声に……似てる?


あ、そうだ!

「ユウリン!?ユウリンはどこ!?無事!?」

さっきまでそこにいたはずのユウリンの姿がない!まさか何かあったんじゃ……っ。


「ヤヤさま、それがユウリンですよ」

ツタイバラが示したのは、もふやかなケモ尻尾に、狐耳を持つ、目の前に立ちはだかる青年。


「いや、でもおっきい」

「あれが本体です」

「え……?」


「ツタイバラさん、ぼくは一応かわいい狐ショタッ子で通したかったんですが」

後ろ向きではあるが、青年の声が響く。え、ほんとにユウリンなの?


「何ですかその設定は。いきなりヤヤさまの前にわらべ姿で現れるんですから。シロハンキさまも驚いていらっしゃいました」

マジでユウリンなの!!?


「その方が愛らしいでしょう?」

「それは確かに……!」

「ヤヤさまは静かになさっていてくださいませ」

えぇ――――――――。


「でもあやかしと言うのは、そうやって人間を油断させるんですよ」

ユウリン……?

それってどういう……そう問おうとした時だった。


「きゅ……九尾!!」

「何故こんなところに!」

鬼たちの声がする。へ……九尾?ユウリンの尻尾は6本では……。いち、に、さん、し、ご……。


「ヤヤさま、数えても6本しかありませんよ」と、ユウリンの声が届く。え、何故……!?その疑問を予測したのか、ユウリンが続ける。


「ぼくの力は強いので、普段は尻尾を制限することで力を抑えているんです」

「……そうなの……せっかくのふわふわ……」


「……順番に出し入れしてますので」

「ユウリン、そう言う問題ですか」

ツタイバラの冷静なツッコミが映え渡るが。


「でも、お尻尾さまを順番に愛でてあげられるのは……良いことだわ……!」

「ヤヤさま、尻尾にまで『さま』を付けてどうするのです」

だって……ふわふわお尻尾さまなんだも~~んっ!


しかしユウリンのお尻尾に和んでいた最中、鬼たちの声が再び上がる。


そういやいたんだっけか。忘れかけてたー。


「ひ、卑怯よ!」

「きっとシロハンキさまに媚びを売って九尾をけしかけたんだわ!生意気な、矢神楽の娘!!」


――――――矢神楽。

別に私は、あなたたちの言う矢神楽の娘ではないと思うのだけど。その苗字であるのは、日本の戸籍制度の都合で、私はその一員とは見なされなかったのだから。


だが、そんな哀愁は鬼たちの怒鳴り声で搔き消される。

「シロハンキさまも、こんな小娘に拐かされるなど堕ちたものだわ。さすがは……人間の血を引いている」

え……シロハンキさまが人間の血を……?まさかシロハンキさまの【ハンキ】とは、半人半鬼の……【半鬼はんき】……!?

「やはり正妃には、あんな半人半鬼ではなくフウビキさまが相応し……っ」

鬼が叫ぼうとした時だった。


『我が主を……侮辱するか……っ!』

ひぇっ!?ちょ、ユウリンの尻尾のもふ度上がってない!?増えてない!?

いち、に、さん……

数えようとしていれば、ツタイバラに腕を引かれる。


「か、数えている場合ではありません!」

「で、でもツタイバラ!もふもふがぁ……っ!」


『許サナイ……っ』

ボウッとお尻尾の周りにに浮かんだのは、ヒトダマのような青い炎。あれは知っている……。身に沁みて思い知らされた。あやかしたちが摩訶不思議な妖力を操りけしかけてくる、その時に具現化するものによく似ている。


「やめなさい……!」

その時、凛とした声が響き渡った。


そして不意打ちのようにユウリンの身体が揺らめいてバランスを崩し、お尻尾を下に尻餅をつく。


「いたっ」

ヒトダマのような炎は消えているものの、ユウリンは……もとのショタ……いや子どもの姿に戻っていた。


一体何が……!?


「こんなところで狐火を出すなんて、本が燃えたらどうします!」

あぁ、確かにその通り!本には火気厳禁だぁ~~!そしてヒトダマのようなものは……狐火。そうだ狐火だ。あやかしオタク用語に度々登場する狐火~~!まさか本物をナマで見られるだなんて……!

しかし、今の声は……。


ちっこかわいいユウリンを見つめていた顔を上げれば、そこには……。

平伏する先ほどの使用人の鬼たち。そしてちっこかわいいユウリンの目の前に立つ……桜色の角の鬼。


「フウビキ……?」

そのひとだった。


「フウビキさまを呼び捨てに……!?」

「人間の娘のくせに……っ」

ぐぇっ。鬼の使用人たちがバッと顔を上げて私を睨むぅ~~。

うわ、でも『さま』は付けた方が良かった?明らかにいいとこのお嬢さまのような品格を感じるし……。


「お黙りなさい、あなたたち」


『……はいっ』

フウビキの圧に、使用人の鬼たちが押し黙る。


「何があったかは……聞こえてきたあなたたちのシロハンキさまへの侮辱の言葉で大体察しが付きます」

「そ、それはこの人間の娘が……っ」

「シロハンキさまはこの人間の娘に、拐かされて……っ」


「シロハンキさまはそのような生半可な方ではありません。そしてシロキシンさまの血と力を受け継ぐお方。あなた方が半人半鬼だと蔑んでいいお方でもありません。そして九尾が怒りをあらわにしたのも、納得がいきます。シロハンキさまは私も尊敬するお方。私とて、シロハンキさまにそのようなことを言われれば、頭に来ます」


「ふ……フウビキさま……」

「私たちは、あなたさまこそが正妃に相応しいと……っ」


「私が側室に入ることを承諾したのは、シロハンキさまが正妃であり、シロハンキさまのもとでこの身を磨くため。あの方を差し置いて正妃だなどと、そのようなことは望んでおりません」

え……?フウビキってもしかして……シロハンキさまを崇める……同志なの……!?


「あなたたちは本家に帰りなさい。本家には私から文を出します」

「そんな……っ」

「フウビキさま……!」


「くどい」


『……っ』

フウビキの一蹴に肩を落とした鬼たちは、力なくよろよろと立ち上がり、書庫の入り口へ向かうが、そこで待っていたひと影にぎょっとして固まる。


「……っ、そ、その、……ほど、の、こ……は……っ」

「ち、ちがっ……う…………っ」

ガタガタと震えながら声を絞り出す鬼たちに向けられる視線は冷たい。


「何だ。ろくに言葉も喋れんのか?俺は『あんな半人半鬼』なんだろ?」

にこりと笑いもしない冷淡な眼差しに、鬼たちは涙を溢しながら再び崩れ落ちる。


「出て行け。不愉快だ。立って出て行けないのならはば、這ってでもな」

シロハンキさまの容赦のない言葉に、鬼たちはふるふると震えながら、這い出ていくしかなかった。


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