古いカメラとニコ先輩☆ミラーレス!

春沢P

第1話 入学式

 4月。桜の季節。

 青く晴れた空に薄紅の花びらが舞う。


 今日は入学式だ。ぼくは県立高校の1年生になった。

 校門をくぐって満開の桜の木の下を進み、校舎の前に貼り出してあるクラス割りを確認した。1年A組。校舎に入り薄暗い廊下をクラス番号を確認しながら進み、A組の教室に初めて入った。試験を受けた教室は違う部屋だった。

 机には出席番号順に一人ずつ名前が貼ってあり、窓際に近い席に自分の名前があるのを見つけてそこに座った。入ったときは人がまばらだった教室は、入学式の時間が近づくごとに人が増え、全員が来た頃合いで先生が入ってきた。新しいクラスメートは慌ててそれぞれの席に座り、先生は簡単に挨拶した。

「はじめまして。ようこそ我が校へ。先生は孝学太郎(こうがく・たろう)といいます。皆さん、新しい高校生活を張り切って始めましょう」

 眼鏡をかけた30歳ぐらいの若い男の先生だった。

 

 先生の後に続いて僕らはぞろぞろと体育館に向かい歩いた。

 渡り廊下に出ると近くの桜の木の淡い色合いが眩しく見えた。そして、いくつもの花びらがひらひらと舞い落ちていた。まさに春爛漫。ぼくは左の胸に飾られた赤い花のリボンを確認した。「いよいよ高校生だ」と晴れがましい気分だった。


 バシャッ!


 カメラのシャッターの音がした。「写真部」と腕章をつけた男女の先輩が二人、入学式に並ぶぼくらを撮影していた。


 バシャッ!


 女子の先輩がぼくの方にレンズを向けてシャッターを切った。音に気づいて目を向けると、そよ風に長い黒髪が揺れ、舞い落ちる花びらが彼女を包んだ。

 彼女は顔の前に、大きいレンズのついた四角ばった黒いカメラを構えていた。そして、カメラを胸の前に下ろし、右手の親指で小さいレバーを回した。

 その瞬間、ぼくは彼女の美しい顔を見た。濃い灰色の瞳と切れ長の涼しげな眼差し。白い肌に桜色の頬と唇。真剣な表情で次の被写体を見つけると、視線をまっすぐ向けたまま、そこにカメラをすっと構えた。


 バシャッ!


 薄紅色の桜の花が空を覆っている。咲き誇る花びらの下で、ぼくは彼女にひと目で魅了された。


 背中を押されて体育館に入るまで彼女を目で追い、入学式は上の空だった。


 入学式の後、教室に戻ったクラスメートに、先生が話を始めた。

「改めて自己紹介します。先生の名前はは孝学太郎。担当の教科は物理です。趣味は機械いじり全般です。それから、念のため話しておきますが、先生は去年結婚しました。新婚ホヤホヤです」

 クラスの男子からひやかしの声が上がり、女子からはちょっとため息が聞こえた。

 黙っていれば知的なメガネ男子だったかもしれないが、機械いじり云々と話を聞いていると、もしかしたらそんなには女子に人気が出ないキャラではという気がしてきた。

 先生に続いて、出席番号1番から自己紹介が始まった。そしてクラスの半ばを過ぎた頃にぼくの順番がやってきた。

「ぼくは東中から来ました。野区都五十八(のくと・いそはち)と言います。部活は特にやっていなくて、趣味は特になかったんですが、高校からは写真を始めたいと思います。さっきそう決めました」

 黒髪の先輩の凛々しい姿を思い出しながら、ぼくは話をした。写真を撮るかっこいい女子の先輩を見て即真似しようとか、我ながらチョロい。でも、今までスマホで冴えない写真ばかり撮ってきた。高校生になったんだから、もっとかっこいい写真を撮ってみたい。

「よろしくお願いします」ぼくは頭を下げて着席した。

 そして後ろの席の女の子が立った。

「私は花咲萌花(はなさき・もえか)といいます。西中出身です。私も入学祝いにお父さんからカメラをもらったので、写真をやりたいなって、思います」

 後ろの席の女子生徒も写真をやると言い出したのでちょっとびっくりして振り向いた。

 彼女は軽くニコッとして続けた。

「よろしくお願いしますね」

 お辞儀をして彼女は座った。少しウエーブした明るい色の髪が肩ではずんだ。


 こうして、ぼくの高校生活が始まった。

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