第3話 新参者ですが


「う~~む、やっぱり読めない。挿し絵だけで行こうか」

とは言え、挿し絵だけでも超イミフだが。あやかしの図であることは……分かる。これは犬……かな?それと狐……冬毛もこもこエゾたぬたん……!


まぁでも妄想しながらなら挿し絵だけでも楽しめるっちゃ楽しめるわね。これぞ、オタクパワー。だけど隔り世の文字は現し世と同じとは言えなくて、中二の知識でも読むことができなかった。


「唸れ……!私の中二パワーよ!!」

ポーズ付きで調子に乗って叫んでみたが……無理であった。


ふぅ……。しかし……ひまだな。


シロハンキさまはお仕事で漆の元へと行ってしまったし、私は早速お仕事……と張り切ったのだが、正妃の側仕えになるならまずは知識をと、本やら巻物やらを押し付けられてしまった。


しかし問題は……読めへん。マッジで読めへんねんこれ。どないしてくれんねん。

せめて辞書~~!辞書ないんかぁ~~!?


「そうだ!誰かに聞けば……あ、でもみんなお仕事中だしな」


「良ければどうぞぉ」

不意に差し出された湯呑みに、驚きつつも受けとる。いつの間に……部屋の中に……?さっきの中二戦隊・金茶ゴールドブラウンの目覚めの呪文の巻……まさか……見られてないわよね……?


うーん、とは言え彼女は後宮の……同じ側仕えよね。普通の人間の女性にも見えるけど、どこか人間ぽくもない。シロハンキさまも側仕えはあやかしだと言っていた。あやかしのシロハンキさまの側仕えも当然あやかしなのだろう。……私は、人間だけど。


それでも、シロハンキさまのように親切なあやかしもいるんだ。


矢神楽では矢神楽の退魔師の使い魔あやかしが一番厄介で、意地悪で、ことあるごとに能無しの私を虐めてきた。退魔師本人が命じることもあったし、あるいは使い魔あやかしが自発的にやってきたこともあるけれど、主の退魔師も止めることはない。後ろでせせらわらっているだけ。


弱いものが……能無しが悪いのだと。


まぁ、右手の甲のおまじないをもらってからそう言うことは減ったけどね。


使い魔あやかしは自発的には来なくなった。主の命令があれば私の右手の甲を睨みつつ、いつも左手から来る。右手を近付ければ舌打ちされて、妖力でくりだした氷のつぶてやら、風やらで攻撃して去っていく。

そんな体験ばかりではあったけど……。


やっぱり優しいシロハンキさまに仕えているあやかしだ。矢神楽の家の使い魔あやかしとは違って……優しいな……。


「ありがとうございます」

にこっと微笑めば、側仕えのあやかしが妖艶な微笑を返してくる。ぐ……っ。激しく自尊心ポイントGPを消費するのだが……。しかし、こう言うときには現地のものに口をつけるのが基本……。何かの番組でやってた。もちろん隔り世ではなく外国だが。


それでも、こう言うのって大事よね。

オタクは度胸(ただし引きこもりつつ)、中二は妄想(ヤバい味だった時のリアクション用)。


さくっと一杯!


ぐびっ


「ぷっ」

え?何かおかしかった……?さ……作法的な問題……!?そうは言われても、私茶道部に入ったことないのだけど……!茶道部には従姉妹が常に所属していたし、顧問もその関係か私に当たりが強く、よくわけもわからないことで恫喝されたよな。ほんとモンスター顧問だったから……茶道に興味すら持たなかったのだ。いや、興味も失せるわな。だから気にも止めていなかったけど……シロハンキさまになら……習う機会を願ってみても……いいだろうか?


「ほほほ、つくづくバカな人間の娘だこと」

はい……?

しかもそろそろと2、3と美しいあやかしたちが集まってくる。


「人間の身でお茶でも出してもらえると思っていたの?おこがましい」

「シロハンキさまはお優しいから、こんな人間の小娘を」

「だけど、調子に乗るんじゃないわよ。人間と同じ空気を吸うだけでも不愉快だから。消えてちょうだい」

そしてゲラゲラと笑いながら去っていってしまった。


これ……お茶じゃなかったのか……。無味無臭なのだけど……。それともあやかしにとっては美味しいもの……とか?でも私にお茶が出てくるわけはない……と言う話だったよね。何だったの……?


それに……消えて、……と言われても。


「これ以上、どこに消えればいいっていうの」

行く宛なんてない。どこにも。現し世にも、隔り世にも。

シロハンキさまに拾ってもらえてなければ、私は……本当に……。


行き着く先は……それは、現し世でもない、隔り世でもない。かくり世……と呼ぶのではなかったか。


そちらに行った方が……よかったのだろうか。


彼女たちが去って……どれくらい考え込んでいただろうか。隔り世特有の、引き込まれるような鮮烈な赤に照らされていることに気が付いた。

――――――――もう、あのアパートには戻れないんだ。

その赤の違いが、それを教えてくれているような気がした。


まだ現し世のどこかに……お兄ちゃんも……いるのだろうか。

それでも私は……もうお兄ちゃんとあの現し世の夕陽を見ることは、かなわない。


だってもう、顔も思い出せないのだもの……。

ただ、もう変わってしまった隔り世の夕焼けを浴びていた。見つめていた、その時だった。


「琳、いるか」

「漆……?」

あれ、漆が帰ってきた。

シロハンキさまは忙しいのだろうか。

シロハンキさまのことを聞こうとすれば、漆が突然漆が血相を変えて私の手元に握られていた湯呑みを取り上げた。


「お前、こんなものどこから手に入れた!」

「え……もらったのだけど。この宮の側仕えのあやかしに」

「……は……っ!?」


「あ……ごめんなさい!高級なものだった!?私、知らずにもらっちゃって……」

だから笑われたんだろうな。


「高級……?希少なものではあるが……飲んだのか」

「まぁひとくち、ぐびっと……あ……まさか私これで借金を背負って……」

一生シロハンキさまに付きまとう権利を……得た……っ!ニヤリッ!


「お前のしたり顔が妙に気になるのだが。しかし平気そうだな」

「あぁ、うん、まぁ……?無味無臭で何ともなかったけど」


「……何とも、か。これもあの方の血か……?」

あの方……?


「まぁ、何ともないのならいい。これは回収せよ」

漆が命じると、まるで中二を刺激するような黒ずくめの鬼のあやかしが傍らに現れ、湯呑みを回収していく。


「お前は妙なものに刺激を受けるな」

それって中二のことだろうか。まぁ確かに中二は私の……青春……っ。


「お前にこれを差し出したあやかしの特徴を覚えているか?」

「え……?うん、まぁ。使っていい紙とペンはある?」

「筆ならあるぞ」

え、筆……?お習字の授業の時に使った……あの……墨付けて書くやつ!?


「シャーペンは……!?せめて鉛筆はあぁぁぁっ!?せめて墨つけなくてもいい、本体軸部に事前にインクをインストールしてある筆をちょうだい!!」

ペンの軸押したら先っぽの筆部分にインクがダウンロードされるやつぅっ!!


「何だその筆は。そんな便利な筆があったら隔り世中で大流行だぞ」

「あるわよ現し世に!文具屋さんに大量にあるぅぅぅぅ!むしろ最近は店舗にもよるけどスーパーやコンビニにも売ってるって!!さらには付け替えカートリッジもあるんだから!」

「マジなのか」

あやかしがマジとか言っても、どんびかない。だって中二は知ってる……。マジは……古語由来である……!

それを授けてくれたのは、高校で出会った運命の孤文こぶん狂師きょうし


「マジよ……!」

「では、今すぐ現し世に向かい、買ってこい」

漆が命じれば今度は黒ずくめの青い角の鬼がどこからともなく現れる。


「御意、我が君」

え、買って来てくれるの?便利筆……!


「あー、あの、じゃぁついでにシャーペンも買ってきて欲しいです!」

そう手を上げれば、青鬼が戸惑ったように黒い布面を私に向けてくる。


「予算は私が出す」

え、何、漆ったらスパダリっぽ……。


「御意」

そう言うと青鬼がすっと消え……10分後、袋いっぱいに詰め込んだ便利筆とそのカートリッジを携え戻ってきた。マジで買ってきたぁ――――――――。それもどちらも大量に……!!


「あと、シャーペンです」

「ありがとう」

やったぁ……!念願のシャーペン……。


「あれ、芯は?」

「……はい?」

「芯とは何だ、琳」

いーやいや2人して……!孫娘にシャーペン買ってきてって言われて、本体だけ買ってくるおじいちゃん……!?ま、まさか……。

備え付けの1本だけの芯で……書けるはずもない。


試してみたけれど、さすがは備え付け。すぐ折れて使い物にならなくなったので、漆に便利筆の使い方指導も兼ねて、便利筆を使うことにした。


うぐ……っ。筆なんて慣れてないけど……!でもいくのよ……!私は中二、中二。シロハンキさまからは卒業しろと言われたけれど、中二は永遠に不滅。そしてここぞと言うときに真価を発揮するのよ……!だからこそ、やめられない、抜けられない。一度ハマると、抜けることは困難。たまに卒業を宣言するひとはいるけれど、完全に抜けきることなど困難。中二は……いつもすぐ側で……手をこ招いているものよ……!何度でも、何度でも中二に落とそうとするの……!ならば、ハマってみせようホトトギス!ホトトギス見たことないけど!でも、さっきのあやかしくらいなら……描ける!


さささささっ。ついでに取り巻きも描いてあげた。


「じゃーんっ!どーぉ?上手いでしょ!きっと後宮にもそっくりなあやかしがいるはずよ!」

ドヤッ!!


「妙に上手いな」

シャーペンだったらもっと……上手いはずなんだけどね……!


「これが中二の力」

「チュウニ……と言う力か。聞いたことがなが……シロキシン由来だろうか」

しろ……きしん?何だそれ。あ……あやかしの隔名かくりなかな……。とは言え……私はシロハンキさましか知らないのだが。


「よし、この件の始末については私に任せろ」

「えっと……うん、まぁ、分かった」


「それで、琳、お前に書いて欲しい書類がある」

「私、隔り世の文字分からないけど」


「良い。現し世の文字でも、文字には力が宿る。これにそなたの署名をすればよい」

漆が差し出してきた書面。何だろう、これ。でも、後宮でシロハンキさまの側仕えをするにあたり、必要な書類だろうか。

漆が指差してくるた場所に、便利筆で記した。


ー矢神楽 琳ー


……と。


そしてなぜか隣に、漆も便利筆でするすると書いていく。多分あれ……漆の名前よね。読めないけれど、何となく分かった。





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