第44話 カメラのお披露目
「私が昨日先輩と一緒に水着を選んで」花咲さんが先輩の素肌の両肩を後ろから押して、歩きながら話した。「それから先輩の家に泊めてもらって、5時に起こして時間に間に合わせました」
「水着なんて……」先輩はなんだかぼんやりした声で、上空のどこかを眺めながらつぶやいた。「学校指定ので……、いいじゃない…………」
「そんなわけないでしょう!」
「え、先輩と一夜を過ごしたんですか?」ぼくはびっくりしてつい訊いてしまった。「いつの間にそんな関係に……」
「意味不明なこと言わないで」少しむっとして花咲さんが応えた。「だからこうしてまともな格好で、時間通りに集合できたじゃない。それに、立派な客間に通されて、先輩とは別の部屋で寝たわよ」
「ですよねえ」ちょっとぼくはたじろいだ。それから気付いた。「それじゃあ、先輩の家って、けっこうなお屋敷なんですか?」
「ノクト君」花咲さんはこんどは驚いたように言った。「色消弦三(いろけし・げんぞう)の邸宅を知らないの?」
「え、あ、あああ、『色消』って、そういえば。先輩あのお屋敷のお嬢さんだったんですか!」
「実業家の色消弦三氏は」ぼくが驚いていると部長が補足してくれた。「ニコさんのお祖父さんだよ」
「なるほどー」ぼくはうんうんと頷きながら言った。「ああ、それなら、うん、レンズ沢山持ってるのも、そうかー」
「ニコ先輩のクローゼット見せてもらったけど、すごかったわよ!」先輩が一人で歩けるようだったので、花咲さんは両手の身振りで色消邸について語った。「ウォークインクローゼットって、本当にあるのよ! そこの衣装を見せてもらって、明日は絶対これを着せてやるって、そう思ったの。そのワンピースがこれ。先輩、一度も着て表に出たことがなかったそうよ」
「なぜそんな服が……」とぼく。
「母親が、自分の服を作ったついでに」まだ死んだような目で、先輩がぶつぶつと応えた。「注文したのよ……」
「それに、見て。この透明感のある肌!」花咲さんはまた先輩の両肩をつかみ、ぐいっと僕の方に向けた。「輝く唇。しゅっとした眉。肩や腕はUVクリームもばっちりよ」
「化粧なんて……、時間の……、無駄じゃない…………」
「先輩、こんなに素地がいいのにどうしてそうやって無頓着なんですか。高校出てから一気に老けても知りませんよ」
「大丈夫…、化粧の分だけ、睡眠時間を、稼げば……」
よろよろと先輩はぼくの前まで歩いてきた。後ろで花咲さんが櫛を出して先輩の髪を整えた。
「先輩、朝に弱いって知ってましたが」ぼくはそう言いながら、首から下げていたカメラを持ち上げ、自分の顔の前に構えた。「こんなに寝起き悪かったんですね♡」
「……………」
先輩は頭を3回ぐらい回して焦点の定まらない目で周囲を見てから、正面を向き、ぼくが構えたカメラを見て突然大声を出した。
「ちょっと、そのカメラ!」
「え?……」
びっくりしてぼくは戸惑った。
「F3じゃない!」
先輩の声が一気に覚醒した。瞬き一つでいつもの鋭い視線に戻った。
「は、はい……」
「まさか、本当にF3買ったの!?」
「F3……、買ったというか、その……」
「まさか本当にフィルムカメラ買うとは……」
ニコさんはまじまじと、ぼくが胸の前に差し出したF3を眺めた。でもF3薦めたの先輩でしたよね!
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