第5話 川の字


――――――ここはあやかしの後宮。

私の行動域は相変わらずのここ、シロハンキさまが暮らす後宮の正妃の宮である。


そんな宮で。


「今宵より、ヤヤさまのお世話を担当させていただきます。ツタイバラと申します」

そう挨拶してくれたのは……なんと。ミルク色の髪に2本の猫耳しっぽ(※猫又)の女性のあやかしであった。しかもそのおしっぽはもっふぁさぁっ!明らかに長毛種のお猫さまぁ~~っ!あぁ……素晴らしきふわふわもふもふ、お猫さま……!


しかしほんわか柔和なイメージなのに、なぜか名前が……ツタイバラ!

何かかっこいい!強そう……!ほんわか系なのに、実はスペック物凄い系のキャラなのかしら……!?中二は……そう分析した……!


「よ、よろしくお願いします……!」

最初の挨拶は重要よ。こちらのお猫さまに味方になってもらえるか、いいえ、私がお猫さまの下僕になれるかの一大勝負……!


「ヤヤさま、恐れながら申し上げます。わたくしは一介の側仕えでございます。一方でヤヤさまは側室のお立場。我らがあやかしの王クロキシンさまの妃でございます。ですので、しもじものわたくしへの敬語は不用にございます。王の妃が使用人に敬語を使えば、王の妃は使用人よりも下位とみなされ、王の沽券に関わりますので」

なぬあぅぅぅっ!!お猫さまの下僕ルートに……浸かりたかったのだが……そもそも不可であったなんて……ショックだにゃん。


「あ、はい……じゃなくて、うん。分かった」

ちょっと慣れないのだけど。

だって……お猫さま相手に……っ。たとえどんな立場だって、お猫さまを下に見るなんてできない。


「心の中では、お猫さまが、一番!」

私は、私の心はいつだってお猫さまの下僕ですうぅぅっ!!

「王が一番でございます」

びくンッ。にっこりお猫さま圧~~っ!でもそこがM心を刺激する。……私、Mだったのね。初めて知ったわ。


「それから、この子も。側仕え見習いとしてヤヤさまに仕えます」

そう言ってお猫さ……ツタイバラが示したのは、ツタイバラの傍らよりも少し下がった位置で座礼をしてくれた……小麦色の毛並みの、狐耳6本しっぽのおきつね……ショタっ子……だと……!?(※妖狐)


「あの、ぼくはユウリンと言います。よろしく、お願いします。ヤヤさま」

「ゆ……ユウリン……?じゃぁ私とお揃いね!」


「え……?」

ユウリンが驚いたように私を見る。

「私の名前がり……」


「ヤヤさま」

その時、ツタイバラの鋭い声が響く。


「あやかしに不用意に本名を名乗ってはなりません」

「あ……、そうだった……」


「でも、私……ツタイバラとユウリンになら教えてもいいと思うのだけど。だってシロハンキさまの紹介だもの」

シロハンキさまが私のために直々に選んでくれたふたりである。


因みに私にあの無味無臭のお茶を出してきた側仕えとその仲間たちは元々シロハンキさまが雇いいれたわけではなく、シロハンキさまが正妃になる前からこの後宮で仕事をしていたらしい。


やっぱり後宮。女性のあやかしにとっては憧れの高級取りのようだったしね。ここで仕事を希望するものも多いのだとか。あと、ユウリンのように男性の側仕えもちらほら見かける。これは正妃のシロハンキさまが男性だから。もちろん、今は不在だがほかの女性側室や女性側仕えに手を出せば後宮を追い出される……らしい。どこの世界も恐いわねぇ。


しかし女性のあやかしが後宮で働けば、運がよければ王に見初められる……と言うこともあるそうだ。家格や王との相性もあり、夢のまた夢……なんだそうだが。側仕え同士、側仕えと側室はもちろんNGだが、王とはアリなのね。でもやはり男性側仕えと王のBLはないだて、シロハンキさまに言われてしまった……。くっ。あと、側仕え同士なら仕事に支障がない限りは恋愛オッケで、側仕え同士の伴侶がいる場合も多いそうで……。さすがに子どものユウリンにはいないだろうけど。


まぁいろいろと雑学を挟んだが、後宮でのお仕事は人気。シロハンキさまが正妃として後宮に入っても、一度雇われた身。シロハンキさまは問題がなければそのまま後宮で雇いいれたままにするつもりだったようだ。

だが結局は、彼女たちは後宮を辞したらしい。シロハンキさまが二度と会うことはないと言っていたけれど……。

あの飲み物、相当高級なものだったんだわ……きっと。

後宮の高級なものを勝手にあさる側仕えではなさそうだし。あ、オヤジギャグじゃないわよ?


「それはありがたいことですが、ヤヤさまはまだ、この隔り世に慣れていらっしゃらない。もっと慎重になられませ」

私の雑学を挟み、口を開いたツタイバラの答えは……かでもなく不可でもなく。

けど……。

「う……うん。じゃぁ……その、ツタイバラとユウリンが私にとって本当に信頼できるって……思ったら……私の本当の名前を言っても……いいのかな」

「えぇ、その時はありがたく、呼ばせていただきますね」


「う……うん。ありがとう、ツタイバラ」

本当はもう、信頼しきっている私もいるんだけど……だってお猫さまだもん……っ。でも、ツタイバラが私の名を、ありがたく受け取ってもらえるまでは……。


早く隔り世に慣れて、立派な側室にならなくちゃ。

私を拾ってくれた、シロハンキさまのためにも……。


「そう言えば……その、私ってこれからどこで暮らせば……人間用の、区画の……宮?」

確かそう言う側室用の宮があるのよね。


「本来であれば。しかしヤヤさまはまだこの隔り世のことに疎い。ですから、例外的にシロハンキさまの宮の部屋……こちらで暮らすことになります」

そっか……ただツタイバラたちを紹介するために案内されたわけじゃないんだ。


「ここは客間で、側室の部屋としてはまだまだ小さな部屋ですが」

「いや、充分大きいよ?広すぎて……むしろシロハンキさまの宮だからまだいけるって言うか……」

ひとり側室用の区画とか、寂しくて死んじゃいそう、私ウサギのあやかしじゃないけど。


「そう、ですか。それは良かった。本来ならば、人間の側室はヤヤさまだけですから、人間用の側室の一番いい部屋があたったのですよ」

「その、側室の部屋って全部一緒じゃないの?」


「ご本人の位や、王の寵愛具合でも変わります」

「ちょ……ちょうあ……っ」


「シロハンキさま以来、王が初めて迎えられた側室ですから、きっと王もヤヤさまのことをとても気に入っていらっしゃるのでしょう」

「そ……そうなの……かな?」

いや、てか何で私を側室にしたんだろう、クロキシン……いや、漆は。


本来ならば、シロハンキさまの側仕えになる予定で、私もそれならありがたいと思っていたのだけど。


「あ、ツタイバラ、私ってこれからどうすれば……」

シロハンキさまは、新たに後宮に側室が増えたことによる手続きに行かれている。だからこそ、私専任の側仕えのツタイバラたちをつけてくれたのだ。昼間のようなことがまたあれば困ると。


「今宵は、まずはゆっくりとお休みくださいませ。もし、お渡りがあるようでしたらご準備を」

「お……お渡りって……何……?」


「王と寝所をともに……王がヤヤさまのこの寝室に来られて、共に寝られるのです」

は……はいぃぃっ!?

それってつまり……つまりは……一緒に……いや、同じことだけど……。


「寝るなんて……その、一緒に寝るなんて、いいの……!?」

「夫婦なのですから当然です」

ふう……ふっ!!

いやその、私が漆の側室なら必然とそう言うことになるうぅぅ~~っ!


あ、待てよ……?と、言うことはだ。


「シロハンキさまも、漆と……っ」

び、びー……。


「シロハンキさまは王とは寝られません」

「え、でも、シロハンキさまは正妃だから……漆と夫婦……いや、夫夫ふうふでは……!」


「なかなか面白い思考をしている」

不意に聞こえた声に振り向けば、襖が開き、姿を表した漆。視界の端でツタイバラとユウリンが平伏しているのが見えた。やっぱり、漆って王なのよね。あやかしの、王。


私も真似したほうが……。


「ヤヤさまは、そのままおもてをおあげになっていてくださいませ」

「はいぃぃっ!」

ツタイバラに考えを読まれたのか、小さな声で指示された。やっぱツタイバラ……優秀よね……!?


「あの、漆……どうして?」

ここに……?


「どうしてとは。王が側室を夜に訪ねるのだぞ……?共に寝るに決まっているではないか」

やっぱりそうなるの――――――――っ!?


「ほう……?いい度胸だな」

しかしシロハンキさまの声が響いたかと思えば次の瞬間……!


「あーだだだだだっ!!?」

シロハンキさまが漆を締め上げてた――――――――っ!


「この俺の宮で、堂々ととはな!」

「よいではないか……!私の妻だぞ……!」

まぁ、そうなりましたが。


「夜、イケないことをするつもりなのか、そうなのか、この変態が!!」

「変態とは人聞きの悪い!ヤヤも成人してるのではないか!?」


「あー……はい」

よく分かったわね。あやかしだから?分かるの……?まぁ確かに、高校卒業までは面倒を見てくれる予定だったけれど。

それをよく思わない従姉妹に、18歳になったのと同時に隔り世に投げ捨てられましたからねー。


「とにかく!私は王だ。自分の側室と寝る権利がある。長老たちも勧めてくれたぞ」

シロハンキさまの絞め技から逃れつつも、漆が告げる。わ、私……本当に寝るの!?人生初、男性と!?いや、お兄ちゃんとは昔……でもお兄ちゃんだし、子どものころの話だから。


「シロキシンは」

「……」

また、その名前だ。隔名かくりな、よね。だけど何故、漆は黙っているのだろう?


「シロキシンには、会ってないな」

「そんなことだろうと思ったわ!!お前が側室迎えた件、手紙、出しといたからな!?」

「ひぇっ」

スパダリでもひぇっとか言うんだ。まるでクロキシンの対のような隔名かくりなだけど……何者なのだろう?


「お前の明日の命のために、今夜は俺もここで寝るとしよう」

え、シロハンキさまも……!てことは。


「隣でなまびー……」

『それはない!』

ふたりで完全否定~~っ!?


「じゃぁ、せめて妄想同人誌は……」

「何だそれは」

「却下」

漆は騙せそうだったが、シロハンキさまは騙せなかった!却下されたぁ~~!本当に……やっぱりお兄ちゃんみたいなひとである。


――――――そして。


「これは、何だ」

「親子川の字と言うやつだ」

と、シロハンキさま。まぁ……そうかも。

部屋にお布団を三枚敷いて、シロハンキさまが真ん中、私と漆がそれぞれその左右に寝る形。


「親子……ではないのだが」

「うっせぇ、早く寝ろ」

何と言うか、どっちかと言うとまるで親友のような、戦友のようなふたりのやり取りを微笑ましく感じながら……何だかいろいろありすぎて疲れたのかな。

私はいつの間にか……深い眠りに落ちていた。



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