第20話 バックアップをとろう

「さてと」パソコンの前に椅子を並べて、花咲さんとやいのやいのと写真を眺めていたぼくに、部長が後ろから声をかけた。「一通り写真は見たね」

「はい……」と振り返ってぼく。「すごく恥ずかしかったです///」

 花咲さんが撮ったぼくの写真は、木陰でふわっとボケた背景に部長とツーショットで、キリッと写っていた。なんか自分じゃないみたいだった。しかし表情が真面目過ぎてやっぱり恥ずかしい。さらに幹ドンとかわけがわからない。

「この写真」声を弾ませて花咲さん。「私が撮ったので、私がもらっていいんですよね!」

「もちろん」

「あのー、写ってる者としては、その」

「そうね」ぼくがおずおずと声を上げると、部長と対面でテーブルにいたニコ先輩がフォローしてくれた。「何かに使う場合はモデルさんの許可をとってちょうだいね」

「僕は自由に使ってもらってかまわないけど」

 部長は自信たっぷりに言った。

「うー……」

「心配しないで」花咲さんは優しく言った。「SNSで晒すようなことはしないから♡」

「写真だけど」そこで部長が提案した。「クラウドで渡すのでいいかな?」

「クラウド?」

 ぼくがオウム返しにつぶやいていると、部長が説明を加えた。

「パソコンに取り込んだ写真は、要するにハードディスク上の画像ファイルだ。このPCは2TBのSSDだけどね。いずれにしてもストレージというのはいつかクラッシュする。永遠に使えるハードディスクもSSDも存在しない。次に起動するときは壊れてるかもしれない」

「はあ」

「だから、そうなったときに備えて、バックアップを絶対にすること」

「『絶対』ですか」

「そう」部長は大げさに頷いた。「だから、写真は二重、三重にコピーを作るんだ。とりあえず今日はクラウドへの転送して保存だ。この部は部費で容量無制限のオンラインストレージを契約しているから、さっき取り込んだ写真はそのままそこにコピーするよ」

 そしてぼくは、部長に言われるままにWEBブラウザを立ち上げ、指定されたブックマークをクリックした。

「ああ」その後指示通りにログインして、その辺で気づいた。「インターネットに保存するのが『クラウド』なんですね」

「そういうこと」部長がぼくの傍らに立って説明してくれた。「ネットの向こうを空の雲に例えてるんだ。雲の英語が『クラウド』だよ」

「なるほどそういう」

「まあとにかく、今取り込んだ写真をアップロードしよう」

「はい」


「それで、次は花咲さん……だけど」

「一昨日の写真が今日来ると予想してたので」花咲さんは上着の内ポケットに手をつっこんで、USBメモリーを取り出した。「これ持ってきました」

「ああ、さすがに用意がいいね」

「共有パソコンに」花咲さんはすまして言った。「私の個人的な写真は、もともと置けませんし」

「それもそうだね」と部長。「じゃあ君が撮った写真をコピーしてくれるかな」

 話の流れから、ぼくは椅子から立ち上がり、花咲さんと席を換わった。

「ええっと、これでコピーできました♡」

 しばらくして、花咲さんがパソコンからUSBメモリーを抜いて報告した。

「はい。一眼レフで撮った写真が気に入ってもらえたみたいで嬉しいよ」部長が花咲さんにそう応えた。「それからノクト君、君はどうする?」

「え?」不意に話しかけられて、驚いて目をぱちくりしてしまった。「『どうする』と言いますと?」

「バックアップというのは、ストレージに保存しておしまい、というわけにはいかないんだ。二重、三重にとって初めて、いざというとき重要なデータの喪失を防げる」部長が説明を補足した。「クラウドに置いただけだとまだ一重だからね。自分の写真は自分でストレージを用意して、持ち帰ってもらうよ。それでようやく二重のバックアップだ」

「分かりました。今日は何もないですが、あとで何か持ってきます」


「ところで花咲さん」部長はまた花咲さんに話を振った。「ずいぶん手慣れた感じだけど、君は家にパソコンがあるの?」

「ええ」花咲さんは素直に答えた。「入学したとき、ノートパソコン買ってもらいました」

「そんな気がしたよ」少し笑いながら部長。

「でも」そこにニコ先輩が加わってきた。「『お父さんが組んでくれた』とかじゃないのね」

「それは、持ち歩けないので却下しました」

「お父さん、提案はしたんだ♡」先輩はそう言って笑った。

「ですね♡」花咲さんも笑った。

 この人のお父さんは、いったい何者なんだろう。

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