第22話 白鬼神


「ここがシロキシンが隠居する邸だ」

漆に案内されたのは、趣のある大きな和風屋敷だ。


「シロキシンはクロキシンと対を成す。元々は隔り世を治めるふたりの王だったのだが……もう随分と前に王の位を返上し、隔り世の治世はクロキシンに一任している」

「どうして……」


「クロキシンにシロキシンの名を冠する女鬼神が嫁いでしまったからだ」

おいおい、まじかよ。ロイヤルラブロマンスじゃない。


「まぁしかし、隔名かくりなと神格は白と黒の鬼に代々受け継がれ、クロキシンは実質隔り世を治め、シロキシンは隔り世を守護する鬼神となった。だが我らの寿命は長い。シロキシンはもう何百年も生きる古参。今は守護者の任はほぼシロハンキが持っていて隠居しているが、長老として扱われる。そんな方が……何年か前に現し世にいらしたことがある」

「……えっ」

「それが今からこの邸で話すことだ」

お兄ちゃんは私を抱っこしたまま屋敷に入っていく。そう……抱っこ……。


「あの……そろそろおろして……」

「そうだぞしるし!妻のお姫さま抱っこは夫の権利だ!」

そう言うことじゃねぇ漆ぃっ!!!


「ぼくだってヤヤさまを抱っこしたかった」

青年のヒト型に戻ったユウリンまで!?いや……ユウリンになら……。


「何か言ったか?」

「ごめんなさい、我が主。調子に乗りました」

いやいや、お兄ちゃんの圧ぅ――――――――っ!!


「みなさまがた、シロキシンさまがお待ちです。早くお越しくださいませ」

「あれ、ツタイバラ!?菫!?」

そこにはツタイバラと、菫まで!


「ご無事で何よりです、ヤヤさま」

「お帰り、琳!」


「うん……!2人とも……!」


「みな待っていたのだ。拐ったのは矢神楽であろうと思い憤るしるしをなだめながら現し世に向かったが、何せ確証がない。だが琳がユウリンを呼んでくれたから居場所が割れた」

まぁさすがに確証がないのにカチコむわけにはいかないもんねー。


「あと、シロキシンさまの御前ですよ、シロハンキさま」

「……」

ツタイバラの言葉に、お兄ちゃんが渋々私を抱っこからおろしてくれた。やっぱりお猫さま圧は……お兄ちゃんまで圧倒する……!最強……!


そして襖が開かれたその先には、ひとりの白鬼がーー鬼神が待っていた。


「入れ、琳」

「……うん」

お兄ちゃんに連れられて部屋に入れば、漆も付いてきてくれる。


お兄ちゃんと漆に続いて腰掛ければ、お兄ちゃんによく似た鬼が優しく微笑んだ。その瞳はお兄ちゃんと同じ瞳孔が縦長の金色である。

顔立ちもよく似ているが、髪も肌も白く、幻想的である。


「大きくなったな……琳」

「……っ」


「私は元々は……現し世で楓子と出会い、神気を隠して暮らしていた。そしてしるしと琳、2人の子を授かったが……しるしは私の血を受け継ぎ過ぎてしまった……。その上半分が人である。その半身に神の力を宿すには……現し世では重すぎた。だからこそ私はしるしと隔り世に帰ることしかできなかった」

それでも……私とお母さんが生きていけるようにはしてくれたんだよね。


「だが琳は……私の血を引くとはいえ、神の力の耐性はあれど表にはほとんど出ない」

え、耐性?


「人間はそれを無能だと呼んだが違うよ。現にクロキシンは平気だっただろう?」

「あ、そう言うこと?」

「そうだな」

漆がその問いに微笑む。


「だから琳が望むのなら、現し世で成人を迎えた時、現し世で生きるか隔り世で生きるかを……選ばせるつもりだったが……楓子は先に旅立ってしまった……。あの子は身体が弱く、隔り世では生きていけない」

だから……お母さんは現し世に残り、そして私も現し世に残したのはお母さんのため……?


「楓子が旅立ち、矢神楽が手を出してしまった。楓子を捨てたと言うのに、今さらだ。しるしは今すぐにでも取り戻すと言って聞かなかったが、半神とは言え、しるしが退魔師の家に乗り込めば現し世との戦争になってしまう」

今思えば、まりあに何かあった時のスペアと考え……狙っていたのかもしれない。それでもお母さんが旅立つ直前まで……矢神楽が恐れるこの名が守ってくれたのだろう。


「……だからお兄ちゃんはお守りをくれたんだね」

「あぁ……」

せめて、私を守りたいと。お兄ちゃんの手が私の手に重なる。そしてお兄ちゃんが付けたものだから、私が隔り世に来たことも察知して、迎えに来てくれたのだろう。


「……だけど……クロキシンが勝手に妻にするとは思わなかった」

ピリッ。

何か空気が凍ったような?


「運命だと思ったのだ。あとは一目惚れだな」

この空気でマジで笑顔で告げやがったよ、この鬼……!


「そのお陰で琳は寿命まで隔り世でのものになってしまった」

「はい……?」

どゆこと?


「説明していなかったのかな、漆」


「すまん、忘れていた。そなたは私と婚姻を交わしたから、半神の寿命を得た。何百年と末長く私と夫婦だ」

しれっと告げんな!しれっと!!


「あ……いや、お兄ちゃんとこれからも一緒なら……」

「今分かった。しるしのシスコンも大概だが、琳のブラコンも大概だ」

「はい!?」


「琳、もう少し私の妻と言う自覚をだな……」

漆が述べかけた時だった。漆の肩をシロキシン……お父さんががしりと掴んだ。


「今までのことも含めて、一度お仕置きが必要だね」

「……え」


既視感のあるニッコニコの前に、口角がひきつる漆。その後も見覚えのある……。


ペチンッ


ペチンッ!


ペチンッ!!


「うぐうぅぅぅ――――――――っ!」

痛さと言うよりも、羞恥心かな?

やっぱりここも父子である。


「そう言えば……琳。今回の騒動、お前の二つ名の他の名が使われたらしいな」

と、漆がお尻ペンペンされる横でお兄ちゃん。菫も招いて鑑賞していたところで、ふと。


「あぁ……中二名。お兄ちゃんには話してなかったっけ……?……鑄邇ちゅうに

場尻巣苦ばじりすくめ、それを利用するなんて……!

「何か……カッコいいかも」

分かる!?さすがは菫!オタ友ね!


「騙されるな、フウビキ。琳……お前それ、画数の多さで選んだだろ」

「うぐ……っ」

何故、バレた……!


「まぁ、でも。また悪用されないよう、それも鬼神の力で守ろう。……卒業はできなさそうだからな」

「うん。卒業はできないものだよ。捨てても捨てても、どこまでも追いかけてくるものだから」

「何だその呪いみたいなのは」

まぁ……一種の呪いかもしれないが。



「ヤヤさま。クロキシンさまのお仕置きが終わったようですので、そろそろご飯支度にいたしましょう」

「ぼくも手伝いますよ」


「……っ、ツタイバラ、ユウリン!」


「はい」

「ヤヤさま?」


「私の名前、琳って言うの。2人にはそう呼んで欲しいから!」


「ヤヤさま!?」

「ヤヤさまが望むのなら」

ツタイバラは驚いているが、ユウリンは頷いてくれる。


「まぁ、琳がいいなら」

と、お兄ちゃんも言ってくれているので。


「では……琳さま。私もろぜと」

「琳さま。ぼくは木嵐こがらしです」


「うん、ろぜ、木嵐こがらし

ふたりとも、私の大切な家族の一員だもの。やっぱり、名前で呼んで欲しいし、私も呼びたいのだ。


「これからもよろしく」

私はこれからも、隔り世で、私の居場所で生きていく。



(完)


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